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香山リカのココロの万華鏡

2009年01月28日 | スクラップ
【オバマ氏のメッセージ】


 世界が熱狂する中、アメリカ大統領に就任したオバマ氏。

 ふだんはエリートとはいえ気取ったところもなく、どこにでもいる“ナイスな40代”に見える。

 それが大聴衆を前にすると表情も引き締まり、あれだけ力強い演説をするのだからすごい。

 もちろん、オバマ氏にもいろいろな挫折はあっただろう。

 父親の事故死、母親の再婚とハワイへの移住、人種の壁を感じたことも、あったはずだ。

 かつて、クリントン元大統領は、自伝の中で幼小児期の家庭問題を告白して「私はアダルトチルドレン」と述べたが、アメリカの大統領になるほどの人だから、まったく挫折を知らず、傷ついたこともないのだろう、と考えるのは間違い。

 大切なのは、落ち込んだり傷ついたりしても、そこから自分を立て直す回復力だ。

 診察室で自分が直面した困難を語り、「ヘコみましたよ」とうなだれる人を見るたびに、「それはつらかったでしょう」と共感を示しながらも、心の中で「でも、生きている限り、苦しさや悲しさから逃れることはできないし」とも思う。

 「やった! うれしい」と思う回数と「ああ、つらい」と思う回数を数えることができたら、人生全体では後者のほうが多いのではないだろうか。

 だとしたら、挫折や失敗をなるべく避けることに莫大(ばくだい)な時間と労力を使って暮らすより、「それは生きていれば当然のこと」、と受け入れるほうがずっとラクな気がする。

 そして、落ち込んだらなるべく早くそこから浮上できるように、自分を励ませばよいのだ。

 おそらくオバマ氏は、傷ついたり落ち込んだりしない人ではなく、そうなってもその後、また気持ちを上向きにするのが、上手な人なのではないだろうか。

 就任演説の冒頭近く、新大統領はアメリカの危機に触れ、「私たちみんなの失敗」という言い方をした。

 「失敗しました」とはっきり言えるのは、失敗とそこからの再生を経験した人だけだと思う。

 人の気持ちも国家も、挫折や落ち込みを経てもまた再生できる。そういう自信があるからこそ、潔く自分たちの非を認めることができるのである。

 大切なのは失敗しないことではなく、失敗を認め、その後どうやって立ち直るかということ。

 私がオバマ氏の就任演説から受け取ったのは、こういうメッセージだった。





毎日新聞 2009年1月27日 地方版







【「新型うつ」への取り組み】


 マスコミで話題の「新型うつ」。

 症状が場面や状況によって変動し、仕事となると落ち込みやめまい、動悸(どうき)が激しくなるが、プライベートではけっこう元気。こんなちょっと変則的なうつ病が増えているのだ。病気休職中にリハビリを名目に旅行やレジャーに出かけるケースもあり、会社としてはどう対処してよいのか、と私もしばしば管理職の人から相談されることがある。

 本人としても、決して意図的にそうしているわけではなく、「早く復職しなければいけない」という気持ちは当然ある。

 しかし、もともと完璧(かんぺき)主義の人や他人の評価を気にする人がこうなる場合が多い。このため、「復帰するなら完全に元気になってから」とハードルを上げすぎるのだ。「最初は補助的な仕事からでいいんですよ」と言っても、「それでは自分が許せない」と言う。同僚や部下たちにそんな姿を見せるのもいやなのだろう。

 また、これは良い傾向なのだが、「心の病は誰でもなるもの」とうつ病に対する理解が急速に広まりつつある。今や「うつ病」という診断書を会社に提出するのは、特殊なことではなくなった。その結果、「新型うつ」の人たちは、「うつ病が完全によくなり、休む以前の自分になってから戻りたい」と休職期間が長引きがちになってしまうのだ。

 もちろん、うつ病なのだから、基本は休養と服薬。まずは症状を改善させ、気持ちを安定させることが大切だ。とはいえ、ある程度、回復が進んだら、まずは社会生活に戻ることを視野に入れたリハビリをするべきだろう。会社で事務的な仕事をしている人が、「リハビリなんです」といきなりサーフィンをしに海外に長期で出かけるのは、本人のためにも会社でその人の分までがんばる同僚のためにもプラスにはならない。

 かつて、私はそんな患者さんに言ったことがある。「オーストラリアでサーフィン。それは楽しそう。でも、それはあなたの場合、刺激が強すぎて復職のリハビリにはならないかも。あなたの分、がんばっている同僚もどう思うでしょう。まずは復職して、それから休暇を取って行ったほうがずっと楽しめると思いますが」

 その人は、がっかりした顔をして「先生もわかってくれないんですね」と言い、その後、病院を代えてしまった。「新型うつ」の人を傷つけずに励まし、仕事や家庭にソフトランディングしてもらうにはどうすればよいのか。今年はこの問題に本腰を入れて取り組みたいと思っている。





毎日新聞 2009年1月20日 地方版






【「年越し派遣村」の教訓 】


 年末年始の最大の話題は、なんといっても「年越し派遣村」。

 短期間の告知で、500人を超える入村者が集まった、というのだから、仕事も住居もない人たちの問題がいかに深刻なのかがわかる。

 大晦日(おおみそか)、帰省の空港ロビーでぼんやりテレビニュースを見ていたら、隣に座っていた男性たちが話していた。「派遣切りで職がない? 死ぬ気になって探せば何かあるんじゃないの?」「自力でなんとかしよう、というファイトや根性はないのかね」

 彼らもまた、厳しい労働環境で必死に仕事をしている人たちなのだろう。

 しかし、この人たちにわかってもらいたいことが、ひとつだけある。それは、突然の「派遣切り」にあい、住まいまで失ってしまった人の多くは、自尊心がズタズタに傷つき、「ファイトや根性」で奮い立つエネルギーも失ってしまっている、ということだ。

 派遣村に集まった人たちのインタビューを聞いていると、もしかするとすでにうつ病の状態になっているのでは、と思われる人も何人かいた。

 こうなってしまうと、たとえ目の前で働き口の情報を見せても、「やります」と手をあげることさえできないだろう。

 派遣村は、「私なんて生きていても価値がない」というところまで自己肯定感を失った労働者に「こうなっているのはあなたのせいではない」「困難に直面しているのはあなただけではない」と伝え、彼らに傷ついた心の羽をとりあえず休める居場所を提供する、という大きな役割を果たしたのだ。

 「私にもまだできることがあるんだ」と最低限の自信を回復して、はじめて空港の人たちが言っていた「ファイトや根性」を持つこともできるようになるのだ。

 しかし問題は、派遣村にまでたどり着くこともできない人たちだ。「行きたいけれど行く元気もない」「行ってもどうにもならない」と出かけるのをやめてしまった人たちは、どうやって傷ついた自尊心を回復させ、適切な医療を受けられるようにすればよいのか。それぞれの地域で、「とりあえずここに来てみて」と呼びかける取り組みが行われることを期待したい。

 まず、最低限の生活と医療、そして人とのつながりが保証されなければ、立ち上がろうという気力、職探しの気力も失われてしまう。

 年越し派遣村が教えてくれたその教訓を、今年一年、私たちはどう生かしていくことができるだろう。







毎日新聞 2009年1月14日 地方版





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