時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

回想のアメリカ:南部を知らずしてアメリカは分からない

2023年04月08日 | 回想のアメリカ

スヴェン・ベッカートの『綿の帝国』を紹介している時、日本人にとっては馴染みの薄い「奴隷制」や「奴隷貿易」については多少なりと記すことができたが、それと密接に関連する「南部」固有の風土、文化などについては余裕がなかった。

その間、トランプ大統領のニューヨーク州大陪審による起訴など、アメリカにおける前代未聞の事件は急速に展開していた。一般の人々は気がつかないかもしれないが、実はこうした出来事も深く南部とつながっている。

筆者もこのシリーズで取り上げたアメリカ東北部から南部への繊維工業の産業移転の調査などに始まり、
アパラチアの炭鉱、テネシーの自動車産業、ノースカロライナの鉄鋼ミニミルなどの調査でかなり多くの地域を訪れ、様々な光景をみてきたが、ベッカートや今回紹介する新著を読んで、改めて南部を知ることの重要性を感じている。南部を知ることなくしては、本当のアメリカは分からない。そして南部は極めて複雑で懐が深い。



南部を知るためにお勧めの一冊
偶々、前回紹介したベッカートの『綿の帝国』と前後して、それと重なり合う一冊の本が刊行され、全米で大きな評判となった。イマニ・ペリーの下掲の作品『アメリカにとっての南部:国の心を知るためのメーソン・ディクソン線の下の旅』である:

Imani Perry, South to America, A Journey below the Mason-Dixon to Understand the Soul of a Nation, Harper Collins, 2022.

本書は発刊以後直ちに注目を集め、2022年全米ノンフィクション賞を受賞し、さらに他の賞の候補にも挙げられている。『ニューヨーク・タイムズ』他でも激賞の対象になっている。

参考までに、上に表紙を掲載しておくが、この花がなんであるかは、もはや説明の要がないだろう。南部を象徴する綿花の一輪が描かれている。

著者ペリーはプリンストン大学のアフリカ系アメリカ人研究の教授であり、南部アラバマ州バーミンガムの生まれである。

多くの人々は、アメリカ南部というと、南北戦争、『風と共に去りぬ』、クー・クラックス・クラン、大農園、サッカー、ジム・クロウ(以前の黒人差別・政策)、奴隷制度、福音主義のプロテスタントなど、さまざまなことを思い浮かべるかもしれない。そこに住んだことがない人でも、象徴的ないくつかのことを思い出すことができるかもしれない。しかし、こうした事項のいくつかを知っているからといって、貴方がアメリカを知っていることにはつながらない。

彼女は言う:貴方の考えているアメリカは、本当のアメリカではない。わかっているように錯覚しているだけだ。南部を知らずしてアメリカは語れない。この地域の特異性、気質、習慣は、多くの人が認める内容よりも複雑なのだ。

本書は、黒人女性でアラバマ出身の女性が、いつも故郷と呼んでいた地域に戻り、新鮮な目でこの地域について考える物語になっている。移民コミュニティ、現代アーティスト、搾取的な日和見主義者、奴隷にされた人々、歌われていない英雄、彼女自身の先祖、そして彼女の生きた経験の物語を織り合わせて、イマニ・ペリーは他に類を見ない作品を生み出した。 South to America 『南部からアメリカ』は、並外れた洞察力と息をのむような明快さで、 米国がより人道的な未来を築きたいのであれば、私たちの関心のありかをメイソン・ディクソン線の下に集中させなければないと彼女はいう。南部と言わずに、この象徴的な一線、ラインの下方という意味は深い。

メーソン・ディクソン線
ペンシルヴァニア州とメリーランド州の植民地の境界紛争を解決するため、1763年から67年の間に、イギリス人C.メーソンとJ.ディクソンが設定した境界線。奴隷制廃止以前は、一般自由州と奴隷州とを分つ境界とみなされてきた。実際には1マイル及び5マイルごとに石の標識が置かれている。1963年、J.F.ケネディ大統領の時代に、設置記念200年祭が開催され、レプリカが設置された。
メーソン・ディクソン線は設置以降、しばしば北部と南部(Dixie)を分つ象徴的な一線として使われている。


Source: Wikipedia

北部と南部はどれだけ違うのか。
アラバマ生まれのアフリカ系アメリカ人の著者は、彼女がいつも故郷と呼んできた南部の地へ戻り、新しい目で見直してみようと、本書を書いた。

北部にはない南部特有のコミュニティ、かつて奴隷とされた人々たちの末裔、知られていない英雄たち、先祖、そして彼女自身の体験を、あたかもタペストリーのように紡ぎ出している。『南部からアメリカ』は、アメリカ人でさえ、正しく理解していないこの地域を新たな目で見つめ直すことで、アメリカという大国のイメージの再構築を図ろうとする。一読して引き込まれる。

彼女が故郷と考えるバーミンガムは、今では大都市だが、アラバマ州の「赤い大地」の奥深くにある。彼女は、異人種間に生まれた女性として、人種差別の経験を振り返り、黒人が歴史的に適応してきた方法を探り、「壊れたオアシス」という言葉を具現化するコミュニティへの訪問を魅力的に記録している。彼らのコミュニティは「白人至上主義の習慣によって」破壊されたと彼女は述べる。

ブログ筆者も、これまでの経験から南部あるいは南部人の一般的イメージとして、ともすれば保守的というイメージを抱きがちであった。南部人に特有な親切さ、ホスピタリティとでもいうべきものを感じたこともあった。夫が北(ニュージャージー)、妻が南(テネシー)という家族とも半世紀以上、親しく付き合ってきた。政治的には夫妻いずれもが共和党支持だったが、オバマ大統領の頃から、大分変わってきた。最近では置かれた状況で考えるという。それでも、食べ物の嗜好が一致しないことは若い頃から認めていたが、今でもこれだけは変わらないらしい。

ペリーは、南部は「状況保全という意味で保守的だ。しかし、それが意味することは、実際には政治用語で簡単に説明できるものではない」と記している。この問題は、多くのスキャンダルにもかかわらずトランプ前大統領の支持者が強固に存在することを理解するためにも、さらに研究に値するテーマとして残っている。

南部最大の特徴として、ペリーは、女性としての人種差別の経験を振り返り、黒人が歴史的に適応してきた方法を探り、「壊れたオアシス」という言葉を具現化するコミュニティへの訪問を魅力的に描写している。それは「白人至上主義の習慣によって」破壊されたと記されている。

本書は、実に見事に南部の世界の複雑さ、多様さを描き出しており、アメリカ人は言うまでもなく、ともすればアメリカという名で一元化して理解したつもりになりがちな日本人にとっても、多大な示唆を与えてくれる貴重な一冊と言える。


Imani Perry, South to America, A Journey below the Mason-Dixon to Understand the Soul of a Nation, Harper Collins, 2022.
仮訳
目次
著者からのノート
序章
I. 起源を巡る話
アパラチア荒地への旅
母の国:ヴァージニア
アニメ化されたルーレット:ルイヴィル
マリーの地:アナポリスと洞窟
風刺的な首都:ワシントン D.C.
II. 結束した南部
開拓地:アラバマ北部
バイブル・ベルトのタバコ・ロード:ノース・カロライナ
南部の王:アトランタ
記憶の土地以上のバーミンガム
豚に真珠:プリンストンからナッシュヴィル
ビール通りが話す時:メンフィス
南部の魂:ブラック・ベルト
III. 水のような人々
空飛ぶアフリカ人の家:ロー・カウントリー
ピストールと華麗:フロリダ
動かない女性たち:モーバイル
マグノリア墓地と東の線:ニュー・オリンズ
溶けたガラス:バハマとハヴァナ
結び
謝辞




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