『相棒ten』-15

2012-02-08 23:08:27 | インポート

神戸尊役の及川さんが今シーズンで相棒卒業のニュースを見てすぐの本日の『相棒ten』。それでも番組が始まるといつもの相棒ワールドです。劇場版以来の顔見せの相川氏の登場ということで、どんな話になるのかと思っていると、通り魔事件の目撃者探しで始まりました。でもこの相川さん、今回は出てきませんがもう一人のお騒がせ人物の陣川さんと同じくらい独り合転気味のようです。

ネットの書き込みに、通り魔を目撃した情報が載っていたことで、特命の二人と相川氏は事件現場近くの一軒の家に住む15歳のときからずっと九年間自室に引きこもってきた青年が目撃者だったことを突き止めます。

三件も続いて起こった通り魔事件で捜一トリオも駆り出されていて、いつものように行くところ行くところで特命組みと出くわしながら、捜査は進んでいきます。しかし、このブログでは度々申し上げているように、まだ見ていない方々のお楽しみをそぐことはしたくないので、あまり詳しいストーリーは書きません。

ただ、犯人の意外さと、人の心の複雑さは印象的でした。引きこもりの問題は一朝一夕に簡単に解決できるような問題ではないのでしょうけれど、今回の話を見ていて、やはり人は人との間で人間になっていくということかな、などと思わされました。人は孤立しては心の成長も難しいのでしょう。あ、孤立と孤独は別物ですね。孤独というのは同じ一人でも生産性や創造性.想像性に向かう力でもあります。でも孤立は違うようです。

なんか難しい話になってしまいましたけど、引きこもりという問題自体が難しいのだと思います。というところで本日の話はおしまい。

 

 


ちょっと寄り道

2012-02-08 13:04:23 | インポート

今日は水曜日、相棒の日。でもその前にちょっと寄り道して関係者以外はあまり興味もなさそうな話をひとつ入れておきます。

このあいだ聖歌隊の連絡で、今までの責任者の任期が終わるので次期候補者をどうするかといった話が出ていたので思い出したのです。いまさらこんな昔話をしても仕方がないのですが、この話、たぶん今のイエズス会の関係者、聖イグナチオ教会関係者の皆様、ご存知ではない方のほうが多いかと思います。

はるか昔々、薄田神父様が主任司祭でいらっしゃった時の話です。あの頃は日本も今のようにホームレスだの、生活保護だの、貧困だのという言葉は少なくとも表面にはまったく出てこなかった時代です。でも薄田神父様はあの頃すでに山谷の問題に関心を向けておいでだったのでした。先見の明があるというべきかもしれません。でも、当時の信者は私も含めてあまり薄田神父様を理解していませんでしたっけ。

それはとにかく、あの時代の話です。当時所属していた聖歌隊にだいぶ問題のある人物がいて、ある方のプライバシーに係わるあることないこと言いふらしていたのです。ついでに私についても、あんな人は聖イグナチオのレベルじゃないわ、といい散らかしてくれた話が伝わってきました。それでこちらも、自分と、ある方のために、某援助修道会のシスターに相談にいったり、薄田神父様に手紙を書いて事情を伝えたのです。表ざたにならないようにでも、関係者みんなによいようになるようにと相談したのです。

すると、別の方面から情報が伝わってきて、教会活動連絡会議(当時の組織で)か何かに、そのころイエズス会の管区長様になったばかりだったピタウ神父様が自らそこに出席して、薄田神父様に相談した件で、キリストの教会にそういうことはあってはなりませんと、その場でちゃんとおっしゃったのだそうです。

言っては何ですが、これって普通あることでしょうか。いつでも、誰にでも起こることでしょうか。聖イグナチオ教会に行き始めて、次から次と普通あるはずのないことばかり起きたというのは、この話も含めてなのです。ただそれからすぐ薄田神父様は主任司祭をお辞めになり、ピタウ神父様はヨハネ・パウロ二世教皇様に呼ばれてローマに行かれ、その後が私の今の状況に至るとんでもない話になったわけです。

ピタウ師がローマに行かれると、その後の方々はもうご自分に都合の良いようにしかなさらなかったのですなあ。ま、いまさらそんなことは言いたくもないけれど、今だって実のところ聖イグナチオ教会というマンモス教会での信徒の奉仕職も、名前の売り込みになるからやりたがるのだとかいう話も聞きますし、なんだかうんざりするのも確かです。

とにかく、これだけは忘れるわけにいかないので書いておきます。