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ムダな物に囲まれて生きる

ふ、と部屋の中を見渡す。
なんと、ムダな物が多いのだろうか。というか
ムダな物ばかりだ。

しかし、考えてみると、私はムダな物に囲まれて
生きるのが好きなようだ。
子供の頃から、身の回りにはいつもガラクタ。
遊び道具から、本、雑誌、人形、なんだかわから
ないオブジェ・・・
自分の生活の中に、ムダな物がないと、なんとな
くおもしろくない。

生活は本当はシンプルな方がいい。部屋もすっきり
と何もなく、何にもとらわれず、何もない空間を
ゆっくりと楽しむ・・・
山などに行くと、そんなことを強く感じる。
物に振り回されている日常が、やけにバカバカしく
思えて、余計な物など何もない自然の中で、心が
解き放たれて行くのがわかる。

しかし。なぜなのだろうか。気が付くと、やはり
私はいろんなモノに囲まれている。

ある作家が本の中でこんな事を言っていた。

  自分は人生を折り返した。あれほど物に囲まれ、
  生きてきたが、もう、”捨てる人生”に入ってきた。
  人間関係も、身の回りの物も、どんどん捨てていこう
  と思う。余計な物を捨てて、最後には一番大切なもの
  だけが残る。

というような事だ。なるほどな、と思った。
私も、そのうち、きっと、”捨てる人生”に入るとき
が来るのだろうか。
そして、一番最後に、何が残るのだろうか・・・・

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innovatorのカレンダー

もう何年も、壁掛けのカレンダーは、このinnovator
(イノベーター)のカレンダー、と決めている。

毎年、微妙に土日の数字の色が変わったりするのだが、
大きさもデザインも、変わることはない。
定番だ。

innovatorはスウェーデンの会社だが、家具もとにかく
シンプルで使いやすく、機能的で美しい。
お値段も、それなりだ。

このカレンダー。余計な絵や飾りがなく、シンプル。
とにかく、道具というものは、シンプルに限る。その
道具としての機能が高ければ高いほど、自然とデザイン
も美しいはずだ。余計なものはいらない。

毎年このカレンダーなので、私の頭の中で、一ヶ月のスケ
ジュールが頭に浮かぶとき、必ず、その絵はこのinnovator
のカレンダーになっている。

カレンダーというのは、とにかく、日付が1~30、もし
くは31まで。しかも1週間は7日と決まっており、曜日も
月~日、と、素材が限られている。
その限られた素材の中で、毎年いろいろなアイデアを駆使
しデザインされた、たくさんのカレンダーが登場する。
そのほとんどが、付属の写真や絵で勝負だ。

このinnovatorのカレンダー。シンプルな文字や色のデザイン
だけで、その勝負に堂々と圧勝している、と私は思う。

明日で1年のちょうど半分が終わる。折り返し地点だ。
1年って早いなあ・・・・と、ちょっと壁にこっそりとかかって
いるカレンダーに、思いを馳せてみた。

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我がパグたちの夏の日のお散歩

日曜日。あんまり暑いので、夕方遅くになって
犬の散歩に行きました。
実家でパグを飼い始めてから、ほぼ毎週末、両親に、
というよりも?パグに会いに実家に行くようになりま
した。そして、散歩。
秋・冬などは、もう夕方4時くらいから、ソワソワし始め
るので、散歩に連れ出し、結構長い間、走ったり
滑り台をすべったり、遊んでいます。

しかし、夏、この暑さ。

パグはとにかく暑さに弱く、すぐにハーハーゼーゼー
と舌をペロペロ出しながら、ダウンしてしまいます。
そんな状態になってしまうのに、それでもやっぱり
パグたちは、散歩命!のようで、どんな暑い日でも、
やっぱり外に出たがるのです。
あまり無理をすると、命を落としてしまうこともあるの
で、夏の散歩は、いつも充分すぎるほど気をつけて
います。できるだけ日が落ちて暗くなってから行くよう
にしているのです。

なるべく土のところ、なるべく芝生のところへと。
とにかくアスファルトは致命的。

幸い実家のある小平は、緑が多く、土も多いので、
まだ都会のワンちゃんたちよりは、ウンと幸せかも
しれません。

少し歩いては、自分たちの涼めるポイントをいち早く
察知し、そこにゴロン。
夏の散歩は、歩くよりも、ゴロンとしている時間が多く、
なかなか距離は進みませんが、それでも、やっぱり
散歩に行きたくて仕方ないパグたち。

蓮華の花の芝生にゴロン。そんなかわいい姿を見る
とき、暑いなか、私にとっても癒しのひと時。
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怖い話

日記の「読書」に、遠藤周作の「怪奇小説集」のことを
書いたので、今日はちょっと、自分で体験した、怖い話
を紹介しましょう。

私は、別段霊感が強いわけでも、お化けをよく見るわけ
でもない。かと言って、霊の存在というものを、まるっ
きり信じていないわけでもない。きっと、そんなような
ものは、何かどこかに存在しているのだろうな、とは
思っている。お化け屋敷は怖いし、夜、お墓に行け、と
言われたら怖いし、心霊写真、などを見せられると、
キャーっと思う。しかし要するに、それは普通の反応で
あって、そんなに普段、霊について深く考えているわけ
ではないのだ。

そんな私が、後にも先にも、「私はお化けを見た!」
と言えるような体験を、一度だけしたことがある。

あれは、15年くらい前のこと。
家族で、山梨県は石和温泉に温泉旅行に行った。
その旅館は、敷地内の床下に池があり、立派な鯉たちが
泳いでいた。床下に池、という状況は説明しづらいのだ
が、本当にそうなのだ。大きな池があるため、床を少し
あげているのだ。1階を歩いていると、常に眼下に鯉が
泳いでいる、という変わった旅館だった。
そんな旅館だから、とても豪華な旅館だったと思う。

和室の部屋には、8畳くらいの部屋に沿って、廊下があり、
その突き当たりが洗面所とトイレになっており、トイレに
行くためには、その短い廊下をテクテク歩くことになる。
一部屋一部屋に、そうして洗面所とトイレが付いている。

そして、夜中、トイレに行きたくて目が覚めた。夜中の
トイレなんて怖いなーと思ったけれど、皆、グーグー寝て
いたし、仕方なく、一人、トイレへと立った。足早に廊下
を進み、トイレの前にある洗面所の鏡は見ないようにトイレ
に入り、さっさと用を済ませ、怖いのでまた足早に、自分の
布団に戻った。

自分の掛け布団をめくり、布団に腰をおろし、掛け布団を
かけながら、よっこいしょ、と横になろうとしたときだった。
上から、私に覆いかぶさるようにして、ふーっと人が私に
布団をかけてくれたのだ。
今でもその感触はよーく覚えている。
その人は、青い着物に黄色い帯をしていた。そして私に
両手を使い、布団をかぶせてくれたのだが、なぜか、なぜか、
顔がつるん、としていた。そう、目も鼻もなかったのだ。
しかし、なぜか、口だけはあった。その口が大きく、にや~
と笑っていたのだ。
私は声が出ないほど驚き、怖くて怖くて、さっさとそのまま
布団にもぐり、うずくまった。私を包む布団のどこからも、
何も入ってこないように、怖い怖い怖い、と思いながら、
とにかくうずくまった。

ここまでハッキリ覚えているのである。不思議なことに、
しかし、その後、私はそのまま寝てしまったようなのだ。
あんなに怖かったのに、誰かが居たのに、そのまま寝てしまう
なんて。気が付いたら、朝だった。

あれは夢だったのだろうか、いまだにわからない。
ただ、あの布団をかけられた時の感触や、あの口元、それから
青い着物に、黄色い帯。それだけはハッキリ覚えている。
あの怖かった気持も。

翌朝、起きたときにも、まっさきに思い出したほどだ。
家族にその話をしながらも、じゃあ何でそのまま寝ることが
できたのか、と聞かれると、なるほどそれはわからない。

でも、私は思っている。あれは、きっとあの旅館に勤めてた
仲居さんの「霊」だったのではないか、と。
あれ以来、お化けを見たことも、何かを感じたことも、不思議な
経験をしたこともない。
もしかしたら、私が寝ぼけていたのかもしれない、夢だったのか
もしれない。でも、自分の中では、誰が何と言おうと、あれは
「霊」だった、と、何となく”ロマンチック”に解釈しているのだ。

それにしても、怖かった。私の中の、唯一、怖い話。

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『怪奇小説集』 遠藤周作

『怪奇小説集』
遠藤周作
講談社文庫

暑い!今日も昨日も暑かった!
この梅雨の中休み、あまりに暑いので、それならば、
と、遠藤周作の「怪奇小説集」を引っ張り出してきた。

遠藤周作と言えば、「海と毒薬」「深い河」「沈黙」
など、言わずもがな、の小説がまず思い浮かぶ、で
あろう。
キリスト教信仰などテーマが深い。しかし、文章には
ユーモアがそこかしこに見え隠れしている。

そして、この「怪奇小説集」。
著者の体験談などが盛り込まれた短編集である。
これを、暑い部屋で夏の夜長、一人でこっそり読んでみる。
怖い!こわ~い。

特に著者の熱海での体験のくだり、短編集の一番最初の
話「三つの幽霊」の中にでてくるこのくだりは、何度も何度
も読んでしまい、その度に「こわ~い」思いをする。

昭和48年のこの作品。
この夏、旅行でも行くのであれば、ぜひ旅のお供にして頂き、
一人、涼しくなって頂きたい。

そう、この文庫本の表紙絵も、かなり怖いぞ。
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サザンデビュー27周年

27年前の今日、サザンオールスターズがデビューしました。
「勝手にシンドバッド」。
中学生の私には、衝撃的でした。今でも大好きな一枚。

その記念日に、デビュー曲「勝手にシンドバッド」から
「TSUNAMI」までのシングル全44曲が、デジタルリマスタリング、
12㎝CDとなって、本日発売されます!

うーん。やっぱり27年っていうと、すごいね。
こうして44枚のシングルジャケットを見ていると、すべてに
その時々の思い出なんかがあったりして、改めて「歴史」を感じ
てしまいます。

そのシングル盤も、ほとんどがヒット曲。ファンでない人も
知っていたりするのではないでしょうか。
あまり世の中的には売れなかったけど、実は名曲、なんていうの
もあったり、ひっそりとB面(レコード盤の”B面”ね)にすごい
曲が隠れていたり、と、さすがに44枚もあると、そのボリューム
はすごい。
これを機会に、また一枚一枚に思いを寄せて、これはCDとして
やっぱり持っていよう!と思うものだけ、買いに行こう、と思う
のです。

とにかく。
こうして売れ続けている限り、サザンオールスターズは「伝説」
にはなり得ないだろうけど(また、なりたくもないだろうけど)
どうぞこれからもずーっと、大好きな音楽を楽しく、やって
行って頂きたいと思います。

27周年、おめでとうございます!

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『孤独の太陽』 桑田佳祐

「魚」

夏が終わって
ひとりぼっちの静かな海に
昔おまえを探しに訪れた
ぐうぜん おまえはとびついたっけ
うたがいもせず・・・・・・・・・・・・
ぼくのエサに・・・・・・・・・・・・

そんなところがあわれだね
涙ぐみながら見つめたりして
ぼくまでなんだか悲しくなったみたい
おまえをやっぱりかえしてやったよ
わびしいぼくらの出逢いだった
今はどこでどうしてる?

「追記」
魚を捕えてみて、痛感したことがある。
何も知らない小さな魚をつり上げるなんて、
だまして殺すのと同じだって。
あんな小魚が人間の知恵に勝てっこないから。
つり上げた魚はまた海へ逃がしてやった。
でも、それはあの時の静かでさびしい海辺が
私をそうさせたのかもしれない。

作/高(普)二 桑田佳祐(1973頃)
鎌倉学園高校論文集「星月」より引用
------------

とある方のHPで見つけた、桑田佳祐高校時代の詩。
やっぱり、桑田さんって、天才だったのかな、って
この詩を読んで、そう思った。
天才、という言葉、桑田さんにあまり簡単に使いたくない
のだけど。

「ぼくまでなんだか悲しくなったみたい」 とか、

「今はどこでどうしてる?」 終わるところなど、ぐっとくる。

そして、この詩でわかるように、桑田さんにとっての
「海」「海岸」は、やっぱり、子供の頃からか生れた
時からかわからないが、彼にとっては、いつでも側にあり、
そして、いつでも寂しく、哀しく、切ない静かなものなのだ。

夏だ!サザンだ!TUBEだ!イエーイ!・・・と、
世の中の多くの人が、サザンの歌を、夏のにぎやかな歌
だと思っているのではないかと思うのだが、
実際に、桑田さんの詩の中の「海」「海岸」「夏」に、明るく
にぎやかな歌詞は、ほとんど、ない。というか、ない。

「砂まじりの茅ケ崎 人も波も消えて」
「一人で渚に立って寄せる波に吐息だけ」
「砂に書いた名前消して 濤はどこへ帰るのか」
「渚に埋めた涙には秘密も思い出が」
「遠い思い出の夏は 冷たい夜しか残さない」
「誰かが落とした麦わら帽子が 波にさらわれて夏が終わる」
「真っ赤な太陽が黄昏に沈む時 海が悲しげに揺れる」

書き出すときりがないのだ。
結構、人の哀しい繊細な気持を歌っている。
だけど暗くならないのは、メロディラインの美しさ、と、
桑田さんの繊細さ、暗い気持を暗く歌わない、という
一種のテレ、のような感覚のせいかもしれない。
自分の繊細な一面を、どことなく隠してしまう、ような
そんな感覚が、桑田さんの、きっと何気なく書いた高校生
の頃の詩に、すでに現れているのを知って、唸った。

唯一、桑田さんのそんな繊細な一面が、ドーンと前面に
出てきてドキリとなったアルバム この「孤独の太陽」は、
桑田さんのソロのアルバムだが、ちょうど彼が母親を
亡くした時の作品である。どの歌もどことなく重く、暗い。
「月」とアルバム最後の曲「JURNEY」などは、今でも
聴くのにちょっと力が入ってしまう。泣けてくる。

大好きなアルバムである。
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我が家のパグたちの遊び

我が家のパグの親子は、仲が良い。

何かをポイと投げると、それを二匹で追いかけ、そして、
二匹でくわえて、二匹で一緒に持ってくる。

先にどちらか一匹が先にくわえてしまうと、もう一匹がくわ
えるまで待ち、二匹ともくわえたことをお互いに確認してか
ら、一緒に持ってくる。

これが何とも言えず、かわいいのだ。

この二匹の状態を見たさに、何度も何度も何かをポイと
放り投げる。何度も何度もこれが繰り返されるが、しまいには、
年のせいだろうか、父親のボンタ(ブラック)が戦線離脱する。

遊び盛りのアリ(フォーン)は、一瞬、一匹になったことが不服だ、
というような顔をしているが、疲れを知らない彼はいつまでも、
一匹でもそれを続けるのだ。

そして、結局、放り投げている人間の方が疲れてしまい、その遊び
が終わる。やる気満々のアリは一人呆然と取り残されるのである。
しばらくあきらめきれずに、遊び相手だった人間の周りをウロウロ
とするのだが、やがてあきらめ、先にとっとと寝ているボンタの横に
ドテっと横になり、さっさと眠る。

それにしても、この遊びをしている時の二匹とかわいさと言ったら
ないのだ。

次回は、更にかわいい、二匹の「綱引き」をご紹介します。(^◇^;)
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白洲正子の生き方

東京町田市に建つ 旧白洲邸「武相荘(ぶあいそう)」

武相荘 buaiso
http://www.buaiso.com/

終戦直後、吉田茂首相の懐刀として、日本国憲法誕生の現場に立会い、
あの占領軍司令部相手に一歩も退かなかった男、白洲次郎と、その妻
である作家・随筆家の白洲正子が暮らしてた農家である。
今は、二人とも故人であり、その白洲邸はその娘さんたちにより、
一般開放されている。

庭の自然はそのままに、今はめずらしくなった茅葺き屋根の家、
白洲次郎、正子の粋な生活を垣間見ることができる。

二人の生き方について、今更私がここで何も語ることはないが、
あんなに都会的で、昭和史を駆け抜けるほどの舞台に居た二人。
しかし、ひっそりと農家に二人移り住み、特に白洲正子については、
庭の花々を素敵な花器に飾り、自然を慈しみ、すばらしい骨董品の器の
数々を、ただ飾るのではなく日常で使い、生け花、きもの、器・・・
そうした日本の文化を愉しむ。豊かな感性と教養。
とびきりの趣味人だ、と思う。女性として、あこがれる生き方である。

今の時代、あんなに贅沢な生き方をしている人たちは居ないのではないか?
と、いつも二人の本を読むたび、そう思う。そして、生き方はとても
まね出来ないにしても、せめて生活だけでも、お手本にしたい、と、自分の
生活を振り返る。

自分がつまらない事にこだわっている時、忙しさで自分の「暮らし」を
おろそかにしている時、人生を愉しんでいないなと思う時、ふっ、と思い出す。

白洲正子の生き方。
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東京バザール

東京バザール

その昔、私が小学生の頃、よく母や親戚のおばさんに連れられて、
青山 明治神宮のイチョウ並木で開催されていた「東京バザール」
に行っていた。今では東京の名所とも言われる今をときめく?
イチョウ並木に、その頃、テントの露店が軒を連ねたバザールが
開催されていた。70年代のことだ。
生れ育った四谷の町から近いので、歩いて行っていたような気がする。

後に知ると、TBSが主催したバザールだったらしいのだが、
「東京バザール」、なぜか家では、「カンカンバザール」と
みんなが言っていた。そのサブタイトルがそうだったのか、
勝手に家が名づけていたのかは不明。

あのイチョウ並木の両側に、いろいろな店があったのを記憶して
いる。しかもみんなオシャレでカラフルな店だったような。
今でこそ、フリーマーケットがいたるところで開催されていたり、
露店風のオシャレなお店があちこちに出来ているが、当時そんなもの
はどこにもなかった。
当時、夏祭りなどの時に、近くの神社に、水あめや綿菓子
金魚すくいや、ヨーヨー売りなどの露店が出て、子供たちの
溜まり場になっていた。露店、と言えば、その程度のものだった。
それは、「バザール」ではなく「縁日」だった。
それはそれで楽しかったのだが。

そう、その「カンカンバザール」は、私にとって、特別なものだった。
Tシャツが売っていたり、誰かがステージで歌を歌っていたり、
おしゃれなデザインの飛ぶ風船を、ピエロが売っていたり、似顔絵を
描く人が居たり、見たこともないようなおいしそうな食べ物が屋台で
出ていたり、とにかく断然オシャレで不思議な雰囲気だったことを
今でもはっきりと覚えているのだ。
いわゆるカルチャーショック、だったのかもしれない。
「バザール」という言葉も、ワクワク感につながっていたのだと思う。
なんとなく、「サーカス」の言葉の持つような響き。
神社の屋台にはない、もっと大人の雰囲気。
そうだ。カンカンバザールには、外人の姿もたくさんあった。

いつのまにかカンカンバザールも開催されなくなり、イチョウ並木は
ドラマや雑誌の撮影に使われたり、デートの名所になったり、と、
時は流れていったが、私にとってのイチョウ並木は、あのカンカン
バザールのドキドキの場所。
今でも、あのイチョウ並木を通ると、何よりも先に、カンカンバザール
を思い出し、ウキウキした気持になるのだ。

これも後から知ったのだが、結局、金額の問題でTBSは「東京
バザール」の開催を打ち切ったらしい。

今、この時代に、もう一度あの「東京バザール(カンカンバザール)」
をやったら、本当に楽しいと思うのだ。どうだろう。
フリーマーケットにはない、もっと手作り感のある、あの雰囲気は
(言葉ではうまく説明できないのだけど)もう味わえないのだろうか。

もうそんな風景はめずらしくも何ともない風景になってしまったのかも
しれない。
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ガラスのたまご

ガラスアーチスト イイノナホ

このガラスのたまご達。私の従姉妹であるガラスアーチスト、
イイノ ナホの代表作、とも言える作品だ。
作品の名前は、ペーパーウエイト『ガラスのたまご』。

たまごの中に、まるで水の中に浮いているかのように
美しく浮かぶ、四葉のクローバ。
ガラスのたまごの「クローバ」という作品。
彼女の展示会などでは、このクローバが、あちこちに
飾られる。

透明なガラスのたまごの中にうかぶ、二つの泡・・・
これは「ペア」。
彼女の結婚式のお祝いのお返しだった。

他にも、このたまごの中に、いろいろなものを浮かせる。
彼女は、もちろん1点もののフラワーベースやお皿など
も作る。若い頃、日本にはないセンスのガラス工芸
の技術をアメリカで学んできた。
小さな頃から、もの作りが好きだった彼女は、そして
次々と、ステキな作品を生み出している。

彼女の作品を見て、わー、ガラスって、こんなにキレイ
だったんだ!と感心した。

そしてこのペーパーウエイト。手にもつと、冷たいけれど
何故か暖かい感触のガラス。その中に浮かぶ、心温まる
モノたち。ガラスが作り出す光と影が、なんとも言えない
優しい風景になる。



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もの創りっていいですね

あるイベントで、裏方さんのお手伝いした。
舞台のそでで、映像関係のお手伝い。

お手伝い、と言っても、本当に腰掛けていただけで、
後はすべてイベントのスタッフの仕事を見ているだけ。
勤めている会社のイベントでのことだ。

舞台上の一見優雅に見えるキレイな映像も、実は、
そででは、戦場のようなやりとりが、秒単位で繰り広げ
られていた。
すべてが台本どおりにはうまく進むとも限らず、
予期せぬ出来事ばかり起き、生で何かをすることの大変
さを目の当たりにした。
それをプロたちは、きっちりこなしていくのだ。
さすがプロだ!!と感心することしきり。

そして、その現場の雰囲気は、とてもエキサイティング
で楽しいものだった。
こうやって、たくさんの人たちが、ひとつの大きなもの
を創りあげていく。それぞれの役割をきっちりとこなし、
創りあげていく。
やっぱり、こんな仕事は最高に楽しいなあ!と、あらた
めて感じた。しかも裏方っていうのは、いい!

何でも形になっていく過程、形にしたときの喜び、とい
うのは、とてつもなくエキサイティングで楽しいもの
なんだなあ。

体はとても疲れているけれど、なんとなく気持は充実。

はあ、終わった!
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う~ん、選べない

もうかれこれ2ヶ月くらい前になる。
とある著名なフォトグラファーに、ひょんなことから、
我がパグ達の写真を撮ってもらえることになった。

来年の干支が「戌」なので、年賀状に使えないか、
部屋にポスターとして貼れないものか・・・
そんな思いから、無理を承知でお願いしたのだ。

さっそく、小平の田舎町に育った我がパグたちにとって
は大都会の、汐留にあるスタジオまで出向き、
大好物のチクワをエサに、約1時間にわたる撮影を
無事終えた。

数日後、ざっと約130枚にものぼる我がパグたちの
ショットが出来上がってきた。
ネガの状態なので、そこから気に入った写真を、最終
的にきちんと焼いてもらうのだ。
もちろん、そんな数、全部焼くわけにはいかず、この
中から、数枚をピックアップせねばならない、という
ことで、2ヶ月近くたった今でも、それが選べず、
結局まだ写真が出来上がっていない。

心を鬼にして、今週末には写真を数枚ピックアップする
つもりだ。(大げさだ)

それにしても、本当にとってもステキに撮っていただけ
て、感謝感謝。やはり、プロの人が撮ると、ぜんぜん
違うなあ。

うーん、それにしても、どれにしようかな。



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ETが好きです

考えてみると、私は、愛嬌のあるぺちゃんこな顔が好きなのかも
しれない。パグ、ET、ヨーダ・・・・

なんだか、妙に親近感がわくのだ。「親近感」・・・うーむ。

初めて「ET」の映画を観たのは中学生のころ、ETのかわいさ
と、映画の中のアメリカの暮らし、子供部屋の中のガラクタ、
大きな冷蔵庫、飛んでった自転車・・・
とにかく、夢中になり、観るたびに泣いていたような気がする。
今まで映画や本で見てきた「宇宙人」のイメージは、まるで
吹き飛び、ETが大好きになった。ETの白くなり死に掛けた
場面、ETが地球とさよならする場面では、よく泣いた。
何度も何度も映画館に足を運んだ。
自分の部屋を、主人公のエリオットの部屋のように、まねた。
アメリカの雑貨を所狭し、と並べてみたり、M&Mのチョコを
ガラス瓶に詰めて部屋に飾ったり。

何年か前、ユニバーサルスタジオに行った時にも、まっさきに
向かったのは、ETのアトラクションだった。

この間などは、飼っているパグに赤い布を頭からかぶせ、
自転車の前のカゴに乗せて走ったほどだ。← バカ。

今でも、どーも、ETやヨーダやパグのグッズが売っていると、
どれどれ?と手にとり、ヨシヨシと、一人納得し、家に
連れ帰ってしまうのだった。
もともと無駄なものに囲まれて暮らすのが大好きな私だ。

そして何歳になっても、ペチャ顔には弱いのだ。

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宝くじが・・・・

ドリームジャンボ宝くじの抽選の日。
14日は、お義母さんの月命日でもあるので、お仏壇
に「お願いします!」と手を併せ、インターネットで
当選番号を確認した。

ワクワクが10倍ありますように、と、バラを10枚
購入したのだが、何のことはない、ガッカリが10倍に
なっただけだった。(-_-)

またハズれた・・・300円が一枚当たり!(-_-)

一瞬のうちに、また夢がしぼんでしまった~。
宝くじって、当たってる人って、本当にいるのかなあ?
と、いつも毎回同じ感想を述べつつ、お義母さんへも
報告。

そんなん、簡単に当たるわけないやないの。
アホやなあ。
天国からそんな声が聞こえてきた。

うーん、悔しい。来月発売の「サマージャンボ」をまた
買うぞ!今度は、連番、バラ、どっちにしようかなあ?

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