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人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

EU統一移民政策への道:ブラッセル対ローマ

2008年11月12日 | 移民政策を追って
Jacques Callot 
*現代におけるロマ人の移民の実態は、17世紀銅版画家カロが描いたものとさほど変わりない。 


  移民(外国人労働者)の問題を考えるについては、マクロとミクロの双方について現実的な視点が欠かせない。国家的レヴェルでは整合しているかに見える移民政策も、地域などミクロの水準まで下りてみると、問題山積、未解決という状況はいたる所に見られる。マクロとミクロの政策が整合していないのだ。そのひとつの象徴的例が、最近のEU本部(ブラッセル)とイタリア(ローマ)の間の対立に見られる。

 ブラッセルのEU官僚は、加盟国にとって最大課題のひとつである移民(外国人労働者)について、なんとか共通の政策を導入しようと努めてきた。いわゆるEU共通移民政策である。しかし、加盟国が置かれた個別の事情のために、各国の対応はなかなか足並みが揃わない。その背景には、特に最近のヨーロッパの人口移動の変化が反映している。たとえば、中東、東欧などからのEU圏への移動が増加し、受け入れ側国民との間で、さまざまな摩擦、軋轢が生まれている。

 最近、注目を集めているのがイタリアだ。具体的には、ルーマニアから移住してきた
ロマ人(ジプシー、イタリアではズインガリと呼ばれている)への対応が焦点になっている。昨年来、ローマやナポリでの犯罪事件をめぐり、ロマ人移住者の仮設住居、キャンプなどへの現地住民の破壊行動、放火、警官による住宅の強制撤去などが目立っている。EUや人権団体などからは、現政権下ではロマ人が不法逮捕や一方的な暴力の対象になっていると非難されている。

 昨年5月、イタリアのベルスコーニ政権は、不法移民を減らし、自国にとって望ましくないとみなす外国人を国外退去させることを目指す、強気な「安全保障」パッケージを導入することに踏み切った。しかし、この対応は、ブラッセルのEU本部から強く批判され、他方で現実面での対処が厳しすぎると反発を受けている。EU加盟国は、不法移民に厳しいルールを適用することが禁じられている。といってもすべて厳禁というわけではない。移民、住民など関係者の危険の回避など、状況によって例外が認められていないわけではない。これらの当事者の利害に関する政府の裁量いかんが、難しい問題を生み出す。

 ベルスコーニ政権の政策が、不法移民に寛容なものか否かが議論の焦点だ。現在は、移民政策パッケージの中で、不法移民の取締りに当たる警官を支援する軍隊を確保する案だけが導入されている。少なくも来年1月まで3000人近い兵士が、市民の安全保障確保のためとして動員されることになり、国内15の都市部に配置されている。イタリアの都市では、彼ら兵士の存在が目立つようだ。

 厳しすぎると問題になっている施策は、不法移民を最長4年間拘留する方針だ。ベルルスコーニ内閣の内務大臣ロベルト・マローニは10月15日の議会委員会で、今のところは罰金を科すだけで、拘留はしないとしている。収容所が一杯で収容能力がないからだという。マローニ大臣は、最重要な目的は移民の合法性に関する裁定を迅速化し、隠れた移民を不法とする措置を早めることにあるという。

 問題は「隠れた移民」 clandestine immigrants が、しばしば入国に必要な書類をなにも持たないで入国しようとし、本当の母国以外のところから来たと主張することだ。しかし、イタリアに限ったことではないが、彼らが入国したいという国は、証明書類がないから認められないと却下する。結果として、彼らを送還する先の国がなくなってしまうことになる。アメリカ・メキシコ国境のように、越境者を国境の南へ送り返せば済むということにはならない。

 この点に関連して、UN難民高等弁務官事務所のローラ・ボルドリーニ氏は「庇護申請者にとって最も大事なことは、証明書類を持たないで入国する者に課せられるいかなる罰からも除外されることだ。というのは多くの庇護申請者は書類を持っていないからだ」という。

 マローニ内務大臣は、適切な生活の手段を持っていることを立証できないEU市民も自動的に強制退去の対象とするとのこれまでの方針を取り下げていない。これは、元来イタリアにいるルーマニアのロマ人を退去させる方策として導入された。しかし、この措置は人々の自由な移動に関するEUの立法に抵触するとの批判がかねてからある。EUは近々イタリアのこの対応を非難する会合を開催すると述べている。

 マローニ内相は、正式に認可を受けていないロマ人(ジプシー)のキャンプを撤去し、ロマ人の強制退去を求めるという措置は継続するとしている。イタリア国内に90日以上滞在する者は、滞在許可を取得しなければならない。その際、最低限の所得を得られることを証明できなければ(ルーマニアのロマ人のように)EU加盟国であっても、extracomunitario(たとえば非EU国民)の名の下に、強制退去させられることになる。

 ブラッセルのEU本部は、上述の通り、こうしたイタリアの対応に反対している。EU本部は加盟国が合意したEUのルールでは、よほど特別のケースを除けば、最低所得の設定あるいは好ましくない移民をEU加盟国の別の国に追いやることは認めていないとしている。こうした批判にイタリア政府も、2010年から全国民のパスポートに指紋押捺を求める方針などを打ち出してはいる。

 ベルルスコーニ政権が考えねばならないことは、2年前に発効したEUの移動自由の指令は、EU市民に対して基本的にローカルな国民と同じ権利を与えることを定めていることだ。原則として同意しているイタリアだが、個別的問題となると、きわめて難しい局面に直面する。他国もイタリアの問題を「対岸の火」と見ていると、痛い目に遭うことも目に見えている。隣人の苦労を理解し、共に解決策を考えることだ。

 共通移民政策が実現するためには、こうして押したり引いたりする政治的遣り取りを繰り返す苦難の道がつきまとう。どこに収斂するか、しばらく目を離せない。かつてイタリアは圧倒的な移民送り出し国であった。しかし、その後1970年代には受け入れ国に転換し、1980年代にはアフリカからの黒人出稼ぎ労働者とイタリア南部からの国内労働者が北部の工業地帯で、職の奪い合いをめぐるさまざまな紛争を引き起こしてきた。さらに、90年代にはアルバニアからのボートによる移民流入が大きな問題となった。

 自国の力ではどうにもならないと見たイタリア政府は、送り出し国における雇用機会創出策(stay at home policy)の強化を主張していた。この考えは長期的政策としては、きわめて妥当な方向であった。しかし、体系的、組織的に企画され、実行されなければ効果は薄い。昨今の動きは、再び目前の問題にとらわれ、短期的視野からの政策へと振り子が戻っている。経済危機の進行が長期的視野からの政策を後退させないことを望みたい。



Reference
”When Brussels trumps Rome" The Economist October 25th 2008.
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