いもうとよ-12

2017-04-03 20:45:59 | Weblog
こんばんは~、マリーで~す。今日はねえ、うちのおばはんも一日結構忙しかったもんだから、こんな時間になっちゃったの。昨日、今日、昼間はかなり暖かかったし、あの人も冬物の整理を始める気になったのよ。未だだしておいた方がいいものも多いし、これから少しずつ箪笥の中身を入れ替えていこうってわけよ。大したものもないのにあの人捨てられない人なのよ。時間ばっかりかかってほんとに困っちゃうわ。

おまけに午後になったら急に曇りだすは、猛烈な雷が鳴り始めるは、すっごいことになっちゃったでしょう。うちのおばはん、あわててパソコンの電源を切ってたけど、本当はよく考えるとこのお部屋の機器ってほとんど全部ジェイコムのモデムにつながってるんだし、雷が悪さをしたら、全部に影響しちゃうんじゃないのかなあ。あたしでも心配になっちゃうわ。

で、そんなこんなでいつもなら昼間にする書き物もフェイスブックのメモみたいなのが一つあるだけよ。ここにも持ってきてみるわね。こんなのよ。

『人間の現実は難しいなあ。アルプスの山の上で見つかった五千年前のアイスマンの死因は山の中を逃げ回った末に矢で射殺されたのだというし、人類の歴史は戦争の時代と平和な時代の繰返しだ。人間の心の中にある愛と破壊の2大本能はいまだに制御できるようになっていない。平和な時代が続いているはずでも、ちゃんと綻びが出てきてあの宮崎勤の事件のようなことが起こる。この間の施設襲撃大量殺人事件しかりだ。人間てやっぱり不完全な存在なのだろう、大きいところでは世界中で戦争は無くならないし、小さいところでは先日の無力な子供を襲って殺してしまう事件、どれも同じ人間の仕業だ。いったいどうすればよいのか、何が出来るのか、すべての宗教はこれをどう考えるのか、綺麗事をならべるだけでは解決しないではないか。解決は多分無理なのかもしれないが、いったいこれはどうすれば良いのだ?』

生意気なことを言ってるわよ、あの人。でもさあ、妹のみいちゃんが結局ああいう形で死んでしまったことだって、普段はぼんくら頭のうちのおばはんに何かを考えさせているんだし、世の中の出来事の一つ一つだってやっぱり、なぜ、どうしてって、あの人に、考えてみろ、答えを探せってささやきかけている心で聞き取るしかない無言の声なんだわさ。

世の中のたくさんの不条理を思い出すけど、なんたって考えてみれば最近話題になった遠藤周作先生の『沈黙』を映画化した作品の世界なんかもその一つじゃないの。あの中でも人々の声に神様は答えてくださらないようにしか見えないのよね。

なんかさあ、あたしになんてよくわからないけど、どうも神様のやりかたって、人間の期待するような形からはかなり外れてるみたいな感じ。簡単には答えも見つからないけどね。思うんだけど多分さあ、あちらが人間に求めているのはどうも、分かっても分からなくても自分に従ってついてくること、ついていって一人一人が答えを探し求めることみたいな気がするんだわさ。

まあ、話が面倒なことになってきたから今日はこれまでよ。ほんじゃまたね。