9月11日(月曜日)湯殿山ホテルでは昨夜来の雨が続いているが、天気予報では東北北部の方が天気は良いということだ。そこで湯殿山参拝は諦めて酒田に行くことにした。その酒田の帰りにほとんど雨が上がったので羽黒山に詣でることにした。羽黒山は出羽三山信仰の中心地である。
羽黒神社のホームページhttp://www.dewasanzan.jp/から引用したところでは三山信仰の根幹は生まれ変わりの思想である。
- 出羽三山は現在神の山として信仰されているが、神仏習合時代には本地垂迹の思想が普及していた。本地垂迹とは本地であるインドの仏が日本にきて神(垂迹)の姿となって現れ衆生を済度するという教えである。
- 羽黒山は観音菩薩、月山は阿弥陀如来、湯殿山は大日如来を本地として、神仏分離が行われた明治維新まで続いた。
- 羽黒山で現世利益を願い、月山で来世の極楽浄土を乞い、湯殿山で功徳を得て再びこの世に生まれ出ることを祈るという。
さてその羽黒山だがまず参道の一の坂にある五重塔を参拝することにした。いでは文化会館の向かいの無料駐車場に車を止めて随神門という門から参道に向かう。道はすぐ下りになった。その坂を下から見上げたのが次の写真だ。
石段は実に良く掃き清められている。子供の頃京都洛北の山寺で育った私はこのような石段の落ち葉を掃いた経験があるだけに良く分るのだが、これはなまなかな手入れではない。空気は湿り気を帯びながらも清浄を極めこれから神域に進むという気持ちが高ぶってきた。
石段を降りて暫く進むと目の前に樹齢一千年という「爺杉」がそびえている。
不思議な生命力と厳かさを感じさせる巨木である。樹齢一千年といえば、この奥にある五重塔が平将門により建立された時である。つまりこの老木は羽黒山の長い栄枯盛衰をずっと見てきたのだ。この老木には「あの石段を又登って帰るの?」と愚痴をこぼしていたワイフも感激していた。
なおこの写真は杉の根元にあるロープや杭など無粋な人造物をレタッチで消している。
さて爺杉のさらに奥に羽黒山五重塔は静かに建っている。高さ29mの五層柿葺の素木造りで東北最古の塔ということだ。因みに国宝である。今回の山形旅行で色々な神社仏閣を回ったが、一番厳かな感じを受けたのはこの五重塔を中心とする羽黒山参道だった。
さて羽黒山山頂にはここから杉並木を小1時間歩いて登ることもできるが、時間の都合もあり車で登った。
この写真の奥茅葺の巨大な建物が出羽三山神社三神合祭殿である。神域には大きな釣鐘堂があり神仏習合の名残りを示している。
芭蕉は旧暦6月3日にこの羽黒山に登り別当の住坊若王寺宝前院で句会を催している。この時芭蕉は次の句を読んだ。
ありがたや雪をかをらす南谷
また 涼しさやほの三日月の羽黒山 の句も残している。
「エアコンの効いた車で駆け足の旅を続ける私達には芭蕉が味わった羽黒山の涼気というものを本当に味わうことはできないのかもしれない・・・」などと思いながら私は小雨が振り出した羽黒山の広大な裾野に車を走らせて行った。