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アートセラピー(コラージュ2回目)

2005年03月19日 | ワーク、セラピー体験
今月は月初めから体調を崩し、予定通りの仕事も勉強も出来ずに居た。
今日は、今月初めてのセラピーとなる。
病人になると、普段とは違った意味でとても弱い自分が現れる。謙虚な気持ちになるし、神様も現れる。私の場合、神様は自分がどーしても叶えたい願いのあるときに必ずと言って良いほど登場する。そして、かなったときに感謝して、そしてすぐに居なくなってしまう。というよりは、一時の信仰というかんじだろうか。例えば、急におなかが痛くなって、どうしてもトイレに行けない状態のとき、「神様どうかこのおなかの痛みを消してください!せめて、トイレのあるところまでもつようにしてください!今までした悪いことはもう、しません。ごめんなさい。他には何もいりません。どうかこの願いだけを叶えてください。」的なことを、心の中で唱える。すると、わりと高い確率で願いが叶う。腹痛に関しては100%だ。
今回の病気も本当に長引いたし、こじれて辛い思いをしながら、それでも仕事は休めず、頑張った結果、思わぬ病気へと発展してしまった。30%の確率で薬では完治しないとまで言われてしまって、そうなると、手術しか治る手段は無いらしく、ものすごく怖い。
そんな中、今日はどんな結果がアートででるのかなぁと思いながら、朝出かけた。
今日のアートはコラージュで、私は2回目だ。正確には授業で一回したので3回目。
コラージュとは、切り貼りという意味で、雑誌や、パンフレットのなかから自分の好きな絵や写真や文字を切り貼りしていく。貼り方に決まりは特に無い。好きな場所に好きな張り方で貼っていくだけ。その過程、つまり、切り抜く対象を探す作業や、切り抜くという行動を楽しむ事が、このコラージュの一番の楽しみだ。切り抜いた絵は 自分を表す一部となる。気になった絵をどんどん張っていくと、自分の内面が画用紙に現れる。納得できるものもあれば、しっくりこないときもある。物足りないと感じるその気持ちに、自分が寄り添ってみる。みなでシェアリングし、新たな発見があることもある。なにも考えずに表現した作品なのに、そこには今の自分が少しだけ見え隠れする。

私の一度目のコラージュはスタイリッシュなイメージで都会にあこがれる自分が表現されていた。でも、現実もきっちり自分の中に持っていて、憧れと、現実をちゃんと区別できている自分も発見できた。今回の作品は、全体的に整理整頓したいといった印象があった。四角や、無機質な建物、家具、数がそろった雑貨、そして、内面を表す左下部には、イングリッシュガーデンの写真があった。
全体的にまとまりのある綺麗なコラージュに出来上がった。
四角は丸よりも有効にその面積を使用することが出来るという意味がある。最大限の容量を使って、私は自分に何を取り込もうとしているのだろうか。それとも、自分を最大限に使って習得したものを見栄え良く、綺麗に整理整頓したいと感じているのかもしれない。心の深い部分はいい意味で癒されて安らげる場所となっているようだ。新しい、何かを自分が始めようとしているように感じた。そのために自分の中のこまごましたものを整理したいと感じている。そんな風に作品を解釈してみた。

今日の参加者は4人。いつもよりも少しだけ多い。やっぱり多いと楽しい。色々なコラージュを見ながら、色んな気持ちが沸いてきた。人のコラージュで気づく気持ちなんかもあるのだ。
アートは、本当に自由な自己表現だ。誰の批判も中傷も、押し付けも無い。そこには自分自身を表現するといった事柄だけがある。話が苦手でも、なにも話さなくても、絵をみて感じる自分を感じるだけでも、きっとなにか新しい自分に出会えたり、気づいたりするよい機会となるかもしれない。子供と一緒にやってみようといつも思うのだけど、なかなか実行できないで居るのだった。

来月は一体どんなアートを体験できるのか楽しみだ。
コメント (3)
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