2020@TOKYO

音楽、文学、映画、演劇、絵画、写真…、さまざまなアートシーンを駆けめぐるブログ。

ベネデット・マルチェッロとヴェネツィアの音楽-3

2008-08-31 | ■芸術(音楽、美術、映画、演劇)
■Venice GR Digital (C)Ryo

  前々日、前日からのつづきです。

  「当世流行劇場」には、訳者による解説の中で、当時の劇場の様子があたかも映像を見るように活写されています。

  『(前略)また、劇場という存在は、今で言う劇場というだけでなく、社交場、クラブ、バー、レストラン、カフェ、カジノ、テーマパーク、テレビ、ラジオ、そしてラブホテル、風俗までを兼用した総合的なエンターテインメント施設でした。つまり、当時のイタリアでは、町の娯楽のほとんど全てが、劇場に集中していたと考えていただきたいのです。』

  ここからは、ハイビジョンカメラが客席と舞台を縦横無尽に駆けめぐるように、劇場内のパノラマが現れます。

  『一階の平土間は、劇場によって、席が置かれていたり、立ち見だったりしていました。平土間席は下層市民のための場所で、どこかしらいかがわしい人間たち、労働者や職人たち、召使い、ゴンドラ漕ぎ、無鉄砲な若者たちがうごめいて、舞台を気にすることなく、物を食べたり、煙草を吸ったり、政治を論じたり、カード遊びで騒いでいました。ひっきりなしに、ささやき、笑い、拍手、口笛、動物のような叫び声が聞こえ、アリアの最中に主役の名を呼んで喝采し、掛け声をかけたといいます。また、ゴンドラ漕ぎはさくらとして雇われている場合があり、そういう時には入場無料だったようです。』

  『そして、上のバルコニー席からは食べ物のかすが、リンゴやオレンジの皮、油だらけのマカロニなどが投げ落とされ、有名歌手を称えるソネットを刷った紙が降ってきたり、仮面をつけた紳士の吐いたつばが飛んで来たりします。平土間の庶民たちも慣れたもので、そうした非礼に怒ることなく、容赦ない皮肉で応酬します。その間を、いかがわしい女たちが飲み物や彼女たち自身を売り歩いていました。』

  『まわりを囲む何層ものバルコニー席は、劇場のパトロンや貴族や金持ちといった有力者たちの定期契約となっていて、彼らにとって一種の応接間となっていました。借り主の好みによって高価なタペストリー、シャンデリア、姿見、ソファといった内装がしつらえられ、扉に鍵をかけて、舞台に面した鎧戸の窓を閉じると、そこは全くの密室となります。紳士淑女の観客たちは、お互いにバルコニー席を訪問しあい、女たちは噂話に花を咲かせ、男たちは、政治上の、取引上の密談を凝らし、そして男も女もそれぞれ愛人を引き込んで格好の密会の場としていました。』

  『また、一番下のバルコニー席は、平土間席で面談を成立させた娼婦たちの仕事場として、一種のラブホテルとして認められていたようなふしもあり、劇場支配人たちも娼婦たちを客寄せのために無料で入場させていたとのこと。』

  『そのような観客の要望に応えるため、劇場では料理や飲み物を頼むことが出来ました。バルコニー席にさまざまな飲み物、凝ったビュッフェや夜食を運ぶため、召使いたちが狭い通路をひっきりなしに行き来して、通路はごった返していました。』

  『また、不安定なチケット収入やバルコニー席の賃貸収入をカバーするために、劇場のロビーやゲーム室には、賭博のテーブルが抜け目ない劇場支配人によって設けられ、堂々とそこで賭博に興じることが出来ました。賭博場は幕間だけでなく、オペラの上演中も開いていて、退屈なレチタティーヴォに飽きた観客がここでひと勝負して、華麗なアリアが聞こえてくると、あわててバルコニー席に戻っていったりするのでした。』

  (中略)

  『当時のイタリアの貴婦人の間では、芝居に興味を示さないことが上品jとされていましたから、バロック・オペラはもともと熱心に見られたり、聞かれたりしないものでした。当時の劇場での観客の鑑賞態度を考えてみると、物語なんかどうでもいい、レチタティーヴォなんかどうでもいい、時々カストラートをはじめとする歌手たちの超絶技巧の即興歌唱が楽しめればそれでよかったのですから。』

  『舞台を見るより、社交や逢引にいそしんだり、魅惑的な浮かれ女がいたり、賭博の興奮があったり、美味しいもの、楽しいものが、劇場にあれば、すぐそちらに関心が向いてしまう人々、それがあくまで自分の快楽を主体に行動したバロック時代のヴェネツィアの観客でした。ある意味ではまさに悪徳の巣、言い換えれば、人間の生の欲望がさまざまに渦巻いているのが、劇場という世界だったのです。』

  (つづく)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ベネデット・マルチェッロと... | トップ | ベネデット・マルチェッロと... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

■芸術(音楽、美術、映画、演劇)」カテゴリの最新記事