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『明日の記憶』 萩原浩

『明日の記憶』
萩原浩
光文社


「ほら、あれあれ、なんだっけ、ほら」 
「”あれ”じゃあ、わかんないよ、まったく」
誰もがよく笑いながら交わしている会話。
しかし、広告代理店の部長、50歳である主人公の男性が
告げられた病名は「若年性アルツハイマー」だった。

なんて恐ろしい病気なのだろう。
記憶を失い、言葉を失い、人格を失い、やがて死に至る、
それがジワジワと訪れる。
その恐怖が、不思議なユーモアとともに描かれているのだが、
ヘタなミステリー小説よりもハラハラドキドキし、ページを
めくるのが怖い。
話の語り手が本人で一人称で描かれた小説なのだが、
だんだんに記憶を失っている描写や、それと必死に戦おうと
する姿が、リアルで、ページをめくる手が止まらない。

ドキドキハラハラしたまま突入した最後のページでは、
今までの恐怖と対照的なシーンに、思わずホロリ、と泣いてしまう。
悲しいが、美しいラストシーンであった。

この病名を告げられた時、果たして自分ならどうするだろう。
今までの自分の人生の経験や思い出やらを、必死に集めて書き残し
たりするのだろうか。愛する人を忘れないように、何か形に変えて
残そうとするだろうか。

この本を読んだあと、自分の過去、そして現在自分の周りにあるもの、
そばに居る人、・・・・いつも存在がアタリマエになっているすべてのもの
が、少し愛おしく思えた。

悲しいが、なんとなく何かをもらえる物語。
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