豊岡藩京極家

2019年03月19日 | 但馬の人物
          道の駅に手、桃太郎の人形


(但馬ふるさとづくり協会転載許可済)
平成30年 第13回但馬検定(2級)問題より

【52】豊岡藩京極家2代目の当主で、但馬一の大寺といわれた
興国寺を藩寺として建立したのは、次のうち誰でしょうか。

(a) 京極高広  (b) 京極高住  (c) 京極高久  (d) 京極高盛


正解は、(b)の京極高住(きょうごくたかすみ)です。

 豊岡藩京極家の2代目当主が京極高住です。京極高住は
連歌、俳諧に秀でた「文学大名」として著名な人物です。
また、丹後田辺(舞鶴市)から豊岡に転封となった際に、
築城を許可されなかったことから、その代わりとして但馬
一の大寺といわれた「興国時」を藩寺として建立した藩主
です。

なお、(a)の京極高広、(c)の京極高久は豊岡藩には実在し
ません。
(d)の京極高盛は、丹後田辺藩二代藩主の京極高直を父とす
る、豊岡藩京極家初代となります。
京極高住は弟となります。

豊岡藩京極家の明治維新以降ですが、11代当主である京極
高光は、杞陽の号を持つ俳人として活躍しました。
また、高光の次男に当たる13代当主京極高晴氏は、2009年
に靖国神社宮司に就任しました。


『かしけぇ』

「かしけぇ」って、「賢い かしこい」の但馬弁なんです。
「ケンちゃんはかしけぇから、母ちゃんのゆう(言う)こと
をよ~聞こうな」、「かしけぇ~しとったら、父ちゃん土産
買ってくるから、まっとら~な(待っていような)」なんて
言いますね。