朝顔に 昭和3年(1928)11月10日
第3学年乙組18番 栗原正敏
朝顔につるべとられてもらひ水 加賀の千代
昼間は百度近くもある暑さの夏も朝は涼しい。
そよ風が吹いてまことに良い気持がする。日は将に出でなんとして東の山は赤くなりはじめた。
顔をあらはうとしてつりに手をかけた。が、手は自然につるべよりはなれた。はなさざるを得ない光景を発見したからである。朝顔はつるべにつるを巻きつけて長からぬ生命の花を三つばかしつけてゐる。昼間にはしぼむ生命をも知らないかのように。ほほえみさへうかべながら。
此の様を見てどうして水を汲むことが出来よう。
水をくもほうとすれば朝顔のつるは切れる。そっとつるをほどこうとしてもほどけない。ほどかうとするのは無理だ。此の花とて長くの生命はないのだ。みぢかき生命をなほもちぢめるといふ無慈悲なことが出来ようか。
もしも切ったなら、上に残りしつると下に残りしとはさぞかし別れを悲しむであらう。
さう思ふと妙に朝顔にしたしみがわき出てくる。
そして終に隣にもらひ水に往ったのである。
家に帰りつるべを見れば、朝顔は感謝の心をあらはすかの如く、ゆらゆらとゆらめいていた。
第3学年乙組18番 栗原正敏
朝顔につるべとられてもらひ水 加賀の千代
昼間は百度近くもある暑さの夏も朝は涼しい。
そよ風が吹いてまことに良い気持がする。日は将に出でなんとして東の山は赤くなりはじめた。
顔をあらはうとしてつりに手をかけた。が、手は自然につるべよりはなれた。はなさざるを得ない光景を発見したからである。朝顔はつるべにつるを巻きつけて長からぬ生命の花を三つばかしつけてゐる。昼間にはしぼむ生命をも知らないかのように。ほほえみさへうかべながら。
此の様を見てどうして水を汲むことが出来よう。
水をくもほうとすれば朝顔のつるは切れる。そっとつるをほどこうとしてもほどけない。ほどかうとするのは無理だ。此の花とて長くの生命はないのだ。みぢかき生命をなほもちぢめるといふ無慈悲なことが出来ようか。
もしも切ったなら、上に残りしつると下に残りしとはさぞかし別れを悲しむであらう。
さう思ふと妙に朝顔にしたしみがわき出てくる。
そして終に隣にもらひ水に往ったのである。
家に帰りつるべを見れば、朝顔は感謝の心をあらはすかの如く、ゆらゆらとゆらめいていた。