Yukoの日記

趣味・・・着付 パソコン カラオケ 盆踊り 旅行
フォークダンス フラメンコ        

茅葺きアートコンサート

2013-10-30 12:03:21 | 日記
        茅葺アートコンサート 2013.10.27

場 所   旧山本家住宅   国登録文化財 大道 竹内街道 

1部 講演「マルク・ジャガール」   大阪芸術大学教授  末延國康
2部 詩吟・邦楽演奏「GS4」    吟詠 井戸清明・前重亮泉
 ・山越・子守唄変奏曲・キビタキの森・聖徳太子、太子憧景・天野山観月・小板橋・静夜思
3部 クラシック演奏・合唱      安田華香・中嶋真澄・藤井里紗・木谷圭
 ・愛の挨拶・ディベルティメント1・リベルタンゴ・星に願いを・日本の秋(小さい秋みつけた~里の秋)
 ・川の流れのように・青い山脈・ふるさと

 会場である旧山本家住宅に入るなり「懐かしい~」ふっとそう思ってしまいました。26年位前でしょうか。友人から「お願い」をされてこの住宅に取材協力と称して伺った記憶が鮮明に思い出されたのです。市の職員から説明をお聞きしたり、質問をしたり、カメラを向けられ緊張している自分がまるでここに立っているようです。そういう思いに浸っている中、コンサートがはじまっていきました。
 
大道旧山本家住宅
 日本書紀に記された、わが国最古の国道ともいえる「大道」は難波津から堺、太子町を通り二子山・竹内峠を越え飛鳥の都に至り、大部分が竹内街道と重なっています。この街道を通じてすぐれた大陸文化が都にもたされ、中世には堺と大和を結ぶ経済の道、江戸時代には西国巡礼や伊勢詣など宗教の道として栄えました。
 旧山本家住宅はこの街道に面し、現在は道しるべや伊勢燈籠などが、かつての賑わいと面影を伝え、付近の街道沿いに残る十数軒の伝統的な民家と共に竹内街道の歴史的景観に寄与しています。 

 






 

詩吟、尺八、琴の音色が優しく茅葺に沁み込んでいくのを感じます。また、生のクラシック演奏は体中に響きわたり、私たちを誘っての合唱もとても楽しい時間でした。
秋の一日を国の登録文化財になった「旧山本家住宅」(大和や河内の民家の特長的な形式)で、往時の様子を偲びながらのコンサートに拍手を送りたいと思います。
有難うございました。



  
「マルク・ジャガール」の講演をされる末延先生

 
詩吟を愛するメンバー

京都三大祭 時代祭

2013-10-24 09:58:52 | 旅行
京都三大祭り時代祭りバスツアー        2013.10.22(火)

恒例のパソコン教室からのバスツアーです。今回は「ルンルンツアーバス旅行~時代祭」の企画を利用し、バスは貸切です。そして観覧指定席、ホテル京都ガーデンパレスでの京料理付きの豪華版です。
9時に教室出発、11時には京都御苑到着です。
バスを降りて観覧席まで歩くのですが、途中12時からの行列の出番を待っている「お馬さん」を沢山見かけ、大層立派な出で立ちに感動しカメラを向けていました。
お天気も丁度よく、11時30分には観覧席に着いており、正午に出発するので、それまではデジカメの用意をし、経験の少ない動画の撮り方を練習したりして、心を躍らせながら待っていたのです。

葵祭、祇園祭と並ぶ「京都三大祭」のひとつで京都平安神宮の創建と平安遷都1100年を奉祝する行事として、1895年(明治28年)に始まりました。
時代祭は、当初から、京都が日本の首都として千有余年にわたって培ってきた伝統工芸技術の粋を動く歴史風俗絵巻として内外に披露することを主眼としています。このため各時代行列に使用する衣裳や祭具の一つ一つが、綿密な時代考証をもとに作製された本物であるところにその特徴があります。
歴史と伝統の都・京都ならではの有名な祭りです。(観光情報より)

秋の都大路に繰り広げられる一大ページェント。行列は”激動の幕末”から始まり、鼓笛を響かせ整然と行進する維新勤王隊列を先頭に、江戸、安土桃山、吉野、室町、鎌倉、藤原、延暦の各時代の人物が彩られていて、見る者に、祭という場の華やぎや厳粛さのみならず、この時代風俗絵巻は日本の歴史を振り返る面白さも伝えてくれます。
京都御所健礼門前を出発して平安神宮までの4.5キロ間を練り歩き、現在は20列、2000人に達し行列の長さは2キロにおよびます。

さあいよいよ始まります。緊張の瞬間がやって来ました。

京都三大祭 時代祭


写真を撮りながら、慣れない動画にもチャレンジ、真夏のような太陽がじわじわと照り続ける。
私たちが座った席は前から3列目、シャッターチャンスは大抵同じ場面、一斉に中腰又はカメラを高く上げる為、写真や動画は撮りずらい位置となってしまう。
暑さとのたたかいと、良い角度で撮る奮闘をしていた時、突然デジカメが電池切れの合図・・・。室町時代が終ろうとしていた頃でした。まだ半分位撮影は残っています。ショック~言葉になりません。
しかし事実は事実。動画を撮るということは、こんなにも電池が必要だなんてはじめて理解できました。
立ち直るのは早いもので、それからはしっかりとゆっくりと心ゆくまで、京都時代祭の歴史絵巻を堪能したのでした。(2時間15分)
その後、ホテル京都ガーデンパレスに移動、遅めの昼食(京料理)に満面の笑みで舌鼓をしたのです。
それから清水寺へと時間の制限はあっても十分お土産も買うことができこの上なく満足~。
こうして、参加者人数24名のパソコン教室バスツアーは元気に京都を後にしたのでした。
運転手、添乗員さん、そして先生方、仲間の皆さん、お世話になり有難うございました。
少々疲れが残るバスの中、浅い眠りで夢うつつ、時代絵巻が頭をよぎっておりました。
お疲れさま~。次回また楽しみにしています。

最近読んだ本

2013-10-17 14:32:39 | 日記
まほろ駅前多田便利軒

著者   三浦 しをん     第135回 直木賞受賞

「まほろ駅前多田便利軒」は、東京郊外で便利屋を営む中年男の多田啓介と、そこへころがりこんできた元同級生の行天晴彦のふたりを主役にした物語だ。便利屋の元に舞いこんでくる仕事は、犬の飼い主探しだったり、小学生の通塾の迎えだったり、恋人のふりだったり、ところが、決まってヤクザがらみなどの厄介事に巻きこまれて、綱渡りをする羽目になる。便利屋というより、巷の事件をなんでも引き受ける私立探偵のノリに近いものがある。
 多田、行天、どちらにも離婚歴があり、子供はもうけたが、いまは別れ別れ。これまでの人生の経緯はまったく似ていないふたりだが、正反対であるが故に相通じる部分もあるようだ。多田はもしかしたら自分の子ではないかもしれない子をわが子と思い、行天は生物学的には間違いなく自分の子とわかっている子を、その子の母親とパートナーに託している。多田のほうは家族をなくしたことで心に傷を負っているし、行天はどうやら幼少時に親から受けた行為が一因で、だいぶ「変わった」性格の人間になった。感受性、感覚の一部がそこなわれてしまったかに見える。人といっぺんも口をきかなかったという高校時代には、友人たちの不注意で小指を切断する事故にあい、幸い指はつながったが、いまもその先端は青白く、神経がかよっていない。そんな行天の指を見て、多田がこう思う場面がまず印象的である。
 一度肉体から切り離されたものを、また縫いあわせて生きるとはどういう気分だろう。どれだけ熱源にかざしても、なお温度の低い部位を抱えて生きるとは。
この二行は、おそらくこの小説のモチ-フのようなものを表しているだろう。人は生きていれば、いろいろなものごとから、いろいろな事情で切り離されなくてはならない。それも、再三にわたって。自分をほったらかす両親を恨む小学生の由良くんと多田のこんなやりとりもある。
「由良公」。おまえはあのアニメ(「フランダースの犬」)を、ハッピーエンドだと思うか?」
「思わないよ」
由良は振り返った。「だって死んじゃうじゃないか」
「俺も思わない」
多田は由良のまえにしゃがんだ。「死んだら全部終わりだからな」
「生きてればやり直せるって言いたいの?」
由良は馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
「いや。やり直せることなんかほとんどない」
多田は目を伏せた。行天が後ろで冷たい部分を抱え、自分たちを眺めているのを感じた。
 一度切れた冷たい部分は二度ともとにはもどらない。「歩み寄り」や「癒し」が効かない領域というのが、人生のなかには確実にある。この小説はその厳然とした事実を繰り返し書く。しかし多田は、由良の両親が彼の望む形で愛してくれることはもうないだろう、と淡々と答えてからこう言うのだ。「だけど、まだだれかを愛するチャンスはある。与えられなかったものを、今度はちゃんと望んだ形で、おまえは新しくだれかに与えることができるんだ。そのチャンスは残されている」
 あるいは、行天の元妻の三峯凪子はこういう言い方をする。「はるのおかげで、私たちははじめて知ることができました。愛情というのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」
 そして「不幸だけど満足ってことはあっても、後悔しながら幸福だということはない」と言う行天自身は、こんな風にも言う。「傷はふさがってるでしょ。たしかに小指だけいつもほかよりちょっと冷たいけど、こすってれば、じきにぬくもってくる。すべてが元通りとはいかなくても、修復することはできる」
 こうしたものが、最後に多田のつぶやく「幸福の再生」ということなのだろう。(解説より)

世界から猫が消えたなら

著者  川村 元気      映画プロデューサー
                       本屋大賞ノミネート!!  17万部突破


世界から、もし猫が突然消えたとしたら。
この世界はどう変化し、僕の人生はどう変わるのだろうか。
世界から、もし僕が突然消えたとしたら。
この世界は何も変わらずに、いつもと同じような明日を迎えるのだろうか。
くだらない妄想だ、とあなたは思うかもしれない。
でも信じて欲しい。
これから書くことは僕に起きたこの7日間の出来事だ。
とても不思議な7日間だった。
そして間もなく、僕は死にます。
なぜこうなったのか。
その理由について、これから書いていこうと思う。
きっと長い手紙になるだろう。でも最後まで付き合って欲しい。
そしてこれは、僕があなたに宛てた最初で最後の手紙になります。
そう、これは僕の遺書なのです。
月曜日  悪魔がやってきた
あれは7日前の出来事だった。
僕はずいぶん長いこと風邪をこじらせたまま、毎日郵便配達の仕事をしていた。微熱が続き、頭の右はじがジリジリと痛んでいた。市販の薬でなんとかごまかしていたんだけれど(ご存知の通り僕は医者が大嫌いなんだ)、2週間が経ち、いよいよ治らないということで病院に行くことにした。
そしたら風邪じゃなかった。
脳腫瘍。ステージ4.
それが医者が僕に告げた診断だった。余命は長くて半年、ともすれば1週間後すら怪しいという。放射線治療、抗がん剤治療、終末期医療、さまざまな選択肢を医者が提示する。だが、まったく耳に入らない。
僕はずいぶん時間をかけてゆっくりとアパートに帰ってきた。ようやく絶望が自分に追いついてきた。文字通りお先真っ暗になって、僕は倒れた。
何時間経ったのだろうか。僕は玄関で目を覚ました。白と黒とグレーが混じり合った、丸いかたまりが目の前にあった。こいつはぼくの愛猫。もう4年も僕と2人暮らしだ。
猫がそばに寄ってくる。また「みゃあ」と心配そうに鳴く。とりあえずまだ死んではいないようだ。体を起こす。相変わらず熱はあるし、頭は痛い。死は現実のようだ。
「はじめまして!」やたらと明るい声が部屋の中から聞こえてくる。
「えっと・・・・・どちら様ですか?」
「アタシ、悪魔っす!」ということで、悪魔が登場した。簡単には受け入れがたい状況ではあったのだが、僕はとにかく目の前に現れたずいぶんと陽気な悪魔を、ゆるやか~に受け入れていくことにした。
アロハ(今後悪魔のことを心でこう呼ぶことにした)は、「実は・・・明日あなたは死にます」「え!?」「明日死ぬんです。アタシはそのことをあなたに伝えに来たんです」僕は絶句した。
「ひとつ方法があるんです」「魔法とでもいいますか。あなたの寿命を延ばすことができるんです」
「何かを得るためには、何かを失わなくてはならない」「この世界からひとつだけ何かを消す。その代わりにあなたは1日の命を得ることができるんです」にわかには信じられない話である。
「それだな」気付くとアロハが携帯電話を指差している。「どうします?電話と引き換えに1日の命です」「最後に1回だけ消すものを使ってもいいという権利」。もうすっかり忘れていた。でも体が覚えていた。携帯に登録されていないその番号を、僕はゆっくりとダイヤルした。
火曜日  世界から電話が消えたなら
水曜日  世界から映画が消えたなら
木曜日  世界から時計が消えたなら
金曜日  世界から猫が消えたなら
土曜日  世界から僕が消えたなら
自分が幸せか、不幸せか。自分ではよく分からない。
ただひとつだけ分かることがある。
自分が思うだけで、人はいくらでも幸せにも、不幸せにもなれるということだ。
そういう意味では、僕はこの数日間、限りなく不幸せで、限りなく幸せだった。
朝起きると、キャベツ(猫)が隣で眠っていた。
フーカーフーカーとした感触。トクトクという心臓の音。
世界から猫は消えていなかった。
つまりそれは、僕がこの世界から消えることを意味している。
世界から僕が消えたなら。
想像してみる。それが、どれほど不幸なことなのだろうか。
人である以上、誰もがやがては死ぬ。致死率は100パーセントだ。そう考えると死がイコール不幸だとは言えない。その死が幸せか不幸せかということは、どう生きたかということと関連するのだ。
「何かを得るためには、何かをうしなわなくてはね」母さんの言葉を思い出す。
僕は自分の命と引き換えに、世界から電話と映画と時計を消してみた。でも猫は消せなかった。
猫の代わりに自分の命を諦めるなんて、馬鹿げた男だと思われるかもしれない。
その通りだ。なんともバカバカしい。でも僕は誰かから何かを奪って、生き延びることが幸せだとは思えなかった。僕は僕なりに、自分に与えられた他人よりも少し短い寿命を受け入れることにしたのだ。
日曜日  さようならこの世界

  (映画監督)  参った。泣けて泣けて仕方がない。映画を作っているときの川村元気は悪魔のような男なのに、この小説はまるで聖書じゃないか! 


手紙
著者  東野 圭吾    第6回本格ミステリー大賞
                     幅広い作風で活躍し、圧倒的な人気を得ている



強盗殺人の罪で服役中の兄、剛志。弟・直貴のもとには、獄中から月に一度、手紙が届く・・・。
しかし、進学、恋愛、就職と、直貴が幸せをつかもうとするたびに、「強盗殺人犯の弟」という運命が立ちはだかる。人の絆とは何か。いつか罪は償えるのだろうか。
犯罪加害者の家族を真正面から描き、感動を呼んだ不朽の名作。                                           (解説)井上夢人

ほとんどの人は、自分は差別などとは無縁だと考えている。世の中に存在する差別に対して怒りを覚え、嫌悪を感じることはあっても、自分が差別する側に立つことは断じてないと信じている。
この小説は、そんな我々に問いかける。
では、この鏡に映っているのは、いったい誰なのだ、と。
気がつけば、この小説に描かれている風景は、我々が住んでいるこの街にそっくりだ。
我々は日常的に、この小説が持っている不安と隣り合わせている。 (作家)

新趣帯結び

2013-10-11 12:25:53 | 着付け
美容研美会  2013

新趣帯結び発表ならびに講習会     10月7日(月)
 大阪府立体育館柔道競技場
   主催  美容研美会本部

成人式の日もだんだん近づいて参りました。
毎年この時期に、帯結び発表と講習会が美容研美会より開催されます。色々な可愛い帯結びのアレンジが見られ、またその講習も受けられるのでとても楽しみの発表会です。

  
       (夢)                        (未来)

     
   
  (花園)        (舞蝶)              (リボン)

帯結びには文庫系、お太鼓系、立て矢系と大きく分けて三種類あります。
研美会帯結び
研美会帯結び

この発表会や講習会では得るものが大変多く、何回も練習を重ねながら自分独自の帯結びにしていくのです。一生に一度しかない成人式の振袖に夢と期待が寄せられていることを思うと、私達着付け師もより一層、力が入っていくのを感じます。
咲き誇る花のように、晴れやかな振袖姿を楽しみにしていてください。
会長、副会長、先生方、色々とお世話になり本当に有難うございました。今日のグループ出席メンバーは8人でしたが、3時間半の帯結び展および講習会の疲れもなく、帰りの喫茶店でも話は弾みます。
お疲れさまでした~。成人式頑張ろうね!!


袴予約開始

2013-10-03 13:32:19 | 着付け
大学卒業式袴予約会

今年度初めての予約受付開始です。毎年のことですが、また心新たに来年度卒業生と暫しのお付き合いをさせて頂きます。
「鈴乃屋レンタルブティック」近畿大学スタッフの一員として、卒業式の袴お見立てをお手伝いするのですが、殆んどが着付け講師経験者でもあります。今はそれぞれ色々な着付けの仕事に携わっていますが、秋から卒業式の3月までの間、全力投球で学生さんたちとお気に入りが見つかるまで、コーディネートの提案をして行くのです。







予約会には五社が入っていまして、学生さんたちは気に入った所からまず試着をしていきます。お母様とご一緒、お友達同士、また彼とだったりして、とても賑やかに楽しく選んでいます。試着した袴姿をスマートフォンで撮って、家族に送信して意見を聞いたり、何着もの袴姿を撮った画面を見比べたりと時代の流れを感じさせてくれます。
卒業式当日(着付け、アレンジヘア)のことを考えると、早目に予約会で決められるのが嬉しい卒業式になるのが確実ですね。
私達スタッフも、学生生活最後を晴れやかに飾る袴姿に応援できますことを大変誇りに思っております。次回は学内での予約会となります。