振り出しに戻る「落陽日記」

旅や日々の生活の一コマ。60代半ば、落陽期を迎えながら気持ちは再び振り出しに戻りたいと焦る日々です。

太湖ではジャンクは見当たらなかった

2017-11-11 13:11:14 | 日記
中国上海方面に行ったことのない友人のK氏と無錫、蘇州、上海を巡るツアーに参加した。私は上海には4度行ったことがあるが無錫や蘇州など上海の周辺にまで足を伸ばす機会はなかった。

日系航空便指定でスーパーデラックスホテル3泊のツアーを見つけたK氏からの誘いで男2名で総勢22名のツアーに参加した訳だ。

初日は暗くなった頃に無錫の街のホテルに到着。かなり大きな街なのはわかったが翌朝64階のレストランから周囲を展望して名古屋かそれ以上の大都市であることがわかった。

中心部の旧市街を囲むように高層ビル、高層住宅の新市街地が広がっている。無錫市の人口は600万人以上だと聞いた。人口だけでの比較は難しいが名古屋市の2.5倍になりそうだ。

あまり予習をしないでツアーに出発したが無錫=無錫旅情=太湖、そして古くからの街くらいの知識しかない。

太湖に着いて先ず案内された橋の上から湖を撮った画像がこれ(下)。

はるか向こうに無錫の街らしき建物が見える。
湖の回りを少し歩いて先ほど画像を撮った場所の橋が見えたのでパチリ。(下)

太湖の面積は琵琶湖の3.5倍と言われるがどうも一部分しか見えていないようだ。そばにあった案内板の地図で確認すると画像を撮った橋が琵琶湖で言うと瀬田の唐橋で、そこから見た太湖は瀬田川みたいなもんだ。


実感がわかないまま次の観光地に向かうバスの窓からやっと広大な湖を見ることができたが残念なことにカメラで撮れなかった。

ガイド氏が太湖の説明の締めくくりにスマホに車内マイクを近づけて「無錫旅情」を聞かせてくれた。歌詞の内容は女と別れた男のセンチメンタルジャーニーみたいなもんだが、30年前にどうしてこんな歌がヒットしたのか不思議に思えてきた。

もう一つ、歌詞の中では太湖の水面をジャンクが行き交っているが流石に今では動力船しか見えない。ジャンクの帆でも見えたら旅の気分が一層高まりそうなのに。