インド映画の平和力

ジャーナリストさこう ますみの NEVER-ENDING JOURNEY

サージカルストライク喧伝の陰で、最高裁が下した、ひとつの許可

2019年05月23日 | ジャーナリズム
 2019年3月6日、モディ政権によるサージカルストライクとその余波に、世界中が目を奪われているころ。インド最高裁は、バブ・バジュランギ(Babu Bajrangi)という終身刑の服役者に仮釈放を認めた。
 平時ならメディアも非常に注目したはずだが、本来そうであっただろうと思うより、はるかに少数が、主要通信社 PTI の単純な事実しか報じていない(『Times of India』2019年3月9日付)。

 最高裁の処分をツイッターで痛烈に批判しているジャーナリストのひとりが、ティースタ・セタルワル(Teesta Setalvad)だ。

 セタルワルは、先に触れた『Communalism Combat(カウンター・コミュナリズム)』の編集者である。グジャラート州出身のヒンドゥ教徒で、父は弁護士、父方の祖父はインドの初代法務総裁(Attorney General)だった。
 1993年、セタルワルと、ボンベイ生まれのムスリムである夫、ジャヴェド・アナンド(Javed Anand)は、それまで働いていた媒体を辞して『Communalism Combat』を創刊する。きっかけは、バブリ・マスジッド破壊事件に象徴されるヒンドゥ至上主義への危機感である。

 創刊から数年はタブロイド紙としての発行で、その後は雑誌形式に移行し、紙媒体としては2012年まで発行されていた。
 公式サイトのトップページはこちらである。タブロイド時代のスナップも残っている。
 雑誌移行してからのアーカイブはこちら。1号1号開いてみればわかると思うが、とてつもなく貴重な記録の宝庫である。後述の理由からリンクが乱れている箇所も多く、諸般の状況を鑑みるに、だれでもアクセスできるいまのうちに、なるべくリンクを貼っておく。
 ついでに、これも先の記事で言及した、アルンダティ・ロイが『帝国を壊すために』で引用した2002年3-4月号の目次はこちら

 報道と並行して、夫妻が中心になって2002年に立ちあげたのが、「Citizens for Justice and Peace」(正義と平和を求める市民連合; CJP) という人権団体だ。
 いまでは活動のテーマや領域を広げているが、もともとは、グジャラート大虐殺の被害者支援と加害者責任を問う目的で設立された。そして、2010年代までに、68カ所の事件に関して170人近くの有罪判決を導くという大きな成果も上げてきた。

 だが、とりわけ前回(2014年)の総選挙以降、中央捜査局(CBI)によって夫妻が逮捕されるなど、権力による深刻なバックラッシュとしか見えない事件が起こっている。

 冒頭に述べたバブ・バジュランギの仮釈放もそうである。彼は、バジュラング・ダルのアーメダバード支部のリーダーで、ナロダ・パティヤ(Naroda Patiya)という地域で起きた虐殺事件の中心人物だった。
 約170人のなかでは最も悪名高い理由は、2007年、調査報道専門誌『Tehelka(テヘルカ)』のスティング取材(注)に対して、どのようにムスリムを虐殺したかを自慢げに告白したためである。それがテレビのニュース番組で放映され、そこから有罪認定にいたった。
(注)sting operation; わかりやすくいえば、覆面捜査ならぬ覆面取材のことである。その手法をめぐっては、インドでもたびたび賛否両論まき起こったが、『Tehelka』のスティング取材によって政府の巨悪が暴かれた別のケースもある。

 『Communalism Combat』2012年11月号の目次からリンクしている PDF ファイルで、その発言内容が読める。まえがきにあるように、CJP の尽力によって裁判所に証拠採用された録音・録画から起こされた書面だ。
 各ページの右下にあるノンブルによると、だいたいP.48の右段からP.49にかけての記述で、「PW-322」は『Tehelka』取材チームの一員を、「A-18」がバジュランギをさす。

※訂正※
1 セタルワルの祖父につき、米国司法のそれに引きずられて「検事総長」としてしまいましたが、Attorney General of India は米国のそれとは異なります。日弁連の資料に「法務総裁」としているものがありますので、さしあたりこれに倣って訂正します。
検察官に相当するのは、連邦政府や州政府に任命される公訴官(public prosecutor)です。

2 CJP の説明における「170人」は、nearly ですので、それを反映するよう訂正しました。

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