いつも記事を拝見しているAlice-roomさんが高田馬場を散策した記事を書いておられたのを読んで、思い出した幾つかの事を書き出してみようと思う。
◎ ◎ ◎
昔々高田の馬場に住んでいたことがある。
正確に言うと東京の“最後の都電”の電停“面影橋”の真ん前、神田川の畔に住んでいたのだ。
高田の馬場駅から歩いて20分ほどのところだ。
高田の馬場駅周辺はごちゃごちゃとしていながら、楽に把握できる程度の混雑加減が人間的で結構気に入っていた。
駅脇の映画館で2本立てを見たり、お気に入りのジャズ喫茶も、古本屋も、食堂も、飲み屋も一応揃っていて満足だった。
駅から5~6分ほど早稲田通りをまっすぐ歩いて右側に”名曲喫茶らんぶる”と言う喫茶店があった。”らんぶる”という名前の喫茶店は幾つかあるようだが関係があるのか、あったのかは知らない。
その不思議な店の話。
春先のある日その店の前を歩いていて、引き寄せられた様にフッとドアを開けてしまったのだ。
店内はガランとしていて、よく見るとあちこち散らかっている。あまり気持ちの良い雰囲気ではなく、それにかなり黴臭かった。
コーヒーを注文してあたりを観察し始めると、だんだんに色んな物が見えてくる。
窓際にひかれたカーテンの裾まわりには土産物の人形や子供のプラスティック製ジョーロ、枯れた植物、タオルなどが並んでいるのだ。そして棚いっぱいの古びたレコード。
客は私のほかに二組程いてその一人は音楽を聴くためにこの喫茶店を利用しているのだろうと思われた。
店主はクラッシック音楽などには興味が無いのか全くレコードをかけようという気はない様子で、だから客がレコードを適当に選んでターンテーブルに乗せたりしていたのだ。
他のもう一組は学生風カップルで、この店なら誰からも邪魔されないでヒソヒソ話が出来るから来るのだという感じにみえた。
無表情の店主はつるっとした顔の中年男で黒ズボン、白ワイシャツに派手なチョッキと着て蝶ネクタイをつけていた。
どこかもう少しで崩れてしまいそうな雰囲気がある意味刺激的でもあった。
その夏、知人とその店をもう一度訪ねることになった。
店の看板ネオン”らんぶる”と言う文字の”る”が傾いでいた。
チャリンと音のするドアを開けて店内に入ると、むっとした空気の塊と、更に酷くなった黴の匂いが不愉快だった。
その日はかなり暑い日で、コンクリートむき出しの床は結露し、たった今水を打ったかの様にすっかり濡れている。
本当に水でもまいたのかもしれないが、そうだとしたら風通しの無い店内には全くの逆効果というものだった。
それにもかかわらず私達は客が一人もいない店内に入ると、店の真ん中に扇風機があって、店主はそれを抱えるようにして一人締めしている。
煮詰まったようなコーヒーを時々舐めながら、辺りを観察すると先回よりも物が増えていて、それも生活必需品だ。
店の奥の薄暗がりに階段があって、多分昔は二階も営業していたのだろうが、長い間使われていない事が一目でわかる。
階段にはゴミ袋に入った”何か”が乱雑に並んでいて、それらは二階からはみ出て押し出され、雪崩落ちてきたかの様だった。
大きな声が聞こえるので振り向くと、扇風機を抱いた店主が誰に言うとも無く、かといって独り言でもないように話している。
取り留めなく次々と話は続いた。
その後私は一人で”名曲喫茶らんぶる”にはいる元気と機会が無いまま忘れてしまった。
それから10年後一時帰国の折に思いついて妹と二人で”らんぶる”に行ってみる事にした。
以前は傾いでいた看板の”る”が殆ど外れかけてかろうじてぶるさがっている。
営業中かどうかわからないドアをそっと押してみると開いたので、おそるおそるという感じで席についた時、客席に座っていた店主がぬっと立ち上がり近寄ってきた。
その彼を見て私は少しばかり驚いてしまった。なぜならかれこれ10年前にもなるのに、私の記憶にある店主と全く変わりが無かったからだ。やはり油っぽいつるっとした顔で、着ているものまで同じに見える。
私は密かにこの喫茶店と店主に“まつわる話”(もちろん怪談話に近いんだけど)をでっちあげていたので、妹と二人で辺りをジロジロ見回しながら更にミラクルワールドを勝手に紡ぎ続けていると、しばらくして店主が注文のアイスコーヒーを2つ持ってきて私たちの前に置いた。
”アイスコーヒー”と言って出てきたのは、普通のコーヒーカップに入った、普通のコーヒーで、ただ冷めたコーヒーの中に氷の欠片が2,3個浮いていた。
店主は悪びれも無く
「アイスコーヒーだなんて言ってね、特別の豆を売っているけれど、本当はアレは美味しくないんだよ。僕はね、普通の豆で入れたコーヒーを冷ましてアイスコーヒーにするのが美味しいと思うからね。」
と言い放った。
それはなんとも不味いコーヒーだったけど、店主の迫力に私達はすっかり負けていたのだ。
それから、また例の“独り言”が始まった。
その日、客は私達だけだったので、店主は隣のテーブルに陣取り歴史の話、政治家の話、野球の話などが単調にくるくると展開してゆく。
私はそのうちに店主と目を合わせてしまい、私は彼の演説の聞き手に選ばれてしまい動けなくなった。さしづめ蛇に睨まれたかえるの図だ。
モノローグはランダムに放り出されるデータのようで、相槌を打つのが間に合わないようなものだったけれど、私の相槌などどうでもよかったのだろう、しかし視線はずっと外してくれないのだ。(そういう所、お人よしなのだよね、私は。)
蜘蛛の巣からようやく逃れる虫の様に苦労をしながらやっと脱出成功。
外に出るとまだ日は高くて賑やかないつもの街並だったのでホッとしたものだ。
2年前の事“らんぶる”の前をとおりかかったら、“る”のはまだぶる下がっていたけれど、ドアは閉ざされたままで、たまたま休業日だったのかどうかは確認できていない。
思わず長々と“名曲喫茶らんぶる”の思い出を書いてしまったけれど、あの時にかもし出されていた雰囲気をうまく再現できないのが残念だな。
高田馬場名所“らんぶる”物語。
記憶箱の中で揺すられて少し崩れているかもしれないけどね。
読んで下さった方々、お退屈様でした。
◎ ◎ ◎
昔々高田の馬場に住んでいたことがある。
正確に言うと東京の“最後の都電”の電停“面影橋”の真ん前、神田川の畔に住んでいたのだ。
高田の馬場駅から歩いて20分ほどのところだ。
高田の馬場駅周辺はごちゃごちゃとしていながら、楽に把握できる程度の混雑加減が人間的で結構気に入っていた。
駅脇の映画館で2本立てを見たり、お気に入りのジャズ喫茶も、古本屋も、食堂も、飲み屋も一応揃っていて満足だった。
駅から5~6分ほど早稲田通りをまっすぐ歩いて右側に”名曲喫茶らんぶる”と言う喫茶店があった。”らんぶる”という名前の喫茶店は幾つかあるようだが関係があるのか、あったのかは知らない。
その不思議な店の話。
春先のある日その店の前を歩いていて、引き寄せられた様にフッとドアを開けてしまったのだ。
店内はガランとしていて、よく見るとあちこち散らかっている。あまり気持ちの良い雰囲気ではなく、それにかなり黴臭かった。
コーヒーを注文してあたりを観察し始めると、だんだんに色んな物が見えてくる。
窓際にひかれたカーテンの裾まわりには土産物の人形や子供のプラスティック製ジョーロ、枯れた植物、タオルなどが並んでいるのだ。そして棚いっぱいの古びたレコード。
客は私のほかに二組程いてその一人は音楽を聴くためにこの喫茶店を利用しているのだろうと思われた。
店主はクラッシック音楽などには興味が無いのか全くレコードをかけようという気はない様子で、だから客がレコードを適当に選んでターンテーブルに乗せたりしていたのだ。
他のもう一組は学生風カップルで、この店なら誰からも邪魔されないでヒソヒソ話が出来るから来るのだという感じにみえた。
無表情の店主はつるっとした顔の中年男で黒ズボン、白ワイシャツに派手なチョッキと着て蝶ネクタイをつけていた。
どこかもう少しで崩れてしまいそうな雰囲気がある意味刺激的でもあった。
その夏、知人とその店をもう一度訪ねることになった。
店の看板ネオン”らんぶる”と言う文字の”る”が傾いでいた。
チャリンと音のするドアを開けて店内に入ると、むっとした空気の塊と、更に酷くなった黴の匂いが不愉快だった。
その日はかなり暑い日で、コンクリートむき出しの床は結露し、たった今水を打ったかの様にすっかり濡れている。
本当に水でもまいたのかもしれないが、そうだとしたら風通しの無い店内には全くの逆効果というものだった。
それにもかかわらず私達は客が一人もいない店内に入ると、店の真ん中に扇風機があって、店主はそれを抱えるようにして一人締めしている。
煮詰まったようなコーヒーを時々舐めながら、辺りを観察すると先回よりも物が増えていて、それも生活必需品だ。
店の奥の薄暗がりに階段があって、多分昔は二階も営業していたのだろうが、長い間使われていない事が一目でわかる。
階段にはゴミ袋に入った”何か”が乱雑に並んでいて、それらは二階からはみ出て押し出され、雪崩落ちてきたかの様だった。
大きな声が聞こえるので振り向くと、扇風機を抱いた店主が誰に言うとも無く、かといって独り言でもないように話している。
取り留めなく次々と話は続いた。
その後私は一人で”名曲喫茶らんぶる”にはいる元気と機会が無いまま忘れてしまった。
それから10年後一時帰国の折に思いついて妹と二人で”らんぶる”に行ってみる事にした。
以前は傾いでいた看板の”る”が殆ど外れかけてかろうじてぶるさがっている。
営業中かどうかわからないドアをそっと押してみると開いたので、おそるおそるという感じで席についた時、客席に座っていた店主がぬっと立ち上がり近寄ってきた。
その彼を見て私は少しばかり驚いてしまった。なぜならかれこれ10年前にもなるのに、私の記憶にある店主と全く変わりが無かったからだ。やはり油っぽいつるっとした顔で、着ているものまで同じに見える。
私は密かにこの喫茶店と店主に“まつわる話”(もちろん怪談話に近いんだけど)をでっちあげていたので、妹と二人で辺りをジロジロ見回しながら更にミラクルワールドを勝手に紡ぎ続けていると、しばらくして店主が注文のアイスコーヒーを2つ持ってきて私たちの前に置いた。
”アイスコーヒー”と言って出てきたのは、普通のコーヒーカップに入った、普通のコーヒーで、ただ冷めたコーヒーの中に氷の欠片が2,3個浮いていた。
店主は悪びれも無く
「アイスコーヒーだなんて言ってね、特別の豆を売っているけれど、本当はアレは美味しくないんだよ。僕はね、普通の豆で入れたコーヒーを冷ましてアイスコーヒーにするのが美味しいと思うからね。」
と言い放った。
それはなんとも不味いコーヒーだったけど、店主の迫力に私達はすっかり負けていたのだ。
それから、また例の“独り言”が始まった。
その日、客は私達だけだったので、店主は隣のテーブルに陣取り歴史の話、政治家の話、野球の話などが単調にくるくると展開してゆく。
私はそのうちに店主と目を合わせてしまい、私は彼の演説の聞き手に選ばれてしまい動けなくなった。さしづめ蛇に睨まれたかえるの図だ。
モノローグはランダムに放り出されるデータのようで、相槌を打つのが間に合わないようなものだったけれど、私の相槌などどうでもよかったのだろう、しかし視線はずっと外してくれないのだ。(そういう所、お人よしなのだよね、私は。)
蜘蛛の巣からようやく逃れる虫の様に苦労をしながらやっと脱出成功。
外に出るとまだ日は高くて賑やかないつもの街並だったのでホッとしたものだ。
2年前の事“らんぶる”の前をとおりかかったら、“る”のはまだぶる下がっていたけれど、ドアは閉ざされたままで、たまたま休業日だったのかどうかは確認できていない。
思わず長々と“名曲喫茶らんぶる”の思い出を書いてしまったけれど、あの時にかもし出されていた雰囲気をうまく再現できないのが残念だな。
高田馬場名所“らんぶる”物語。
記憶箱の中で揺すられて少し崩れているかもしれないけどね。
読んで下さった方々、お退屈様でした。
でも、らんぶるのアイスコーヒーをドイツ人に出したら、怒り出しそうですよね。(笑)
素敵な思い出を話してくださってありがとうございます。
どんどん、崩れていって、すごいことになったんですね「らんぶる」。
高田馬場は、今は、アトムの町ということで、
駅の電車の発車音は、鉄腕アトムの主題歌のメロディーです。
「空をこえて~」っていうアレね。
明るい感じを演出しているのでしょうけど、
でも、高田馬場という所は、
まだまだ「らんぶる」的な雰囲気が残っているように、
わたしには感じられます。
でも、ドイツにはアイスコーヒーが無かったでしょ。最近は色々なカフェが出来たからあるけれども。。。
だから来た頃は店で作ってもらったことありましたよ。普通のコーヒーで。。。。。。(笑)
名曲喫茶らんぶるも面白かったけれど、畳の映画館とか、色々あったなあ。
今ではもうなさそうだけど。。。
この春日本に帰ったらその辺りを又散策してみるつもりです。
学生時代に、古書を買いに来た時からなんでこんなところにあって、誰も住まずにあるのだろう…幽霊屋敷が。などと勝手に思っていたものです。今も通勤がてらに通り過ぎつつ、見慣れた風景になっていってしまいつつあります。
さてさて、違っていたりして…。
でも、お話のような都会にあるエア・ポケットのような空間は結構惹かれてしまったりします。神田の喫茶店「さぼうる」とか未だに本を買い込んだ後に、戦利品を確かめるのもいいですが、池袋にもスゴイ喫茶店があります。
東口からすぐなのに、ここだけ時間が止まっています。従業員の方も外国の方が多く、日本語が時々通じなかったりするし、1、2階は喫茶店ですが何故か3階は主人の御自宅のようで階段がカーテンで仕切られているだけだったりする。
私が予備校生の時に、授業がつまらないとそこで一人で午前中の数時間を過ごしていたりしたものだが、未だにこの喫茶店は健在です。
朝行くと常連客がぱらぱらいる他は、いつまでもたっても誰も人が来ない。一人で小説を書いたり、読書したり、自分の時間を持てる唯一の空間が好きで、まずい割に普通並の料金の紅茶いっぱいで3、4時間過ごしていたことを思い出しました。
ここは店員もほとんど来ないので貸し切り状態のまま、下の通りを歩く人を眺めつつ、空想に浸り切ることのできる特殊な空間だった。何故か、そんなことを思い出しました。
そこだけなんだか異空間でしょう?
2年前も穴が開いたようでしたね。。
それでも、まだ建物は残ってるんですか。
さすがに営業はしていませんか。
していたらそれこそミラクルかもしれないけれど。。。(笑)
らんぶるの店主は多分よく知ったら面白い人だったのでしょう。アメリカで生まれたみたいな事を言っていたような話もあったし。
池袋の喫茶店も面白そうですね。若かりしAliceーroomさんの亡霊にも会えそうですね。(もちろん今もお若いので、学生時代のといいなおします。)
2年前ももう埃被っていましたし、多分やっていないのだろうとは思いますが、まだ建物が存在するならば、是非あのドアに手をかけてみてください。
それだけでもしかしてどこかに吹き飛ばされるかもしれない。(笑)
なんかおとぎ話を読んでるようでした。
名曲喫茶らんぶる...とても気になる。。
この界隈は、印刷屋とかたくさんあって
興味深い街でした。
どうやってここ知りました?
と絶対聞かれる、看板も出てないヘンな古道具屋もあるんですよ。
・・ブログ一周年おめでとうございます。
seedsbookさんの作品や書かれる文章も
とても興味深くて、時間を掛けて
見させていただいてます!
すごく楽しませてもらってます。
これからも楽しませてくださいね!
それにしても、アイスコーヒー強烈です笑
すごいなぁ。
良いですね。
Friendbeautyさんはきっとそういうものに鼻が利くのですね。
今回春に帰国したら早稲田周辺をのんびり歩いて見たいと思います。
アイスコーヒーはちゃんと美味しいのを選びたいと思います。(笑)
面白いスポットあったら教えてくださいね。