さめじまボンディングクリニック院長の鮫島浩二さんの
「その子を、ください」という本を読んだ。
彼は、産婦人科医であり、出産にも中絶にもかかわっており、
さらには、特別養子縁組を推奨する人で、
子どもの生と死を膨大に見てきた人だ。
この中で、心を強く打たれた文章があったので、ここで紹介したい。
以下の文章は、鮫島さんが家庭裁判所に送った手紙である。
私は、今日まで三十余件の里子・養子等を深刻に考えざるを得ないケースと遭遇し、最終的に二十七件のケースに仲介人という立場で特別養子縁組との関わりを持たせていただいております。
このような養子縁組とボランティアとして関わりを持つようになった理由は3つあります。
1つは、望まない妊娠と直接関わりを持つ現場に働いているということです。今日日本では、100万人の出生児の陰で、親の都合により約30万人の胎児が、母体保護法の法的なうしろだてにより、闇に葬り去られております。それは妊娠初期の2ヶ月から、しっかりと全身ができあがり、呼吸機能が成熟するのを待つばかりの妊娠6ヶ月に及びます。
個々の理由を伺うと、さもありなんと同情をするケースも多々あります。しかし、胎児は超音波で表情までもはっきりと確認できる時代になりました。寵児と胎児で事実上何の違いもないのは歴然としています。できれば出産して育てていただきたいという思いはいつもあります。また、自分で育てられないまでも自分の子供を殺すという選択肢以外に、いい方法はないのかと苦慮します。
・・・
社会構造が複雑化し、家庭と仕事の両立を強いられるストレスが女性たちの健康をむしばみ、子宮内膜症や子宮筋腫などの婦人病は増加の一途をたどっています。男性とて同じ事で、明らかにストレス起因と思われる男性不妊が増加していることは、内外の不妊学会で大きな問題となっています。今日の体外受精の隆盛は、このことを如実に語っています。
体外受精の技術の進歩はめざましく、無精子症のカップルでさえ子供を手に入れられる時代に入りました。しかしながら、それでも不妊外来で長年治療を重ねた夫婦の10組に2組は、最終的に子供を手に入れることはできません。妊娠を望む夫婦、望まない妊娠で子殺しを選ぶ女性たち(けっしてそれは彼女だけの責任ではありません)、どちらも真剣で・・・ 私たち産婦人科医はこの両極端のはざまで、そのギャップの大きさに驚きながら、患者さんたちとおつきあいしています。
3つめは、私自身が大学時代からクリスチャンとしての生き方を選び、さまざまな小児の保護施設を訪問したり、また家庭に里子を引き取って育てている多くの教会員のご家族と親しくさせていただくなかで、学んだことです。
それは、“三つ子の魂、百まで”の言葉の通り、子供にとって、生まれたてからの1~2年の体験は本当に大切だということです。母を知らず、家庭の味を知らず、また時には虐待され続けて幼少時期を過ごしてきた子供たちに躾をし、人間の温かみを教えていくために、里親の家族は必至に取り組んでいました。
そしてたくさんの挫折する姿も見てきました。どうしても家庭になじんでくれずに自分たちのいたらなさを詫びながら、施設に再び送り返したり、そのために家庭が崩壊の危機に陥ったりという現実を目の当たりにし、子供は生まれたときから家庭で、家族の温かみの中で、お父さんとお母さんの存在を自然に知って育つのが一番だと確信しました。
(鮫島浩二、「その子を、ください」、アスペクト社、pp.30-33)
「少子化」が問題視されているが、
実際、現実には年間130万の小さな命が誕生している。
けれど、30万の命は光を受けることなく消えていく。
鮫島さんは現在、中絶治療を行っていない。
彼の立場はとても明確だ。
もちろん特別養子縁組を推進している。
赤ん坊は空気や温度を通じて、自分がどれだけ人とつながっているか、愛情を受けているのかを体で感じ取っているのだと思います。そんな大切な時期にこそ、人の温かみを知らないといけません。それは、その子の一生に影響することだと思います。
だからこそ、なるべく子どもが小さいうちに特別養子縁組をして、スキンシップのいちばん大切である時期を、愛情を持って育ててくれる父母のもとで過ごさせたいのです。
(同書、p.15)
彼の思想を一言でいえば、「私は赤ちゃんの味方です」である。
徹底した赤ちゃん主義である。
僕はここ数年、「赤ちゃんポスト」を追いかけているが、
赤ちゃんポストも彼の思想の延長線上にあるように思う。
実親が育てられないなら、できるだけ早いうちに、
しっかり育てることができる人の手に委ねたい。
実親が追いつめられ、虐待をし、殺してしまう前に・・・
(これは親と子、双方を救うことになる)
これは、また大きな意味での犯罪予防にもつながる。
幼児期に実親から愛情を受けずに育てば、
どんな人間でも、根本的な愛情の喪失感情を抱く。
愛情の喪失感は他者への不信を引き起こす。
「点子ちゃんとアントン」の映画でも描かれているが、
たとえ片親であったとしても、親から与えられる愛があれば、
子どもはしっかり育つ。もちろん肉親でなくても可能だ。
(だが、そのためにはやはり乳児の時期に共に過ごす必要がある)
人の一生に影響を与えることだけに、
この問題は真摯に考えていきたいものだ。