時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

20世紀の声:スタッズ・ターケル追悼

2008年11月14日 | 書棚の片隅から
 

  ひとつの追悼録*が目にとまった。スタッズ・ターケル Studs Turkel、
2008年10月31日逝去、享年96歳。

 世の中で働いている人は、自分の仕事がどんなものであるかは当然知っている。しかし、他の人の仕事を本当に知っているのだろうか。彼(女)たちは、なにを考えて日々の仕事をしているのだろうか。たとえば、鉄鋼業の労働者、新聞配達、農業労働者、客室乗務員(以前のスチュワーデス)、売春婦、俳優、工場技能工、警官、映画評論家、タクシー運転手、床屋、歯科医、ウエイトレス、主婦、薬剤師、不動産屋、野球選手、元鉄道員、編集者、弁護士、消防士、神父・・・・・・。

 われわれの知っていると思う他人の仕事とは、実は幻影なのかもしれない。実際、そうなのだ。実際に働いてみないと、仕事の真髄は分からないことが多い。 115の職業について、133人の実在の人々のインタビューをした記録を元にターケルは、ひとつの本を作った。1972年のことである。

 スタッズ・ターケルのこの作品 Working(邦訳 『WORKING! 仕事』**)が刊行された1972年頃を思い出すが、まだカセットテープが登場しない頃のテープ・レコーダー、そしてタイプライターが、彼の仕事道具だった。ニュージャーナリズムは、これから始まったといわれた「仕事」だった。よくもこんな手間暇かかることをやってのけたものだとただ驚かされた。分厚い辞書のような体裁。しかし、読み始めると止められなかった。ひたすら読みふけった。

  アメリカ社会を作り上げている一人一人の職業倫理ともいうべきものが伝わってきた。とはいっても、世の中のすべての職業はターケルといえどもカバーできるわけではない。ターケルが意識的に除外したという職業もある。具体的には、牧師(若い神父は入っている)、医師(歯医者は入っている)、政治家、ジャーナリスト、あらゆる物書き(例外は映画評論家)。この人たちの姿勢はターケルによると、自己陶酔以外のなにものでもない、とのこと。なるほど、思い当たることもある。彼の興味は、インタビューを行わないかぎり、なにも聞こえてこないような職業領域にあった。インテリは放置しておいても、勝手にしゃべると思っていたようだ。

 ターケルは同じような手法で、かなり多くの著作を残している。「大恐慌」期についての仕事もある。1985年にはヴェトナム戦争を取り上げたThe Good War でピュリツアー賞を受賞している。彼は、自分の仕事にいくつかの使命を持たせていたようだ。ひとつは、仕事自体が失われてしまう前に記録しておきたいということ、特に8時間/日労働制度前の組合代表や公民権法成立に向けての人々の闘争記録である。もうひとつは、取材の対象となったひとりひとりの人間の尊厳を重んじたことである。一人のインタビューを、貴重でユニークなものとして大切に扱った。

  インタビューではないが、まだ上院議員になる前のオバマ氏にもシカゴで会っている。まさかこんなに早く大統領に選ばれるなどとは、ターケルも思っていなかったろう。ターケル91歳の時であった。この人間を大切にし、過ぎゆく20世紀という時代の貴重な声を残した希有なジャーナリスト、作家、スタッズ・ターケルに哀悼の意を表したい。


主要作品

** Studs Terkel. Working, 1972 (スタッズ・ターケル 中山容他訳『WORKING 仕事!』晶文社、1983年)

Hard Times: An Oral History of the Great Depression.
Coming of Age: Growing Up in the Twentieth Century.
Division Street
America Race: How Blacks and Whites Think and Feel About the American Obsession
Voices of Our Time: Five Decades of Studs Terkel Interviews
The Good War, An Oral History of World War Two
Talking to Myself: A Memoir of My Times


Obituary: Studs Terkel. The Economist. Novemver 8th
2008.
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