堅壮院メダカ庵

百姓生活やメダカ飼育についての日々の記録です。

ボロ船世界クルーズ記ー32 「シンガポール」

2012-12-16 | 自然と共生

Dscn3800○ インドのコーチン港を出たボロ船は、インドのDscn3798西のアラビア海をスリランカに向けて南下しました。4月中旬とはいえ赤道に近づいていますので、だんだんと暑くなってきました。海も南の海らしく青い海です。

○ 4月21日にはスリランカの南を回りベンガル湾を東に向けてマラッカ海峡に向かいました。その間、船内でDscn3803詩吟日本Dscn3837舞踊などの芸能発表会のど自慢大会なども行われましたが、これと並行して先の漂流時等における船のサービス低下に抗議する署名活動も始まり、代表者がその署名を持ってシンガポールの日本大使館に行き、ピースボートに対する指導・監督を申し入れたとのことです。

○ 船旅も長くなるとそれぞれ親しい関係も生まれ、Dscn3824趣味をDscn3813共にする人々は麻雀、囲碁、水泳、スポーツジム等々で時間をすごしていましたが、私は般若心経を読む会太極拳、ラジオ体操などに参加する以外はデッキの上でウオーキングをしたり海を眺めながら親しい人と雑談をして過ごしました。しかし、先般行ったメダカの講演でかなり有名になり、「メダカ先生」と呼ぶ人も現れ、再演のリクエストDscn3847も数人からありました。4月22日にはインド洋に沈む美しい夕日が見られました。Dscn3846

○ 23日にはベンガル湾からマレー半島西のアンダマン海に入りましたが、マラッカ海峡を通過する船が多いため、船舶の影が多くなりました。24Dscn3860日の早朝からマレー半島とスマトラ島との間のマラッカ海峡を通過しましたが、比較的広く見える海峡ですが、船が通過出来る(水路)Dscn3848は狭いとのことで、航路の難所のようです。

○ 24日の午後2時頃にシンガポールに入港しましたが、早朝に入港の予定Dscn3884より半日以上遅れての到着です。立派なビルが立ち並び緑が豊かな近代的な港です。観光を予定しているDscn3878人は大急ぎで下船しましたが、私は40年前にもコーラルプリンセスという船でシンガポールに行ったほか、3回ほど訪れていますので、観光施設はほとんで見ており、今回は観光の予定はありP4240522ません。

○ シガポールの面積は淡路島ほどの大きさですが、人口は500万人を超えており、日系企業も1000社以上進出しており、Dscn3893日本人も25000人ほど在住しているとのことです。数年前には私のも駐在しており、観光案内をして貰いました。私は港の側の商店街でお土産を買いましたが、牛丼の「吉野家」がありましたDscn3901ので、その店でラーメンを食べました。隣にはモスバーガーもあり、いよいよ日本に近づいてこと実P4240535感しました。

○ ボロ船は夜半にシンガポールを出港し、最後の寄港地である台湾に向けてDscn3899シナ海を北東に向かいましたが・・・・・・・・・・・・・・・・   

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 「メダカ棲む シンガポールは 文化都市」道生                

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