Dr.keiの研究室2-Contemplation of the B.L.U.E-

■レポタージュ■トリーアにある赤ちゃんポスト「Babyfenster」を訪ねて

今回の訪独では、あまり赤ちゃんポストを訪問しないで、主に資料収集と現地の研究者や先生の対話、そして当然その文献の講読、翻訳、論文執筆を集中的にやっています。

が、やはり、赤ちゃんポストの実際をもっと見たいという気持ちがあります。約100か所、ドイツ全土にあります。これまでいくつもの赤ちゃんポストを見てきましたが、まだ10分の1程度です。「もっと見たい」、「どんな場所にあるのか知りたい」、「どんな違いがあるのか」、色んな疑問や問いが浮かんできます。

そこで、今回はトリーア(Trier)という町にある赤ちゃんポストを訪ねにやってきました。この町の赤ちゃんポストもまた、児童福祉施設内に隣接している赤ちゃんポストで、児童福祉施設のみならず、病院、老人ホーム、墓地、母子ホーム等々、あらゆる医療・福祉系の施設が集まっているエリアにあります。

そんなトリーアにある赤ちゃんポストですが、今回はこれまでと少し違います。

これまでは事前にアポを取って、担当者や責任者の方にお話を聴いて、赤ちゃんポストもしっかり内部まで見させてもらってきました。が、今回は、あいにくというか、施設長さんの予定が合わず、また僕も日程がぎりぎりまで定まらずに、アポを取ることができませんでした。施設長のマヌエラ・ズパンさんとはメールでやり取りをしていますし、とりあえず何かあれば施設長さんの名前を出すとして、行ってみることにしました。初めてです。アポなしで、赤ちゃんポストを訪れるのは… 

なお、ズパンさんから、「トリーアのカトリック女性福祉協会(SkF)の人に連絡してみてください。SkFが赤ちゃんポストの責任者ですので、対応してもらえると思います」、とメールをいただいたので、SkFに二度連絡したのですが、返事は来ず…

ならば、SkFにも訪れてみようか、と。(自分の大胆さに驚きます)

これが、またこれまでにない経験となりました。本当に、自分が我が子を赤ちゃんポストに預けるような気分になりました(それが本当に赤ちゃんポストを利用する女性の気持ちだとは思っていません。ただ、同じように、何の助けも、何の取り決めもない中で、異国の赤ちゃんポストを訪れるのは、本当に怖かった、というか、不安な気持ちになりました。


まず向かったのは、トリーアのSkF。

トリーアのメインストリートから200mくらい離れると、こういう路地にたどり着きます。

この右手にある建物のどこかが、SkFの建物だと思います。住所的に。

(ただし、トリーアに着いたのが既に4時半過ぎで、事務所は閉まっているかな、と)

その途中、こんなホームがありました

「癌になった親の子どものために」、と書いてあります。

どうやら、このホームは、親が癌になった子どものケアをする施設のようです。

こういうのもあるんですね… 

そういうエリアに、赤ちゃんポストもSkFも児童養護施設もあるようです。

この黄色い看板にしばし目を奪われました。

Haltepunkt für Frauen、と書いてあります。

女性たちのための停留所、でしょうか。

この建物も、女性支援を行う事務所が入っている建物のようです。

しかも、プライベート、つまり民間団体みたいです。

こちらが、二度にわたってメールを送ったにもかかわらず、返答のなかったSkFトリーアの拠点です。

誰もいませんでした。

(きっとメールアドレスが変わってしまっているんだろうな…と自己弁護)

本当なら、ここでお話を聴けるはずだったんだけど…(涙) 

今回は、訪独前に本当に時間がなさすぎました。

カトリックの女性の社会福祉に関するサービス機関、とでも訳せばいいのでしょうか。

定訳はまだないかな、と。一応僕は、「カトリック女性福祉協会」と訳しています。

Sozialは、社会的という意味と、社会福祉的という両方の意味をもちます。この場合は社会福祉的。

でも、かなり実践業務に力を入れているので、福祉的かな、と。

こんなに建物は素敵なんですけどね。

この建物の隣に、SkFが運営している母子ホームがあって、そのホームの玄関扉が開いていたのです。

これは、と思い、玄関に近づき、誰かいないか周りを見渡しました。

誰もいません。遠くで人の声が聞こえてきます。

どうしよう。赤ちゃんポストの場所を聞くか。さらにこの施設内を見せてもらうか。躊躇いました。

しかし、玄関に人は誰もやってこない。

帰ろうか、と思った瞬間、二人の若い女性が部屋の中からホームの入り口付近にやってきました。

「すみません」、と僕は声をかけると、二人の若い女性は、怖い目つきで僕を睨みつけて来ました。

その目は本当に冷たくて、警戒しているようで、恐ろしかった。何も言えなかった。

ただ、考えてみれば、あっちの方が怖いはずですよね。見知らぬ外国人男性がいきなり母子ホームの入り口に立っているのだから。

施設の職員さんだったら、話しかけられたかもしれません。

が、この二人の目に僕は悟りました。

「僕も男なんだ。ここは男が歓迎される場所じゃない。男に裏切られた女性がいるところなのだから」、と。

なので、ここは諦めて、引いて、この場を去ることにしました。

あの二人の若い女の子の目は忘れられません。

ここは、SkFのある建物の先の、病院の裏手口です。

しかし、赤ちゃんポストはいったいどこにあるのだろう? 

ずっと歩いているのに、全然見つからないし、住所は地図に乗っていない。

気づけば、モーゼル川のほとりまで。。。

いったいどこに赤ちゃんポストはあるのだろう?!

さらに、(本当に)迷い込んで、こんな場所に。

どう考えても、ここにはないだろう、と…

しかし、緑豊かな素敵な場所です。病院の反対側がこんな感じになっているのです。

さらに歩くと、Irminenfreihofにたどり着きました。

Hofなので、病院、各施設の間にある中庭でしょうか。

高齢者の方が援助者を連れ添って、車椅子で散歩をしていました。

ここはそういう場所なんですね。

静かで、穏やかで、心地よい風が吹き抜ける中庭でした。

本当に静かです。

きっとこの敷地のどこかに赤ちゃんポストがあるはずなんだけれど…

さらに、その敷地に沿って歩くと、何やら見えてきました。

あら・・・

教会?? 

素敵です。思わず見入ってしまいました。

いやいや、僕は今、赤ちゃんポストを探しているのです。

いったいどこにあるんだ?!?!

もう、探すのをやめて帰ろうかと思いました。

「もういいだろう。そこまで頑張らなくてもいい。この場所はルクセンブルクに行くための一つの通過点なんだ」

と、自分に言い聞かせて。

そして、一度は町の中心に行きかけたのです。しかし、

「いいのか? お前はいったい何をしに来たんだ? その本質を考えろ」

と、なんだかうちの父が言いそうな声がどこからか聞こえてきました。

そうしたら…

なんとなんと、

僕がメールでやり取りをした児童養護施設の入り口にたどり着いたのです。

偶然。しかも、上の教会から100mほどのところに。

Ruländer-Hofと確かに書いてあります。

よかった…(;;)

しかし、ここからです。いったいどこに赤ちゃんポストが設置されているのか。

入り口付近を見ても、どこにも見当たらない。

さらに敷地に沿って歩くと、

これがトリーアの赤ちゃんポストが設置されている児童養護施設兼保育所です。

この建物の壁に掲げられている肖像です。

誰なんだろう?

更に進むと・・・

あ・・・

ありました。

これだ・・・

間違いない。

確信しました。

よく見ると、babyfensterと書いてあります。

もう色が色あせていますね。

SkFは赤ちゃんポストの設置をもうしない、と決めています。

この色あせた絵が、今の赤ちゃんポストを物語っているようにも思えます。

でも、今もドイツのどこかで赤ちゃんポストは利用されています。

さて。

赤ちゃんポストの敷地に一歩足を踏み入れると、草木であたり一面が覆われています。

僕はもう既にいくつもの赤ちゃんポストを見ていますが、普通の人からすれば、ここに何があって、どうなっているのか、何なのか、分からないと思われます。でも、それこそがこの赤ちゃんポストのストラテジーなんですよね。

足をもう5歩ほど進めると、赤ちゃんポストが見えてきます。

真っ白のドアみたいなものが見えてきます。

あ。

これですかね?

普通の玄関の扉のようにも見えますが、真ん中やや情報に赤ちゃんポストのKlappeに該当するものが確認できます。

これですね。

トリーアの赤ちゃんポストにたどり着きました。

今回は残念ながら、このドア(Klappe)の中は見ることはできませんでした。

が、この時、既に、もう僕は全身がドキドキしています。見つかったらどうしよう、と。

どう考えてもおかしいでしょ。外国人の僕が赤ちゃんポストの前に一人で立っているのって…

でも、覚悟はできています。

よく見てみると、

上が「開く」で、下が「閉じる」ですね。

緊急下の女性は、まずこの上のボタンを押して、扉(Fenster=窓)を開きます。

きっと自動で扉が開くのでしょう。

そして、赤ちゃんをその扉の奥に置いて、下のボタンを押して、その場を立ち去るのでしょう。

その間、2分、3分程度です。この2,3分で、とりあえずの問題は解決します。

「産んだはいいけど、この赤ちゃん、どうしよう?」、という問題は。

もし赤ちゃんポストがなければ、その赤ちゃんはごみ箱やどこかの草むらに捨てられるでしょう。

ドイツには、至るところに、赤ちゃんが十分に入るサイズのごみ箱が点在しています。

最後に、そのごみ箱の画像をあげますね。

赤ちゃんをポストに預けたら、その場を去ります。

この時、本当に自分も、ここで赤ちゃんをポストに預けた気持ちになりました。

もし赤ちゃんポストを知っている人がこの場をみたら、「あ、こいつ、赤ちゃんを預けたな」と思うでしょう。

この扉から一人で出てきたのだから…

出た瞬間です。

外はもう、普通の道路です。

扉は常に開いたままになっています。

いつでもWelcomeだよ、というメッセージでしょうか。

少し離れると、もうこんなに赤ちゃんポストは小さく見えます。

この時もまだ、僕の胸はドキドキしています。

と同時に、預けられた赤ちゃんはどうなるんだろう? どうなってしまうんだろう? 私は何をしたのだろう?、と色んなことが一気によぎってきます。きっと本当に、赤ちゃんポストに赤ちゃんを預けた人は、その預けた後に、色んなことを考えるのだろう、と確信しました。

わずか数分前まで私の腕にいた赤ん坊は今、あの中にいる。とりあえずこれでいいんだ。とにかくこの場を立ち去ろう。そういう気持ちになりました。

この道の一番遠くに見えているのが、赤ちゃんポストのある施設です。

わずか2分程度で、ここまで来ました。

「とにかく戻ろう」。

そういう心境になっていました。

そして、3分くらいで、ドイツの有名なショッピングセンターにたどり着きました。

子どもの笑顔が胸に刺さります。

刺さってくれればいいけれど…

ただ、怖いもので、このショッピングセンターに入る頃には、晴れ晴れとした気持ちになっているのです。

ONE OF THEMになった感覚。

ある意味で、解放される感覚。

そういう感覚がありました。

これが、本当に子をポストに預けた母親の心境に近いのかは分かりません。

が、とりあえず安堵します。と同時に、預けた我が子のことも考えてしまいそうです。

 

ここから先は、きっと人それぞれなのでしょう。

「あー、よかったー。解放されたー」と思う女性もいるかもしれません。

逆に、「どうしよう。本当によかったのだろうか」、と反省する女性もいるかもしれません。

それは、もう個々の人の生き方や考え方如何なのでしょう。


以上、かなり長くなりましたが、赤ちゃんポストを訪れたそのつどの心境を画像と共に書いてみました。

今回は、逆によかったかも。

これまでは、「客観的という名の傍観者的」に赤ちゃんポストを見ていました。

でも、今回は、孤独の中、一人で、単身で、アポも何もなく、赤ちゃんポストを訪れました。

それゆえに、「渦中の心境」を考えながら、赤ちゃんポストを見ることができました。

当事者にはなれないけれど、限りなくその使う側からの目線で赤ちゃんポストを見ることができました。

これまでみたいに、アポを取って、堂々と見ていたら、こんな風には感じなかっただろうな、と。

それと、ドイツ全土に100か所、こういう風に赤ちゃんポストが存在しているのです。

凄いことです。

トリーアはそれなりにお店はありますが、本当に静かで小さな街です。

こんな場所にまで、赤ちゃんポストがあるのだから…

それが、ドイツという国なのです。

日本においても、日々、赤ちゃんの遺棄事件や殺害事件、あるいは虐待で殺してしまう事件が跡を絶ちません。

こうのとりのゆりかごに預け入れられる赤ちゃんの数も、決して少なくはありません。

けれど、日本には、こういう「緊急最終的救済策」がほとんどありません。

「なんで役所に行かないんだ?」

「なんで児童相談所に相談しないんだ?」

「福祉事務所があるだろ?」

マリア・ガイス=ヴィットマンは言っていました。「女性たちはみんなそういうことは分かっているのです。でも、そういうところに相談できないのが、彼女たちなのです。『身元がばれるのではないか』、『名前を聞かれたらどうしよう』、『親にチクられたら…』、等々、と」。

赤ちゃんポストが身近なところにあるのが、ドイツという国なんですね。

ただ、その赤ちゃんポストを巡って、今は転換期にさしかかっています。

それでも、赤ちゃんポストを法的に廃止するという動きはまだ出てきていません。

これからどうなるのでしょうか。まだ、その続きがありそうです。

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