物言わぬ者の声

2010-06-25 22:36:17 | インポート
近頃はかなり足の調子が昔のようにはいかなくなってきたものの、この季節になると。ただ花を見たり、写真に取るためだけ。季節の変化を自分の目で確認するためだけ、いつもは足を向けない少し遠くの地域まで出かけて、ひたすら歩いて、周囲の風景をよく見てくることにしている。

年年歳歳花相似たりで、ご近所の庭先や生垣越しに見る花も木もそれほど変わらないのだが、秋冬を越えて再びその姿をみるとなんともうれしい。昔は植物にはまるで関心がなかったというのに、ある時に、全く動かない、口も聞かない、植物が実は犬や猫と同じく一個の生命であることに気が付き、しかも、へたをすると、人間一人の寿命を遥かに超えて生き延びていく生命であることに気が付いて、それ以来見えるものが違ってきてしまったのだ。

人間たちの世代が何代も移り変わっても植物の中にはさらに生き続けるものもある。一年毎に生まれては枯れ、生まれては枯れる草花の生命も一個の種の生命の永続性ということでみれば実は大変なものなのだ。人間は、人間だけはどうも少しおかしなものになってしまったようだ。
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右と左の音が違う

2010-06-16 15:18:52 | インポート
先週からの風邪がこじれてひどくなり、お医者さんに行ったわけですが、昨日の耳鼻科の先生も、本日の内科の先生も胸の音を聴いて、ちょっと変よ、右の肺と左の肺の音が違っていて、まあ大丈夫だとは思うけど、レントゲン撮っといたほうが安心だと思う、との仰せ。

二日続けて同じことを別々の先生に同じことを言われれば、それはレントゲンもお願いします。

結果は目に見えるほどの急激な変化が無いから、痰のつまりとか簡単な原因でしょうと一件落着。ただし、当分おとなしくして、抗生物質や、咳止め、解熱鎮痛剤のお世話になるしかなさそうです。

具合よくありませんので、短い文章しか書けません。ブログはちょっと休業です。今週いっぱいはしょうがないの。あちらはまったくのお休みです。


















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サッカーの陰で

2010-06-15 08:45:09 | インポート
夕べ遅く、とっくに寝ていなければいけない時間に、ついサッカーの結果が気になってtwitterを覗いていたとおぼしめせ。

熱烈な応援、野次がずらりとならんでいると思うといきなり、オウムの残党が活動しはじめたぞ、というはなしになってtwitterにできたオウムの残党、上祐のグループのアカウントが出てきました。

確かめてみると本物のようです。しかもどこの○○かしりませんがフォローする人達まで出てきています。
即刻自分のアカウントは非公開に変えました。どこの誰とも分からない方々でも一種の信頼でつながっていくtwitter、これは大きな曲がり角に来たのかもしれません。

警察、公安はこの事実を把握しているのでしょうか。フォローなどするのはいったいどんな人なのかも心配。うっかりどこかで繋がってしまったりしては危なくて仕方がありません。
 
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本日はただの報告

2010-06-14 20:10:01 | インポート
風邪をこじらせて気管支炎になったので明日また午前中内科再診。木曜日は午前中、整形外科の再診だし今週はちょっと仕事も何もあまり進まないと思われます。

ハテナフォトに写真アップ。井上洋治神父さまの南無あっばのミサに行ってみた時のもの。

遠藤周作先生が一つの詩を元に心の中でご自分のイメージを育て『同伴者イエス』をテーマにいくつもの作品を書かれたように、井上神父様は幼きイエスの聖テレジアの『父である神』を日本人が分かる形で語っておいでなのだなあと感じた。父、あっばへの子供の信頼を語るのになるほど流石だと思う。

感激したのは南無あっばのお守り札。これは落とさないように縫い閉じて紐をつけて首からぶら下げられるようにしようと思う。なんだか和洋ごちゃ混ぜでいやだと思っていたはずなのに実際に見て聞いてすっかり気にいってしまった。

 ※ それはよいとして今、ハテナフォトを確認に行って大発見。流石はハテナだ。有料サービスをつかいたくてもカードを持たない人間では手も足も出ないと思っていたのだが、ハテナはいろいろな他の方法で手軽に支払いが出来る方式だとわかった。gooもこの方式を真似してくれるといいのになあ。惜しい。

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おかえりなさい

2010-06-13 23:22:33 | インポート
もう、すごい風邪をひいてしまって咳が全然止まりません。明日は朝からお医者さんに行くしかなさそうです。でもそれでもやっぱり見てしまいました。

無感動、無関心といわれる若い人たちの反応もすごいですね。このブログは直接リンクはしませんから、下のURLをコピーしてアドレスに貼って移動してみてください。いまどきの若い子たちをちょっぴり見直します。

  http://drawr.net/show.php?id=1478887

一緒に泣いてしまったおばはんはなんかちょっとみっともないかな?



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井上洋治神父様も今年は金祝だった

2010-06-10 20:32:30 | インポート
東京教区の最新の教区ニュースを読んでいると、司祭叙階から今年でダイヤモンド祝に金祝、銀祝のお祝いを迎える神父様方の紹介が載っていた。

遠藤周作先生とも深い関わりがおありだったネラン神父様、井上洋治神父様がそれぞれダイヤモンド祝に金祝だそうだ。なんという年月の重み。井上洋治神父様といえば、私にとっては遠藤先生の『留学』という作品で、幼きイエズスの聖テレジアに引かれてフランスに渡りカルメル会の修道院に入る田島(立ったと思うがうろ覚え)青年として十代のころからずっと心に残っていた人物のモデルだったのだから、直接のご縁は無くても忘れるわけがない。

聖イグナチオで長年良い働きをされていたバルバ神父様もダイヤモンド祝だ。あとお顔くらいは存じ上げている門脇神父様、マタイス神父様、ミルワード神父様、神言会の後藤神父様も金祝。いやお名前はわかっても顔の分からない方を挙げていないだけで実はもっと多いのである。銀祝も幸田司教さま以外でも顔の思い出せる神父様は瀬本神父様に、ドミニコ会の田中神父様がいた。

お名前を挙げた方も挙げていない方も、長い年月を教会のために尽くしてこられた神父様方だ。

今度の6月28日(月)午前11時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で、これらの神父様方のための、ペトロ・パウロ聖職者の祝いが行われる。平日の午前中ではあるけれど、できたらなるべく多くの方々でお祝いできたらよいと願っている。
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写真をどこに置くか

2010-06-09 23:04:12 | インポート
今はもう無くなってしまったNIKKEI NET のSNSでWagaMagaというのがありました。そのWagaMagaが休止することになったとき、日経のほうから代わりに提示されたSNSがファミーゴでした。これはプライバシーの保護と言う点なら絶対安全。下手をすると使う当人も自分の場のたどり着けないくらい複雑怪奇な仕組みなので、やたらに見られては困るようなものはここにおいて鍵をかけておくことにしています。初めての方はまず絶対目的地にたどり着けないと思います。

で、WagaMagaのメンバーたちが考えたのがuhuruと言うSNSへの移動と、もう一つ、自主作成のSNS。こちらは今や、食のプロ中心に近くなってあまり面白くないので敬遠しがちになりました。で、このところ、自分のブログをまじめに書いているのでSNSの方はuhuruを読みに行く位であとはtwitterで大体の消息はわかりますから以前ほどの熱はありません。

それはいいのですが、ここに写真を置いておいてもごく一部の方の目にしか触れません。ではtwitterや、tumblrにと思ったのですが、向こうの都合もあって大量の連投は嫌がられてしまいました。となると、まだちゃんと生きている無料の写真サイトは何があるかと調べると、先のことはわかりませんが今のところ、ハテナが使えそうです。ハテナなら、ブックマークも使っているし、写真も置いてもいいかもしれないと思いました。

私の写真はありきたりなものの美とか、可愛さが殆どで後は記念用とか、たいしたものは無いのですが、すぐに捨ててしまうのも惜しいといった種類のものなのです。とりあえず、少しずつ整理してみるつもりです。tumblrは自分の写真よりも他の方々の写真やブログで気に入ったものをブックマークするほうが面白いのです。いろいろな使い方が出来ますが、私は主に猫の写真をメインにあと、気に入ったものを集めています。(自分のものも入っていますけど)。

今の状況はこんなところです。
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連載の予定だけど、書けるときはどんどん書いておこう

2010-06-08 19:08:13 | インポート
gooブログのサブアカで始めた連載もの、まだ一回ごとの分量がよく分からない。今日などはどう見ても多すぎだ。一つの章でせめて2回くらいにしないと、書くほうはくたびれる感じ。

手書きで原稿を書いたのが95年だから、今では学校教育の法律も一部変わっていて、上智併設の夜間校の社会福祉専門学校でも資格の取れないものもあるし、書きながら適当なところで時代の要請で変わってきたところは説明を入れなくてはならないようだ。

これを書いた頃はまだ高齢(化)社会だったのが今では本当の高齢社会になって、他人事ではなくなってきたのは書いていた頃は考えていなかったから笑ってしまう。自分自身もシニア料金で映画を見る歳になってしまったぞ。

それでも人間の問題はいつの時代にもあまり変わらないからこの話のテーマも未だに通用するわけだ。いや、たぶん千年経っても変わらないんだろう。


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あちこち、やることが多すぎて何がなんだかわけが分からなくなりそう

2010-06-07 19:56:51 | インポート
本来、今書かなくてはいけないのは書きかけの今までの記録なのだけれど、まだ全然手をつけていない。気力がいまいちで書けないのであります。

そのかわり、twitterにちょこちょこと。tumblrとキャンドルズに、写真をアップする予定の方はこれも全然進まず。やる気がしない。

気持ちが動いてとりあえず少しアップしておいたのは95年に書いた『愛の答えは』の初めの部分だけ。これも、これにばかり集中するわけに行かないからこのあとは週に一度か二度の更新になりそう。長いからこれも時間がかかる。
しかし、これについては行方不明の前編の説明が出来たからよかったかもしれない。


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今週は準備仕事で終わってしまった

2010-06-04 17:30:19 | インポート
今日はこれから出かけるので帰りは多分10時過ぎ。2次会があればもっと遅くなるかもしれない。

それはとにかくとして、今週はまとめにくい話をどうまとめるか、準備だけで終わってしまった。下手にやたらなことは書けない話しだ。事実でも簡単には信じにくい話しというのもあるのだ。私が読む側だったとしてもこれは安易に信じないと思う。

思えば知人が、あなたを利用しようとする人が出てくるといけないからといっていたけど、実はこの20数年というのは散々利用されてきた年月なのだけどなあ。それでとんでもないことになったんだけど、あまりに変てこで当事者の自分だって何がなんだかよく分からない始末だ。困る。

オリエンス宗教研究所というところから出ている『福音宣教』という雑誌がある。その6月号に社会学者の鈴木隆先生が、召しだしに応える人の輪 共同体で祈り支える という長い記事を書いておいでになる。その中の、古い歴史の中の宗教家と言うところを参考に読んでみていただきたい。長い文章だからここには全部は載せないが、四百万年の人類の歴史の中での大昔の預言者のような、原宗教家とでも言うべき人々の果たしてきた役割のことが書かれている。

これは近代合理主義の今の時代では一種お金儲けの道具扱いで、うまくマスコミや時流に乗って成功しようという半ば似非予言者が次々に現れている時代にはやたらな話しは信じにくいのが当然だろう。それがわかっているからやたらなことは言えない。

どういう風に話をまとめていけばよいのか、これは簡単ではない。
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