京都 洛北の時計師 修理日記

時計修理工房「ヌーベル・パスティーシュ」京都の洛北に展開する時計修理物語。
夜久野高原で営業再開しました。

時計師の京都時間。

2013-11-29 09:18:14 | 日記

「至福の時計師・時間」
写真はカルティエ「タンク・アメリカン」ホワイトゴールド、クオーツ。
1989年に発表されて以来人気が続いています。
87年にデザインが決まって2年後に発売される。ヨーロッパの贅沢な時間の使い方にため息が出た。日本では6ヶ月程度で出荷される。

「タンク・フランセ」、「タンク・アングレ」とヒットが続きます。
バイヤー時代はこれらのモデルをかき集めるのに必死で動き回りました。
3気圧防水、腕に沿って湾曲したケース。
アール・デコスタイルの文字盤が採用されています。

電池交換だけの修理でも私が呼びつけられるような高額品です。
タンクシリーズでも珍しい3気圧防水時計なので独自のからくりがあるモデルです。

作業はネジ止めの裏ブタを外す事から始める。急いでドライバーをつっこんではいけません。その前にいろいろと準備が必要なのだ。先ず、ドライバーを5本ほど用意する。

ベルト用のドライバーと裏ブタ用、それぞれ開けるときのものと閉めるときに使うものを別に用意します。常に整備した工具を使うのです。

時計についているほこりを払ってリューズを12時にあわせて巻真の錆の状況を把握します。これでおおよそのユーザーの性格がわかる。

作業開始。ベルトのネジを外す。ドライヤーで暖めて接着剤を溶かす。カルティエの金属ベルトはネジ式ピン。すべて接着剤で緩まないようにされている。サイズ調整をしている6時側の2番目のピンを暖めて抜く。

ここで裏ブタがフリーになる状態。
ドライヤーで裏ブタを温めながら1,4ミリのドライバーでネジをまわす。4本のネジが緩むまで試しながら暖める。
その際、アルコールランプは使いません。高熱で内部の防水パッキンを溶かしてしまうのでゆっくりとこの作業を繰り返す。

ネジに合った径1,4ミリドライバーを使うことでねじ山を潰さない。刃先をネジ溝にあわせて少し潰したものを使う。(市販のドライバーはすぐに使えません。逆に研いで鋭角を出す。)
4本とも緩むと一気に抜いてベンジンの洗いびんに放り込み油やゴミを取る。

本体と裏ブタが見事にぴったりとくっついているのでカミソリレベルのオープナーを使い隙間に差し込みます。これまで50%の作業が終了。
裏ブタが開いたら再度閉めるまで一気に作業を急ぎます。

防水パッキンについているゴミを取り、通常の電池交換作業を急ぐ。
最後すべての作業を確認して裏ブタを閉める。

ここで初心者は絶望に落ちる。裏ブタがしまらない!
カルティエのからくりがあります。ベルトが一定の角度の状態で初めて裏ブタが入るような防水の設計に驚く。
ユーザーが時計をつけている状態で裏ブタと本体がぎゅっと密着する仕掛けだ。
この角度を見つけられないとここまで!ギブアップ。

次にネジを締める作業、裏ブタネジの汚れを確認後、対角線上に締め上げる。その際に力いっぱい閉めてはいけない。
作業が終わりに近づく。ベルトのネジ留め作業。ネジ用の接着剤を必ず「適量」で使います。

時刻を合わせて仕上げ用のクロスで磨き上げます。
時刻をあわせる場合クオーツ時計は5分ほど進めて逆に回し歯車を接触させる。

「お出かけ修理」の場合。
保護者の私が後ろから指示する方法が一番参考になるのですが時間的に難しい。
ドライバーの磨き方から始まると2時間ほどかかる。
お店の開店時間がせまる。朝礼が始まる。お客さんが入ってくるなど危険がいっぱいなのでさっさと一人で終わらせます。

作業がすべて終わったあとの喪失感がなんともいえない。
普段近寄れない美しい女性と30分の会話を許されているようなものです。
切ないデートだが無事に送り返した安心感。

これが私の至福の時間です。
電池交換料金1000円。お金じゃ~ないね!こころじゃよ~!










コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする