風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

ひとめぼれ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第169話)

2013年04月20日 06時54分50秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 若い頃はしょっちゅう一目惚れしていたような気がする。
 といっても、だれに一目惚れしていたのかもう思い出せないから、ある女の子を見かけた瞬間にビビビッときて「わあ、かわいいなあ。ええなあ」とべた惚れして、しばらくして別の女の子に「めっちゃかわいいやん。もうあかんわ」と君に胸キュン状態になって前にかわいいと思った女の子のことを忘れたりしてと、そんなことを繰り返していたのだろう。まことに軽佻浮薄《けいちょうふはく》な僕でした。許してよ、って誰に言ってるんだか。
 先日、広州のバーで飲んでいたら一目惚れの話になった。
「わたしは一目惚れなんかしたことがないの」
 とAさんは言う。
「人を好きになる時は、その人のことをよーく知ってから、それからだんだん好きになるの」
「ほんとに? 中学生や高校生の頃に格好いいなあと思って、すぐに好きになったりしなかった?」
「なかったわ。今でもそう。わたしは美容師をやっているから、職業柄、ハンサムな美容師さんに出会ったりすることが多いの。でも、美形を見てもなんとも思わないわ。同僚で一目惚れしたりする女の子がいるけど、なんでそうなるのかわからないわ。わたしなんか、美形を見たらかえって怖いと思うもの」
「なんで? 美形がいっぱいいていいじゃない。うらやましいわよ」
 Bさんがびっくりした顔で訊く。
「だって、ハンサムな男の子のまわりにはいっぱい女の子がいるじゃない。みんな好きだから、追いかけるでしょ。男の子は遊びまくるでしょ」
 Aさんはとんでもないというふうに首を振った。
「ハンサムな人でも誠実な人っていると思うけどなあ。そりゃ、格好良かったらもてるけどさ、浮気するかどうかなんてその人によるんじゃない?」
 僕が言っても、
「安心感がないのよ」
 とやっぱりAさんは首を振る。
「一目惚れで結婚して幸せに暮す人もいるし、一目惚れも縁じゃないの?」
 Bさんがそう言っても、彼女は「安心感がない」と繰り返すだけで納得しなかった。
 裏を返せば、それだけ人に対する警戒心が強くて嫉妬深いということなんだろうな。Aさんのように考える中国人の女の子はわりあい多いのだけど。Aさんの場合は、恋のときめきよりも、その人に愛されているという安心感を重視するといったところなのだろう。
 ともあれ、一目惚れにせよ、だんだん好きになるにせよ、結果オーライ。しあわせになれたら、どちらでもいいのだと思う。とはいっても、一日だけでいいから一目惚れしていた頃の自分に戻ってみたい気がしないでもない。やみくもに恋をするのも、けっこう素敵だったから。





(2012年4月12日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第169話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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