ひろむしの知りたがり日記

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愛しの聖たまこがね

2012年02月12日 | 日記
『ファーブル昆虫記』の中で最も強く印象に残った虫は、ベタではありますが、やっぱり聖たまこがねでした。「聖タマオシコガネ」ともいいますが、むしろ、こちらの方がよく目にします。その名が示すとおり、コガネムシの仲間の甲虫です。
現在刊行中である奧本大三郎さんの翻訳を読んだ方には、スカラベ・サクレ(Scarabaeus sacer)といったほうがピンと来るかもしれません。同じ『完訳ファーブル昆虫記』というタイトルでも、ぼくが持っている20年も前に出た岩波文庫版では、聖たまこがねの名で書かれています。スカラベ・サクレとは“聖なる甲虫”という意味で、要するにこれを日本語訳したのが聖たまこがね、もしくは聖タマオシコガネということになるのでしょう。

ウシやウマ、ヒツジの糞を丸めて団子にし、落ち着いて食事ができる所まで転がしていくというユニークな習性を持っています。スカラベ・サクレにしろ聖たまこがねにしろ、糞を食らって生きる虫には似つかわしくない名前ですが、古代エジプトでは糞球を太陽に見立て、天空で東から西へ太陽を運ぶ神の化身とされていました。壁画に描かれたり彫刻が造られたりしたほか、印章や護符、アクセサリーなどにも用いられた人気キャラで、生命、再生、復活、創造、変身のシンボルといいますから、なんともありがたい糞虫です。
全身真っ黒で、土を掘ったり糞を切り分けるのに便利なように、頭の先の平べったい部分(頭楯といいます)の縁や、前肢に鋸歯状のギザギザが付いています。この頭のギザギザを、古代エジプトでは太陽の光を表わすものと考えていたそうです。

もっともファーブルが研究したものは、後にエジプトやアラビア半島にいるスカラベ・サクレとは少し違っていることがわかり、新種としてティフォンタマオシコガネ(Scarabaeus typhon)と呼ばれるようになりました。
ティフォンとはギリシア神話に出てくる怪物の名です。上半身は人間で下半身はヘビ、空の星に頭が届くほどの巨体で目から火を放ち、全身に羽が生えているという、なんともオドロオドロしい姿をしています。聖なる甲虫スカラベ・サクレと間違われるほど似ていながら、なぜここまで扱いに差があるのかと首をひねりたくなるような命名です・・・。

この2種を比べると、サクレは体長28~39ミリ、ティフォンが20~28ミリとティフォンの方が少し小さく、頭のギザギザの形も違います。また夜行性のサクレよりも昼行性のティフォンの方がやや眼が大きいそうです。
サクレもティフォンも、糞を団子にして運んで行くという習性は一緒です。

では、どんなふうに運んでゆくのでしょうか?
ファーブルは次のように描写しています。

「彼は2本の長い後肢で団子を抱え、末端の爪を塊りに突き刺し、回転の軸にしている。彼は中肢に身をもたせ、前肢の歯のついた腕を梃子(てこ)に使って、交互に地面を押している。彼は頭を下にし、尻をおっ立て逆立ちしながら、荷物と一緒に後退りに進むのだ*1」



昆虫写真家の海野和男さんが撮影した動画を見ましたが、ちょこまかちょこまかとしたその動きは、なんともいえずユーモラスです*2。
こうして適当な場所まで団子を運ぶと地面に穴を掘り、そこに籠ってご馳走をたいらげ終わるまで昼も夜も休むことなく食べ続けます。そして食卓に着くやいなや、自らも排泄活動を開始し、長い長いひも状の糞を、これまた途切れることなく出し続けるのです。

ティフォンタマオシコガネは(おそらくスカラベ・サクレも)、子どもを育てるために特別な糞球を作ります。ファーブルが梨球と名づけたそれは、その名のとおり洋梨にそっくりの形をしています。大きさは彼が見つけたものでは長さ35~45ミリ、幅28~35ミリでした。卵は先端の細くなった部分に産みつけられます。そこは糞中の繊維質の部分をまとめて作られており、卵が呼吸できるようになっているというからたいしたものです。
卵からかえった幼虫は、梨球内部の母虫が愛情を込めて選りすぐった極上の餌(ファーブルの観察では、そのことごとくが軟らかいヒツジの糞でした)を食べてすくすく育って蛹となり、やがて成虫となって外界へと巣立っていくのです。



興味をそそられる習性には事欠かない虫ですが、残念ながら日本には糞球を転がすやつは住んでおりません。ですからぼくも、映像やら写真やら、せいぜい標本でしか見たことがありません。
ちなみに本稿に掲載した写真は、かつてセブン-イレブンの限定企画として販売された海洋堂製のフィギュアで、秋葉原をさんざん探し回ってようやく見つけたものです。上が糞球を運ぶティフォンタマオシコガネ、下が梨球を抱きかかえるティフォンの母虫の姿です。

なかなかよくできたフィギュアですが、やっぱりリアルで見たいというのが本音です。アルマス巡礼が実現したあかつきには、なんとか生きたティフォンの勇姿を拝みたいものです。そしてできることならエジプトにも赴き、本家スカラベ・サクレも見てみたい!

夢は限りなく広がりますが、金と暇のないひろむしには難しい相談です。
この際、日本でも買えるスカラベのお守りを手に入れ、望みが叶うよう、願をかけてみるとしましょうか。




*1『完訳ファーブル昆虫記 (1)』山田吉彦・林達夫訳 岩波書店 1993年
*2 タマオシコガネ(Scarabaeus sacer) http://www.youtube.com/watch?v=QP6GPu0ef0A
[その他参考文献・サイト]
『ファーブル昆虫記─1 ふしぎなスカラベ』奧本大三郎著 集英社 1991年
『完訳ファーブル昆虫記 第1巻上』奧本大三郎訳 集英社 2005年
『完訳ファーブル昆虫記 第5巻上』奧本大三郎訳 集英社 2007年
『フンころがしの生物多様性 自然学の風景』塚本珪一著 青土社 2010年
Yahoo!百科事典 http://100.yahoo.co.jp/


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