「さらば三河家臣団」
天正17年(1589)5月 茶々が鶴松を出産。
秀吉は、喜びの絶頂。
天正18年2月10日
北條攻めを決行。
小田原城に籠城する北条氏政。
小田原城、堅固な城でしたよね。
一夜城の存在が大きかったようです。
そりゃ、一日で城ができたらびっくりしますよ。
籠城した氏政に理由をたずねた家康。
氏政の口から、瀬名が提案した夢の話が出ようとは。
瀬名、どう考えても出過ぎです。
家康は、石田三成から関東への国替えを言い渡されます。
家康は、家臣たちに、国替えの話をします。
本多正信って、策士ですね。
ちゃんと家臣たちの根回しをしているとは。
皆が前向きに新しい場所へ移ることを容認します。
天正19年8月 鶴松病没。
天正20年 江戸へ移る家康。
今、江戸が日本の中心になっていることを思うと、家康の功績は、凄いことです。
家康の家臣たちの団結力、家康の人柄によるものもあったでしょうが、それが、将来天下をおさめることになるのでしょう。
秀吉は、朝鮮を従え、明国をとると。
この欲望は、秀吉推しの私としても、ダメだと思います。
秀吉の天下が揺るいだ原因となりました。
日本を統一しただけでは、満足できなくなるとは。