『近接する金属の中に水車のある独身者の器具』
イメージすることが不可能なタイトルである。原語を知らないが、《近接する金属》は不明であり、《その中に水車》など有りようがないし、それが《独身者の器具》と指定されても困惑するだけである。独身者(限定の)器具などというものを知らない。
タイトルは謎というより、言葉(イメージ)の破壊を意図したものと思われる。
タイトルが先か、作品(表象)が先かは別として、鑑賞者はこの二つを結びつけようと試み、理解すべく《言葉と物の間》を叮嚀に巡回させる。
やがて作品の存在においても不可解な点を発見し、いかにも回りそうで決して回ることのない水車の不備に、水車でさえないことを知る。
全体、存在し得ない構造である。存在するもの(工作できる現物)を駆使して存在しえないものを創造したと言ってもいいかもしれない。
熱心に無用の長物であるための物を熟慮・構成したのである。なにかに有用であってはならない。
この無為の不思議ワールドは衝撃である。
(写真は『DUCHAMP』TASCHENより)
よくみると、みんなそれは赤いずぼんをはいたどんぐいで、もうその数ときたら、三百でも利かないやうでした。わあわあわあわあ、みんななにか云つてゐるのです。
☆釈(意味を解き明かす)枢(かなめ)は、散らばり、飛躍(踏むべき順序を飛び越してしまう)した理(物事の筋道)の運(巡り合わせ)にある。
そして、わたしたちが苦情を訴えているのは、そのことなんです。どうにも理解に苦しむんですが、あなただって一介の雇われ者にすぎないし、ましてや城で勤務している身でさえない。そのあなたが、こうしたお勤めが辛いものだということがどうしてわからないんですか。
☆わたしは理解できないのですが、ただ単に先祖の使用人(亡霊)であり、傷痕ではなく伝ぞの城(本当の死)の使用人(亡霊)でもなく、予言ができる先祖というのでもなく、先祖の機関であり、先祖の困難な現場不在証明だということで(予言は)間違っているのです。殆ど子供っぽい現場不在者たちであり、現場不在証明をするのは困難だということを知っているのです。