時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

『晩夏』も過ぎて:『石さまざま』を読む

2021年07月08日 | 書棚の片隅から



新型コロナ・ウイルスの感染再拡大の危機を目前にして、2014年の広島の豪雨災害、線状降水帯の発生、このたびの熱海の土石流災害の惨状などを伝えるTVニュースなどを見ていると、日本はさながら災害列島と化したようなイメージである。毎年のように、どこかで大災害が発生している。

いつ頃からこのようなことになったのか。あれこれ考えながら、新着の雑誌を見ていると、思いがけない記事に出会った。

19世紀初めの作家アーダルベルト・シュティフター(Adalbert Stifter 1805~1868)の短編集が初めて英訳されたとの紹介である。

Motley Stones, By Adalbert Stifter, Translated Fargo Cole, New York Review Books, 2021, 288 pages.
(The Economist (June 26th-July 2nd 2021)の新刊紹介欄参照)

このブログではかつてこの作家の名作
『晩夏』Der Nachsommer に関わる記事を記したことがある。ブログ筆者の読書歴でも心に残る一冊なのだが、ふたたびこの19世紀の作家について思いめぐらすことになるとは予想もしていなかった。不意をつかれた感じがした。シュティフターの作品も半数程度しか英訳されていないことにも驚かされた。

このたび英訳されたのは、シュティフターの短編集『石さまざま』(Bunte Steine; MOTLEY STORIES)である。ブログ筆者は邦訳*2で読んだことがあるが、その後30年近い年月が経過していた。

今回、邦訳、英語訳を対比して収録された作品を読んでみて、改めて感じるものがあった。この作品は6つの鉱石名が付けられた短編集ともいうべきものだが、鉱物とは特に関係がない。

「水晶」の世界とは
例えば、「水晶」はクリスマスの夜、山岳地帯に住む幼い兄妹が隣村からの帰途、迷い込んでしまった山頂付近の氷の洞窟で、自然の厳しさと美しさに出会い、自分たちの村の上に神が宿るような光が輝くのを見て感激する。子供たちは夜が明けて二人を探しに来た村人たちに救い出される。骨格はこれだけの話である。氷の洞窟の情景が水晶を想起させる。しかし、そこには人間の世界と神のつながりなど、清く爽やかな雰囲気が醸し出されている。

そこは現代における地球温暖化や環境汚染などとは無縁の世界である。登場人物は理解しがたく、予想もできない自然の変化と苦闘するしかなかった。

〜〜〜〜〜〜〜
N.B. シュティフターについては、NET上でもすでに多くのことが記されているので、短い心覚えだけを記す。

シュティフターは1805年、オーストリア領であった南ボヘミアの麻布織物、亜麻の商人の長男として生まれた。信仰に厚く、勉学熱心でベネディクト派の修道院学校を経て1826年ウイーン大学で法学を専攻したが、彼の関心は自然科学から音楽、芸術、文学など幅広い幅広い領域に及んだ。深く広い教養の習得を追求していた。

生計を立てるため、家庭教師となって上流階級との子弟の教師として優れた評価も受けた。宰相メッテルニヒの子息リヒャルトの教師も務めている。シュティフターはこの時期、画家志望でもあり、作品には買い手もついていた。1848年からオーストリア北部のリンツに移住、同地の小学校視学官の任についた。その後、同職に従事しながら小説などの執筆活動を続けた。1853年には今回取り上げている石に因んだ表題を持つ5編からなる作品集『石さまざま』Bunte Steine (2 vols.)を出版。自然への深い畏敬と人間性への希求の念が込められた作品である。1857年には、アルプス山麓に位置する館を舞台にした教養小説 『晩夏』を出版した。最晩年(1865-67年)には12世紀ボヘミアを舞台とした歴史小説『ヴィティコー』Witikoを著した。

私生活ではシュティフター夫妻は子供に恵まれず、二人の養女にも先立たれた。1867年に肝硬変を患い、その苦しみから逃れるため1868年自ら頸部を切り、死去した。

この作家の作品は、オーストリアを主とするドイツ語圏では今日でも読まれているが、英語圏ではほとんど未知に近い存在であり、作品の半数近くは翻訳もない。日本では主要作品について、邦訳が刊行されている。

シュティフターの作品の評価については、『晩夏』について記した時に例示したが、同時代人のヘッペルのように厳しい評価をしたものもいたが、総じてきわめて高い評価が与えられてきた。
〜〜〜〜〜〜〜

ブログ筆者はゆっくりと時間をとって読む作品として、この作家の作品『晩夏』を愛読書の一冊としてきたが、現代の若い世代には退屈でおよそ受けないだろうと思っていた。実際その通りなのだが、『石さまざま』のような短編集については、コロナ禍で在宅、自由な時間が多い時にゆっくりと楽しみながら読むには素晴らしい作品と思える。

自然の威圧の前の人間
実際、シュティフターという作家のことなど今更取り上げる人などいないのではと、思いこんでいた。この作家が今日改めて注目を集め、英語訳も出たのは、シュティフターが舞台としていたオーストリアの自然環境において、予測しがたい自然環境の変化などに対応しようと苦闘していた人々の姿が、今日の世界につながるものがあると思われたからだろう。しかし、彼の時代には地球温暖化などの地球環境、自然現象の激変は、話題にもなっていなかった。およそ予想もできず、推論すら不可能な自然の厳しさに圧倒されながらも、この作家は人間がそれに対抗して生きる道を、小説において模索してきた。

シュティフターは、社会の秩序、個人の忍耐、家族の絆の大切さなどを重視しながらも、実際の小説の主人公はそれに反するようにさまざまな悲惨と心の痛みに苛まれていた。

描かれたものは、牧歌的楽園の中での深い断裂、悲劇的惨事ともいうべき次元であった。シュティフターはこうした世界を初めて作品として取り上げた作家のひとりだった。6編の内で4編は雨霰を伴う嵐、猛吹雪、洪水そして悪疫が背景となっている。

牧歌的楽園と自然の脅威
現代人から見ると、シュティフターの世界は、ロマンティックな時代において破壊的力を持つ自然の突発、誇示が舞台ともいえる。例えば、『水晶』においては二人の幼い兄妹は神の存在を感じ、氷雪吹き荒ぶ情景が一貫してストーリーを支配している。そして、一瞬だけ奇蹟が現れる。

英訳を担当したコールによれば、人間の側面に限っても、シュティフターの世界では、人は自らの行方を予想もできなければ、合理性を見出すこともできなかった。自然の猛威に困惑し、圧倒されながらも、作家の描いた人間は、自らが理解できない環境面での災害に必死に対抗していた。地球温暖化など、まったく考えられてもいなかった時代である。


*2
Bunte Steine (MOTLEY STORIES,『石さまざま』) 目次
CONTENTS:
Translator’s Forward
Preface
Introduction
Granite (Granit 御影石)
Limestone (Kalkstein 石灰岩)
Tourmaline (Turmaline 電気石)
Rock Crystal (Bergkristall 水晶)
Cat-Silver (Katzensilber 白雲母)
Rock Milk (Bergmilch 石乳)


日本語訳として、今日でも入手できるのは、
手塚富雄・藤村宏訳 『水晶 他三篇』岩波文庫、1993年
『シュティフター・コレクション』 (全4巻 所収) 松籟社
のいずれかと思われる。今回、英語版でもアクセスできるようになったことは、英語圏への普及と理解を深める意味で貢献度が大きい。





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