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埼玉県比企郡嵐山町の記録アーカイブ

軍隊見学の感想 栗原正敏 1928年

2009年09月30日 | 栗原正敏(日記、作文)

   軍隊見学の感想
            三乙十八号 栗原正敏
 あこがれてゐた軍隊を見学した僕の心には何が一番深くきざみこまれたらう。
 感想とは一がいに言ひないが兵隊と一しょに宿泊したのでまあ感じたこといろいろを記す。
 初め隊に入った時にはどこを見てもカーキー服の兵隊さんばかりが目に着く。会ふ度毎に先生に敬礼する。なんだか僕等が敬礼されてゐるような気がして妙にむづかゆいような気がする。これだけでももはや得るところはあった。
 上官に対する礼儀。まったく規律正しいものだ。僕等は学校で先生に会ってもなるべくならば礼をもうけようとする。まったくもってはづべき次第だ。至ってもってにぶい僕の頭にもこれだけは残った。残ったから得る所はあったのだ。
 庭で各中隊に分けられていよいよ兵舎に入る。まだ各班には分れない中にまた庭に集合し機関銃教練見学に向ふ。広い所で教練をやるのかと思ったならまったく広くないところだ。ここで感じたのは兵隊の手の振り方の面白い事だ。後には少しも振らないで前にばかり振って丁度玩具の人形の手の振り方見たいだ。
 然し兵隊さんは真じめだ。本気だ。そして汗みどろになって練習してゐる。僕等も笑ふわけにはいかない。一生懸命見てゐた。すると教練をやらせてゐた眼鏡をかけた軍曹ぐらいの兵隊がどうしたのか知らんが矢庭に一人の兵隊を列中よりずりだした。どうするのかと見てゐると大きな声で今のあるき様はどうしたのだといってつゝついた。兵隊は足がゐたいでありますといった。軍曹は足がゐたければ事務室に行けといってつつついた。兵隊は行って参りますと云って出掛けた。目には涙をためてゐる。
 僕の頭には釜のしりにすすがついた如くに此の事はきざみ込まれた。軍曹の奴生意気だ。
 あんなにまでしなくても良いだらう。僕は軍曹の仕打がにくくてたまらない。後で少尉殿の機関銃の説明があったがにくくてまらない軍曹の方にばかり気を取られて又伝書鳩がゐたのでそれにも気を取られて半分以上聞き落したかも知れぬ。何にしても一番忘れられないのは此の一事だ。○○少尉の説明終って、誰かかついで見たいものはないかと云った。僕は早速かついで見た。とても重い。肩が折れてしまひそうだ。下そうと思ったらかけ足前といふ号令が下った。命令かしこまってかけ足したがずいぶんと重かった。 次に軽機関銃の教練を見た。別に何も感じなかった。ただ服のよごれたのを着てゐたといふことが目に残っただけだ。
 各中隊に帰って昼食を食った。弁当を食ひ終ったならそこに昼食が運ばれた。
 可笑しい、可笑しいと思ってゐる中に伍長が来て早く食ひといふわけだ。いくら食ひといったって今弁当を食ったばかりだ。然し軍隊に往ったら何でも命令を聞けといはれたので食った。然しほんの手をつけたに過ぎなかった。
 一人軍曹が来てこの位食ひなければ教練をしてゐる甲斐がない。兵隊になれないなぞと云った。僕は軍隊では昼食を二度食ふのかと思ったらば命令のあやまりだそうな。なんだ僕だって弁当を食はなければ此の位の飯は二人分位食へると思ったが弁当を食ったので食ひきれなかった。然し腹一ぱいの上に少しでも余分に兵隊の飯を食ったので腹をこはしてしまった。其のために目指してゐた夜の飯はこれ又ほんの手を付けたのに過ぎなかった。夕食後入浴にゐった。浴室には数人の兵隊さんがはだかになってゐた。僕も兵隊の気になって共に湯に入った。話をしてもいつも兵隊は気持のよいものである。
 班に帰って寝てよいのか悪いのかもぢもぢしてゐると中隊長代理だといふ伍長が来ていろいろの事を話してくれた。なかなか親切な人であった。そして終に寝台のね方を説明してくれた。誰かねて見る者はないかといったので僕は早速入って見た。きうくつなものである。
 時間が来て点呼を受けて寝台にもぎり込んだ。すると班長が来て兵隊を全部起していろいろと学課の試問をやった。なかなか元気のあるものである。できなければできませんと答へる。僕等の様にぐつぐつはして居ない。
 成程ああゆうにやれば三年生は意気地がない、元気がないなどといはれなくもよいと思った。其の中に寝てしまった。朝の起床時間前十分ばかりに目がさめた。六時一分前位の時に起きろと大きな声で兵隊さんが廊下をどなってあるいた。僕は飛び起きた。いつも家にゐては起されてから一時間もぐつぐつしてゐるのであるが其の朝は自分も兵隊の気でゐたから起きられた。点呼を受けてから顔を洗ひ湯に入った。
 七時に朝食。朝食後一時間ばかりして軍隊の各部を見学した。靴屋もゐれば服屋もゐる。なるほどこうゆうにやれば戦時に便利だと感じた。
 十時別れをしき第二聯隊を去った。

全体ヲ通シテノ感ジ
 一、規律正シイ
 二、厳格デアル
 三、上官ニ対スル礼儀厚イ
 四、元気デアル
 五、器具ヲ大切ニスル



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