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精一杯生きる

2013-02-26 09:11:24 | ためになる話
死に方のコツ

著者  高柳 和江      日本医科大学教授

死ぬのが怖くなくなる101のはなし
☆死ぬときは痛くないようにできている
☆「ご臨終です」のウソ
☆死ぬまでにできること
☆「我慢しましょう」と言われたら
☆日本の医学教育は死を教えない

A.死の瞬間
.死ぬときは痛くないようにできている
心臓が止まりかけるほどの状態では、血液が脳に十分行かず、酸素不足で頭はぼうっとしている。医師が心電図を見て、「これは危ない」と急いで蘇生の準備を始めるような場合、ご本人はもう、やすらぎの世界へ旅だったあとである。”断末魔の苦しみ”という表現がなくならないのは、死亡直前には外からみて苦しそうな息づかいが始まるためだろうが、ご本人はもう苦しくない。

.「ご臨終です」と死を告げ、家族がワーッと泣きくずれる・・・。このイメージには重大な間違いがかくされている。
医学的な死の判定は、脈が止まり、息をしなくなり、瞳孔が開いた時点で行う。”死の三徴候”である。
もし、完全にその人の死を確認しようというなら、すべての細胞が死に、完全にその人の死を確認しようというなら、すべての細胞が死に、腐敗するまで待たなければならない。
”まだ途中だけれど、とりあえずここで死んだことにしましょう”現代医学における死の定義である。

.自然な死に苦しみはない
自然な死、たとえば老衰で亡くなる人の死は本当に穏やかで、ちっとも怖くない。むしろ、祝福したい気持ちになるものである。身体が弱ってくると、生きるのに必要な栄養や水分がうまくとれなくなるため、脱水症状を起こし、意識がふわふわしてくる。
脱水症状は、軽い陶酔感を伴う。植物が自然に枯れていくように穏やかで、ゆっくりとした死、健康に生き、自然に帰られた方々へ贈られる最高のごほう美である。

.耳は最後まで聞こえる
死ぬ直前は、意識が低下してしまう。でも最後まで耳は聞こえる。身体が弱っているために反応することができないだけだから、あなたが誰かを看取るときは、その手を握って、最後まで
耳元で話しかけてあげたいものだ。
あなたが死ぬときも、最後まであたたかな人の声に包まれて旅だっていけるとは、うれしい話である。

.”眠り”と”死”の関係
(死)と(眠り)とは同じなんだ。睡眠には”浅い眠り”と”深い眠り”の2種類がある。浅い眠りのときには夢を見る。しかし深く眠ってしまうと脳が完全に休止状態となるから、物音にも反応しなくなり、ゆさぶってもなかなか起きない。
ぐっすり眠った翌朝は気分がいい。たんに疲れがとれたというだけでなく、眠っている間によほどいいことがあったに違いない。死ぬのは、その”よほどいいこと”がずっと続いている状態だと考えることができるのではないだろうか。

.生まれるほうがずっと大変
出産が近づくと、子宮は規則正しく収縮して胎児を押し出そうとする。そのたびにものすごい力で胎児はしめつけられる。ビルの4階から地上にたたきつけられるのを想像してみてほしい。初産では10時間以上も続く。死はこれよりずっとゆっくり起こる。
死ぬまでの苦痛は、生まれるときよりずっと軽減されており、人によっては何も感じないほどである。

B.死にゆく人びと
☆「死んでゆく人は健康な人にはわからぬ慰めに満たされて、この世に別れを告げ新しい世界にはいっていくような気がします。この大切な瞬間にまわりの人は、自分の気持ちにふりまわされて、この世に引き戻そうとする過ちをおかしがちではないでしょうか」

.死ぬまでにできること
「もう何もできない」という患者さんに、「いいえ、あなたにはできることがたくさんあります。絵を見ることができる。お芝居を観に行ったり、コーヒーを飲みに出かけることもできる。他の人を励ますこともできる。あなたが望みさえすれば、できることは山のようにあるのですよ」暗く沈んでいた患者さんの表情がはればれしてくるのは何度も経験している。
末期ガンなのに「だいじょうぶですよ」と言われつづけたとしたら、人生の計画が狂ってしまう。

.動けなくなったときは
たとえば、いちばんおいしかった食べ物や食事の風景を思い浮かべる。詩を覚える。俳句をひねる。人生でいちばん楽しかった思い出を追想する。会いたい人のことを考える。思い切り空想にふける。目が見えなくなっても、耳は最後まで聞こえるから、ラジオを聞いたり、ゆっくりと音楽を楽しむこともできる。
社会とのつながりを保ち、人と人とのつながりの中で生きてこそ人間なのではないだろうか。お化粧をしたり、髪の手入れをしたり、身だしなみを整えるのも、社会的なコミュニケーションのひとつである。
最後の最後まで、可能なかぎりは”生きること”をあきらめずに精一杯やってほしいと思う。

C.病気
☆ストレス管理の上手な人は長く生きる

.ストレスがかかると免疫機能が落ちて、カゼをひきやすくなるが、ガンにもかかりやすくなる。
ストレスをコントロールするのにいちばん役立つのは、人のやさしさであり、精神的なサポートである。落ち込んだときに黙って話を聞いてくれたり、そばにいるだけで気持ちが落ち着くとか、敏感にあなたの気持ちを察してくれる友人は、あなたの寿命を確実に延ばしてくれる。こういうのを精神的支援ネットワークという。

D.病院
☆日本の医者は病気を治すことにかけては一流だが、”患者さんをうまく死なせる法”については誰からも教わっていない。

.アメリカの医学教育は、学生は病気よりも先にまず、生命のシステムはどんなふうに維持されているかを、細胞レベルからたたきこまれる。
肝臓学なら健康な肝臓は、病気になるとどう変化するのか、死ぬときはどうなるのか、とダイナミックに学んでいく。
ページを開くとまっさきに「死にゆく患者のための医療的ケア」という章から始まるのもある。

E.痛み
☆死ぬ前にやっておきたいことがたくさんある

.もう時間がないのだから、とれる痛みはとって、やりたいことを全部やってから死にたいものだ。モルヒネという薬のすばらしいところは、有効期限がないことだ。普通は量を増やすと効きめより副作用のほうが強くなるが、モルヒネは安心していられ、”神様の薬”といわれる。

F.恐怖
☆「エイズになれば99パーセント死ぬ。しかし人は100パーセント死ぬのだと、そう考えたら怖くなくなった」

.生きている人とは別れるのだが、今まで死んだ人と会えるかもしれないではないか。
死後の世界は誰も知らないのだから、そんなふうに心に思ってもいい。

 ★あとがきにもあるように、本当は誰もが普段から死のことを知りたいと思っているのでは・・・。自然の中で、人間の営みの一つとして死をとらえていれば、明るく死を語れることができるという。
「毎日、一生懸命生きなくちゃ」と思うひとりです。
 
 









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盆踊り(踊りゃんせ)

2013-02-20 09:07:22 | 盆踊り
踊りゃんせ 10周年記念大会      講師 後藤先生

3月14日(木)あやたホールにてこの大会が開催されます。
月曜、金曜、土曜とグループがあり、私達金曜日には会津磐梯山(福島県民謡)が抽選で選曲されました。
先生に、振り付けから衣装の着方まで教わりながら練習中です。浴衣は短めに裾線をきめ、角帯は片ばさみを前で作り後にまわします。揃いの草履に赤い紐を結びます。16名が舞台に上がり、約2分間の持ち時間ですが、長く感じるでしょうか?。それとも、あっという間のできごとでしょうか?。どうか手も足も間違えませんように!!
先生、役員さん大変お忙しいとは思いますが、どうぞ宜しくお願いいたします。楽しみにしております。

浴衣と角帯の練習風景


    
  
★会津磐梯山の歌詞を少し調べてみました。

会津磐梯山は宝の山よ 笹に黄金がエーまた成り下がる
東山からひにちの便り 行かざなるまいエーまた顔見せに
櫓太鼓の音聞くたびに 眠い目も開くエーまた気もいさむ
(訳)
会津盆地は米俵のいっぱい取れる宝の山よ。笹に黄金色の米が成り下がる。歌に出てくる小原庄助さんは酒と風呂が大好きだったみたいです。それで身上つぶしたという台詞も歌にありますよね。ですので便りはひいきの宿から小原庄助さんにあてたものです。
それをみた庄助さんが顔見せに行かなくてはと思ったことを歌にしたと思います。
東山=東山温泉                                                                (知恵袋より) 





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2月の新年会

2013-02-13 08:37:19 | パソコン
パソコンきらく館
    2013 2 12
楽しい新年会でした。お天気は曇り後雨、でも心の中は「山笑ふ」です。春の褐色あるいは薄緑色の木の芽があたたかい日差しに照らされている山、という風な・・・。
何度もお会いしている方や初めての方、共にパソコン仲間、勿論ご家族も含めてこの親近感が何とも言えません。武藤先生はじめ、白河先生、片岡先生、有難うございました。又の機会を楽しみにしています。
まずはビストロ&カフェ(ライオン)で食事、それからカラオケへ!!
その時の楽しい楽しい写真です。

新年会・パソコンきらく館
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詩吟(三日市公民館)

2013-02-07 07:54:12 | 詩吟
浪波岳風会  吟鈴会(詩吟)    三日市公民館  飯田先生



詩吟とは
漢詩に節をつけて吟ずること。人によっては、漢詩の訓読を吟ずることを「詩吟」、そのほかの俳句、今様(いまよう)、新体詩などの詩型をも含めて吟ずることは「朗詠」として区別することもあるが、これらは同義的に用いられることが多いということです。
漢詩を吟ずる習慣は古く、平安中期には漢詩や和歌を歌詞とする宮廷歌謡「朗詠」が盛んになり、のちには和歌を読み上げる「歌披講(うたひこう)」も行なわれた。

 
★毎週(火)午前と午後に分かれて練習をしています。
詩吟との出会いは丁度四年前。漢詩は歴史を知る、学ぶ。漢詩に吟がついている。大きな声を出せば健康につながる。単純な動機であったにもかかわらず、声を出すことの興味がここから始まったのです。
(上の写真は教室での練習風景)(右の冊子は吟道で月一回の発行)この中には詩吟に関する色々な情報があり、毎回楽しく読ませて貰っています。修行として勉強する詩吟と楽しむ詩吟があると言われてますが、やはり後者の方が多いようです。私もその中の一人ですが・・・。
少しでも「詩吟」に興味をお持ちの方、是非火曜日午前は9:30~12:00、午後は1:00~3:30まで三日市公民館へ足をお運びください。先生、生徒一同笑顔でお待ちしております。
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