ごうごうといふ流の音に目覚めた。
起き出て見れば天幕の中なり。あ、そうだ。私等は奥秩父探検の途中なる谷川に露営したのだ。
友はよくねむってゐる。時計を見れば午前の二時。明るく見えたのは月の光であった。
月は青い光を私等の天幕の上に投げてゐる。なんといふ淋しい明け方であらう。山には猿のなき声が聞える。キーキーキー。
私は思はず友を起した。友も寒さのために眠られぬといった。実は私も非常に寒かったのだ。そこで蒔木(まき)を集めてどんどんもした。
なんといふ淋しい明け方であらう。
あのキーキーといふ猿の声はまだ止まない。
キーキーといふ猿の声に、ごうごうといふ流の音。淋しげになくかじか蛙の音、淡き月影。
人里離れた谷川の明け方は静じゃく其の物であった。淋しい谷川の朝はこの語より外に形容することは出来ぬ。猿の音、かじかの音、月影、水の流、山、川。 大尾(たいび)*
*終り。おしまい。