離婚したばかりの元美容師・太郎は、世田谷にある取り壊し寸前の古いアパートに引っ越してきた。あるとき、同じアパートに住む女が、塀を乗り越え、隣の家の敷地に侵入しようとしているのを目撃する。注意しようと呼び止めたところ、太郎は女から意外な動機を聞かされる……
出版社:文藝春秋
柴崎友香初体験なのだが、非常に文章の読みやすい作家だなと感服した。
文体に癖はなく、しかし風景を読み手の目の前にきっちり再現してくれる。
非常に観察力の優れた作家というのが、第一の感想だ。
物語は取り壊しが予定されている古びたアパートと、水色の洋館風の建物を中心として展開される。
住民たちの交流を描いた作品とも言えるが、そこに介在するのは、時と共に移ろいゆく街や建物などの情景だ。
街というものは変わりゆくものである。
むかし川だった場所は暗渠となり、この間まで建っていた建物は壊され、別の建物に変わっていく。
そしてそれは主人公の太郎が住まうアパートもそうだし、西がひたすら焦がれる水色の洋館だってそうだ。
その建物の内部も、外部の状況もそれぞれの時間の中で変わっていかざるをえない。
そしてそれは、そこに住まう人たちだってそうなのである。
「春の庭」の家の住人だった牛島タローと馬村かいこも、写真集の中ではたいそう幸せそうに見える。
だが二人はすでに離婚しており、それぞれまったく無縁の生活をしている。
その後「春の庭」の住人は、幾度か移り変わり、現在は森尾さん一家が暮らしている。
そしてその一家も、九州に移っていく。
アパートの住人の太郎と西と巳さんも、現在こそ穏やかな交流が行なわれているが、それも建物取り壊しが決まっている以上、限定的な関係でしかない。
建物も人との関係も、絶えず移ろい、更新されていく。
読んでいて、どこか諸行無常という言葉を思い出した。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」って言葉すら思い浮かぶ。
そしてその風景の静けさが大変心地よいのだ。
特に劇的な事件もないし、後半で人称が変わる部分が幾分釈然としない。
だけど、この小説の雰囲気自体はとてもすばらしく、おかげで読後感も良かった。
地味ではあるが、佳品という印象の一冊である。
評価:★★★(満点は★★★★★)
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