飼っている犬(パグの親子)、映画、本、音楽、その日感じたこと、なんでもない、ただのひとりごとです。
ひとりごと日記
東京バザール
東京バザール
その昔、私が小学生の頃、よく母や親戚のおばさんに連れられて、
青山 明治神宮のイチョウ並木で開催されていた「東京バザール」
に行っていた。今では東京の名所とも言われる今をときめく?
イチョウ並木に、その頃、テントの露店が軒を連ねたバザールが
開催されていた。70年代のことだ。
生れ育った四谷の町から近いので、歩いて行っていたような気がする。
後に知ると、TBSが主催したバザールだったらしいのだが、
「東京バザール」、なぜか家では、「カンカンバザール」と
みんなが言っていた。そのサブタイトルがそうだったのか、
勝手に家が名づけていたのかは不明。
あのイチョウ並木の両側に、いろいろな店があったのを記憶して
いる。しかもみんなオシャレでカラフルな店だったような。
今でこそ、フリーマーケットがいたるところで開催されていたり、
露店風のオシャレなお店があちこちに出来ているが、当時そんなもの
はどこにもなかった。
当時、夏祭りなどの時に、近くの神社に、水あめや綿菓子
金魚すくいや、ヨーヨー売りなどの露店が出て、子供たちの
溜まり場になっていた。露店、と言えば、その程度のものだった。
それは、「バザール」ではなく「縁日」だった。
それはそれで楽しかったのだが。
そう、その「カンカンバザール」は、私にとって、特別なものだった。
Tシャツが売っていたり、誰かがステージで歌を歌っていたり、
おしゃれなデザインの飛ぶ風船を、ピエロが売っていたり、似顔絵を
描く人が居たり、見たこともないようなおいしそうな食べ物が屋台で
出ていたり、とにかく断然オシャレで不思議な雰囲気だったことを
今でもはっきりと覚えているのだ。
いわゆるカルチャーショック、だったのかもしれない。
「バザール」という言葉も、ワクワク感につながっていたのだと思う。
なんとなく、「サーカス」の言葉の持つような響き。
神社の屋台にはない、もっと大人の雰囲気。
そうだ。カンカンバザールには、外人の姿もたくさんあった。
いつのまにかカンカンバザールも開催されなくなり、イチョウ並木は
ドラマや雑誌の撮影に使われたり、デートの名所になったり、と、
時は流れていったが、私にとってのイチョウ並木は、あのカンカン
バザールのドキドキの場所。
今でも、あのイチョウ並木を通ると、何よりも先に、カンカンバザール
を思い出し、ウキウキした気持になるのだ。
これも後から知ったのだが、結局、金額の問題でTBSは「東京
バザール」の開催を打ち切ったらしい。
今、この時代に、もう一度あの「東京バザール(カンカンバザール)」
をやったら、本当に楽しいと思うのだ。どうだろう。
フリーマーケットにはない、もっと手作り感のある、あの雰囲気は
(言葉ではうまく説明できないのだけど)もう味わえないのだろうか。
もうそんな風景はめずらしくも何ともない風景になってしまったのかも
しれない。
その昔、私が小学生の頃、よく母や親戚のおばさんに連れられて、
青山 明治神宮のイチョウ並木で開催されていた「東京バザール」
に行っていた。今では東京の名所とも言われる今をときめく?
イチョウ並木に、その頃、テントの露店が軒を連ねたバザールが
開催されていた。70年代のことだ。
生れ育った四谷の町から近いので、歩いて行っていたような気がする。
後に知ると、TBSが主催したバザールだったらしいのだが、
「東京バザール」、なぜか家では、「カンカンバザール」と
みんなが言っていた。そのサブタイトルがそうだったのか、
勝手に家が名づけていたのかは不明。
あのイチョウ並木の両側に、いろいろな店があったのを記憶して
いる。しかもみんなオシャレでカラフルな店だったような。
今でこそ、フリーマーケットがいたるところで開催されていたり、
露店風のオシャレなお店があちこちに出来ているが、当時そんなもの
はどこにもなかった。
当時、夏祭りなどの時に、近くの神社に、水あめや綿菓子
金魚すくいや、ヨーヨー売りなどの露店が出て、子供たちの
溜まり場になっていた。露店、と言えば、その程度のものだった。
それは、「バザール」ではなく「縁日」だった。
それはそれで楽しかったのだが。
そう、その「カンカンバザール」は、私にとって、特別なものだった。
Tシャツが売っていたり、誰かがステージで歌を歌っていたり、
おしゃれなデザインの飛ぶ風船を、ピエロが売っていたり、似顔絵を
描く人が居たり、見たこともないようなおいしそうな食べ物が屋台で
出ていたり、とにかく断然オシャレで不思議な雰囲気だったことを
今でもはっきりと覚えているのだ。
いわゆるカルチャーショック、だったのかもしれない。
「バザール」という言葉も、ワクワク感につながっていたのだと思う。
なんとなく、「サーカス」の言葉の持つような響き。
神社の屋台にはない、もっと大人の雰囲気。
そうだ。カンカンバザールには、外人の姿もたくさんあった。
いつのまにかカンカンバザールも開催されなくなり、イチョウ並木は
ドラマや雑誌の撮影に使われたり、デートの名所になったり、と、
時は流れていったが、私にとってのイチョウ並木は、あのカンカン
バザールのドキドキの場所。
今でも、あのイチョウ並木を通ると、何よりも先に、カンカンバザール
を思い出し、ウキウキした気持になるのだ。
これも後から知ったのだが、結局、金額の問題でTBSは「東京
バザール」の開催を打ち切ったらしい。
今、この時代に、もう一度あの「東京バザール(カンカンバザール)」
をやったら、本当に楽しいと思うのだ。どうだろう。
フリーマーケットにはない、もっと手作り感のある、あの雰囲気は
(言葉ではうまく説明できないのだけど)もう味わえないのだろうか。
もうそんな風景はめずらしくも何ともない風景になってしまったのかも
しれない。
コメント ( 13 ) | Trackback ( 0 )
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コンドウと申します。
急なご連絡申し訳ございません。
しがない28歳の楽しい事をもさくしている人間です。
今、青山で現代の東京バザールなるものを企画しようともがいております。東京バザールについて検索していましたら、こちらのブログにたどりつきました。
覚えていらっしゃる事等、当時のお話など色々お伺いできましたら嬉しいのです。どのようにご連絡したらいいのかわからなかったのでコチラに書き込みをしてみました。もしよろしければ、george@u-to.ccまでご連絡頂けたら嬉しいです。よろしくお願い申し上げます。
私にとってそれは魔法の時間でした。はじめは並木の両側に店がでていましたね。最後のあたりにつきたてのお餅を売っているとこがあって、からみもちが大好きでした。ピースマークのピンバッチや、アンデスのカラフルなものを売っていたりして、あのドキドキとワクワクは、何十年たっても忘れられません。
越境ですが麻布小学校に通っていました。
所謂地元バリバリの悪ガキ仲間で、桧木町公園、蒲池、三連隊、そして新規開店したキディランドと共に思い出たくさんの「カンカンバザール」
集団で自転車乗りまわして攻めてました(笑)
東京バザールと異なり、《カンカンバザール》は夏に
開催されたと記憶しています。
青山通りと銀杏並木通りの角に有った《ジーパンの
EIKO/エイコー》も出店していました。
ジーパンを買いに行きました。
後に中村雅俊さんの奥さんになった、五十嵐純子
さん《五十嵐じゅん》にもお会いしました。
声をかけると、振り向いて挨拶してくれました。
可愛い女性でした。
坂口良子さんにもお会いしました、綺麗でした。
表参道、青山通り、キラー通り、銀杏並木通りは、
高校時代の素晴らしい思い出です。
2回目あたりから、TBSが音頭をとるようになったのか「東京バザール」と呼ばれてました。♪イチョウ並木でトウキョーバザール♪てなメロディがラジオでも四六時中流れてましたっけ。
何故なら私も四谷が地元で神宮外苑はいわば庭でした。
夏はプール冬はスケート、週末は貸し自転車、ボーリングにもよく行きました。そして何より楽しかったのは東京バザールです。たぶん中学生だったと思いますが、今、想像しても銀杏並木と出店。神社のお祭りとはまたひと味違ったオシャレな外国のような雰囲気で素敵でしたよね。
ホントに今一度復活させて、再開発など必要ない事を多くの人に知ってもらいたいです。
長くなってしまいましたが、同じように懐かしく思う方々のコメントが見れて良かったです😊
という私も63になりました
そんな私も63歳です。
とてもわくわくしたバザールでした
友達が 出店していたので 行きましたが その頃はめずらしかったので とても楽しかったと私も記憶しています
ドラマや映画には本当によく登場した銀杏並木で セランという 素敵なイタリアンレストランもよく撮影でつかわれていましたね。今回のオリンピックのためにか 閉店してしまったのが残念です