ジャック・カロ 『ジプシーの宴』
Jacques Callot. Les Bohemians: La halte et apprêts du festin
年末から予期していなかった雑事が重なり、せわしない日々が続いた。そのため、ゆっくり見たいと思っていた『カンディンスキーと青騎士展』の鑑賞も、滑り込みとなってしまった。もっとも、会期末の割には観客は少なく、やや拍子抜けの思いだった。作品の選択、展示が作品提供者のレンバッハハウスに頼りすぎたためか、少し単調で、ひと工夫が欲しかっ
た。
2011年世界アルペン選手権が開催されているガルミッシュ・パルテンキルヘンの美しい冬山の景色を見ながら、そういえば、カンディンスキーの冬山を描いた作品は記憶にないなあと思ったりしている。
もうひとつ見過ごすところだったのが、国立西洋美術館の小企画展『アウトサイダーズ』(よそ者)だった。このブログにもしばしば登場したジャック・カロの銅版画を中心に、そのほかにもオノレ・ドーミエ、ハンス・ゼーバルト・ベーハムなど、有名版画家の作品が展示された。ドーミエの作品を見ていて、かつて東大総長を務められた大河内一男先生がホガース(先生ご自身が銅版画の著名なコレクター)、さらにドーミエなどの作品に大変関心を寄せられ、小さな研究会の合間などに、作品やその魅力などについてお話をうかがったことを思い出した。こうした座談の折の先生は、大変楽しそうであった。
閑話休題。今回の小企画展は、国立西洋美術館所蔵の作品が中心だったが、銅版画という大量頒布が可能であった作品の特徴を生かして、いくつかの場所で、同一主題の作品を見ることができる利点がある。
展示された作品の多くは、すでにどこかで見たおなじみのものがほとんどであったが、作品を見ている時間は楽しく、心が癒される。
今回の展示の中核となっていたジャック・カロ(1592-1635)は、ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)とは、生年も1年違いである。カロはナンシー生まれ、町では著名な旅籠屋の息子であったから、日記などの記録はないが、この二人は必ず会っているにちがいないと思っている。ラ・トゥールは何度もナンシーへ赴いているし、二人は同時代のロレーヌを代表する著名な画家であった。
中世以来、ヨーロッパに限ったことではないが、社会の主流から外れたところで、しばしば奇異な目で見られた人たちがいた。「アウトサイダーズ」(よそ者)といわれた人々である。彼らは外国人や日常の生活ではあまり見かけない人、言動の変わった人たちなどであった。しばしば好奇の対象となり、また疎まれ、社会的差別の対象ともなった。
ヨーロッパ中を放浪して旅するジプシー(ロマ人)はその代表的存在でもあり、ベランジェ、カロあるいはラ・トゥールなどの画家たちが好んで画題とした。アウトサイダーズは、社会的にも下層にはじき出された人たちであり、多くは放浪それも漂泊の旅をしていた。カロやラ・トゥールがしばしば描いた楽師、占い師、道化師などが多く、詩人、さらには魔女とみなされた人*たちも含まれていた。
この犬を連れた旅人の姿からは、ラ・トゥールの『犬を連れた音楽師』のイメージがほうふつとする。
Jacques Callot. Les Gueux
Jacques Callot. Les Gueux
ロマ人問題を始めとして、「アウトサイダーズ」は、現代社会においても厳然と存在する。そうした人たちをみる時代の目がいかに変わったか、あるいは変わっていないか。彼らを描いた多数の版画は、現代人にも当時と変わらぬ厳しい問いを突きつけているようだ。
*ちなみに、Briggsの著書の表紙もカロの銅版画の一枚である。
References
ヴォルフガング・ハルトゥング(井本晌二/鈴木麻衣子訳)『中世の旅芸人;奇術師・詩人・楽士』(法政大学出版局2006年)
マルギット・バッハフイッシャー(森貴史/北原博/濱中春訳)『中世ヨーロッパ放浪芸人の文化史;しいたげられし楽師たち』(明石書店 2006年)
Georges Sadoul. Jacques Callot. Paris: Gallimard, 1969.