時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

人生を支える絵画に出会う(3)

2021年07月01日 | 書棚の片隅から


シエナのSala dei Noveに描かれた良い政府の寓話、フレスコ画(部分)
 
  前回取り上げたアンブロージョ・ロレンツェッティの「善政・悪政の寓話」(フレスコ画)について、もう少し記しておきたいことがある。基本的にはブログ筆者のメモ、心覚えなのだが、長らくこの妙なブログに付き合ってくださった方々にとっても、多少は役立つと思っている。

世界に存在する美術作品を鑑賞するあり方は一様ではない。前回記したように、この作品は単なる美的次元にとどまらず、人間がこの世に生を受け、人生を送るに当たって避けがたい舞台ともいえる政治・社会的次元の問題を追求している。14世紀のイタリア、シエナを舞台に、その過去、現在、未来を包含する大きな構想に支えられた作品なのだ。このように歴史に残る美術の中には、作品を見る側に洞察力や思索が求められる作品もあることを知っておく必要がある。

モデルはシエナ
Sala dei Nove (“Salon of Nine”)の壁面に描かれたこの作品は、シエナの市政から始まり、広くトスカーナの風景をモデルとしたものと推定されている。画面は水平方向に広がる三つの層で構成されている。

繰り返しになるが、「善政の美徳」は、6人の王冠をかぶった堂々とした女性像によって表されている。向かって左側が「平和」、「不屈の精神」、「慎重さ」、右側が「威厳」、「節制」、「正義」を代表している。画面の左端には、「知恵」が持つスケールのバランスを取りながら、正義を司る女性の姿が描かれている。 

描かれた女性像はおそらくシエナの女性の美しさの理想を表したのだろう。足元には、遊んでいる2人の子供がいる。彼らは、 ローマの伝説に基づくシエナの創設者であるレムスの息子であるアスシウスとセニウスであると推定されている。

画像の下には大略次のような趣旨の文章が記されている:彼女が支配するこの聖なる美徳[正義]は、市民の多くの心を団結させるように誘導し、そうした目的に沿って、共通の善を作り出します。市民の状態を統治するために、その周りに座っている美徳の輝いた顔から目を背けないことが期待されます。善き政府が勝利することで、十分な税金、賛辞、町の主権が市民の下に確保されます。 戦争がなければ、すべての市民には市政への信頼、そして楽しい生活がもたらされます。

「善政の寓話」が意味する平和な都市のイメージは14世紀のシエナの平和な都市のパノラミックな市民生活であると推定されている。より一般的な平和な都市ではとの異論もあるようだが、シエナが主たる舞台として構想されていることは確かなことだろう。
平和」のあり方
筆者が注目するのは描かれている6人の女性の中で、「平和」を象徴するとみられる女性の姿にある。真っ白なドレスで物憂げに椅子に座っている。他の女性たちが正面を向いて正座しているのと比較して、その描かれ方は注目を集めてきた。画家は何を意図していたのだろうか。


なぜ、彼女はそこにいるのか。Sala dei Noveと名付けられたその部屋は、Sala della Pace, ‘Hall of Peace’(平和のホール)としても知られてきた。彼女は描かれた主題のガヴァナンス(統治)のシステムを司っていると考えられる。描かれたその姿態から、彼女は何かを待ち、監視し、耳を傾けていると思われている。耳に当てられた掌は、半分、我々の方(市民)に向けられている。ホールの外、人々の間に起きていることを知ろうとしているようだ。

さらに彼女の足元、そして肘をついているクッションの下にある黒く描かれたものは、なんと甲冑ではないかと推定されている。平和が存在すれば、武具は不要と思われるのだが、これは矛盾語法ともいわれている。平和な市政の防備や保護のためには、武具も必要という意味でしょうか。しかし、現実には軍備もないとすれば、いかなる武装が必要なのでしょうか(Hisham 2019, p.38)


N.B.
暴君の位置づけ



ロレンツェッティの「悪い政府のフレスコ画の影響」は、このフレスコ画の状態が悪いこともあり、「良い政府の影響」ほど広範囲に書かれていません。悪い政府の影響のフレスコ画が描かれている壁は、以前は外壁であったため、過去に多くの湿気による損傷を受けてきた。この作品を見る人が壁画を調べると、角や牙で飾られ、斜視のように見える邪悪な姿に直面する。この人物は、短剣を持って山羊(贅沢の象徴)に足を乗せて、即位して座っているティラムミデス(専制君主)と判別されている。


References
Hisham Matar, A Month in Siena, Penguin Books, 2020
Erich Kaufer u. A. Luisa Haring, LA PACE E’ ALLEGREZZA, FRIEDEN IST FREUDE, Innsbruck, 2002


後者は筆者の半世紀を越える友人の著作である。このブログ記事にも何度か登場しているが、この友人の人生にブログ筆者は多くを学んでいる。




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