NOBODYの木原俊雄さんがお亡くなりになった。
ネットの記事に目を通すと、その大半というか、そのほぼすべてが〈矢沢永吉の盟友〉とか〈吉川晃司のデビュー曲〉とか〈アン・ルイスの「六本木心中」〉といった言葉を枕詞に使って説明している。
たしかにそれは事実だし、輝かしい功績であることには間違いないのだけれど、80年代の空気を吸い込んで育った人間としては、少し違和感を感じてしまう。
なぜなら、当時からNOBODYを知っていた人間は、NOBODYそのもののアルバムや楽曲に夢中になっていたから。
あの頃の10代の連中すべてとは言わないけれど、中高生時代に〈NOBODY、サイコー!〉と言っていた同級生は、ワタシも含めて、周囲にそれなりの数で存在していた。
だから、まるで他力本願で成功したような紹介をされてしまうと、なんだか忸怩たる思いをしてしまう。
今でも、思う。
NOBODYは、もっともっと売れてもおかしくなかったし、もっともっと評価されるべきロック・ユニットだったと。
ネット記事のコメント欄にも、そんな言葉を残している人が少なくなかった。
きっと、ワタシと同世代の人達なのだろう。
最後に代表曲を・・・というよりも、あの頃、NOBODYを聴いていた人なら、みんな大好きだった曲を。
ネットの記事に目を通すと、その大半というか、そのほぼすべてが〈矢沢永吉の盟友〉とか〈吉川晃司のデビュー曲〉とか〈アン・ルイスの「六本木心中」〉といった言葉を枕詞に使って説明している。
たしかにそれは事実だし、輝かしい功績であることには間違いないのだけれど、80年代の空気を吸い込んで育った人間としては、少し違和感を感じてしまう。
なぜなら、当時からNOBODYを知っていた人間は、NOBODYそのもののアルバムや楽曲に夢中になっていたから。
あの頃の10代の連中すべてとは言わないけれど、中高生時代に〈NOBODY、サイコー!〉と言っていた同級生は、ワタシも含めて、周囲にそれなりの数で存在していた。
だから、まるで他力本願で成功したような紹介をされてしまうと、なんだか忸怩たる思いをしてしまう。
今でも、思う。
NOBODYは、もっともっと売れてもおかしくなかったし、もっともっと評価されるべきロック・ユニットだったと。
ネット記事のコメント欄にも、そんな言葉を残している人が少なくなかった。
きっと、ワタシと同世代の人達なのだろう。
最後に代表曲を・・・というよりも、あの頃、NOBODYを聴いていた人なら、みんな大好きだった曲を。