風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

ひとの人生を勝手に決めてはいけませんっ!(『ゆっくりゆうやけ』第275話)

2015年01月30日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 アニメちゃんが僕のアシスタントをしていた頃の話。アニメちゃんは日本語が上手な広東人の女の子だ。
「野鶴さん、大変ですぅ」
 アニメちゃんから電話があった。
「えっ、どうしたの?」
 大変と言われて僕はどきりとしてしまった。僕はてっきりまたトラブルが発生したのかと思った。中国ではごく当たり前にトラブルが起きる。大陸気質の中国人はおおらかすぎて、日本人みたいにトラブルが起きないようにしようと神経質になったりしないから。
「さっき総務の人から書類をもらいましたぁ」
「なんだ。びっくりするじゃないか。なんの書類なの?」
 トラブルじゃないとわかって僕はほっと胸をなでおろした。
「労働契約延長の意思確認書ですぅ。総務の人は今日中にサインして出してくださいって言ってますぅ。野鶴さんはいつ会社へ戻りますか?」
 労働契約更新の時期だった。今勤めているところは基本的に重大な過失がない限り契約を延長してくれる。ただ、もちろん、会社はその前に従業員にその意思を確認する。意思確認書にサインしてから契約更新手続きへ進むことになっている。
「困るなあ。今日はこれからお客さんの訪問が二件あって会社へは戻れないよ。事務所へ戻ったとしても早くて夜の七時半くらいになっちゃうよ。そんな遅い時間だったら総務の人も帰ってるだろ」
 中国ではありがちなのだけど、その日に書類が回ってきて、その日のうちに提出せよという。お尻に火がつかないと仕事をしないのが中国流だ。きっと総務の担当者は「あ、やばい、今日中に意思確認書を集めなくっちゃ」と朝気づいて、各部署へ書類を渡したのだろう。そんな大事な書類は前もって渡してくれないと困るのだけど。考える時間が欲しい人だっているだろうし。
「アニメちゃん、明日の朝、サインして渡すって総務の人に言っておいてよ」
 僕が言うと、
「でもでもぉ、総務の人は今日中に提出するようにって言ってますぅ」
 とアニメちゃんは困った声を出す。
「これからお客さんと打ち合わせだから、後でまた電話するよ」
 僕は電話を切った。
 中国の会社は総務や財務の権限がやたらと強い。アニメちゃんもそうだったけど、中国人のスタッフはみな総務や財務に対しては腰が低い。なんでも、中国流の考えでは総務や財務は会社全体を管理する部署だから地位が高いのだとか。それで同じ一般職員でも総務や財務のほうが格上になるのだそうだ。そのあたりは日本とは考え方が違う。日本でも会社によってどの部署が強いのかは様々なのだろうけど。
「どうだった? あの書類だけどさ、明日の朝でいいだろ」
 顧客訪問を終えて僕は移動の合間にアニメちゃんへ電話を掛けた。
「もう大丈夫ですぅ。野鶴さん安心してください」
 アニメちゃんは明るい声をしていた。
「わかった。ありがとう。明日の朝いちばんでサインするよ」
「サインしなくてもいいですぅ。もう意思確認書は提出しましたぁ」
「えっ? 僕はまだなにも書いていないけど。書類に目も通していないし」
「わたしが野鶴さんの代わりにサインして出しておきましたぁ」
「ええっ! あなたが僕の名前をサインしたの?!」
 僕は声が裏返りそうになった。
「そうですぅ。野鶴さんは来年もこの会社で働きま~す」
 アニメちゃんは僕の翌年の勤務先を高らかに宣言する。楽しそうだ。
「あのなあ、ひとの人生を勝手に決めるんじゃないよっ」
「でもでもぉ、総務の人は今日中に提出しなければ労働契約は延長できないと言っていましたぁ」
「僕の書類なんだから、僕が自分でサインしないとおかしいだろ」
「野鶴さんが社員じゃなくなったら困るじゃないですかぁ。わたしたちはどうすればいいんですか」
 ――やれやれ。さっきアニメちゃんが「安心してください」と言ったのは自分が安心したという意味なんだな。そりゃ、上司が代わるってなったら不安だろうけどさ。
 僕は心のなかで思った。
「僕のかわりなんていくらでもいるよ。延長できないんだったら、僕はまた放浪の旅に出るよ」
「困りますぅ。それに総務の人が、野鶴さんが事務所へ戻れないのならアニメが代わりにサインして提出しなさいって言ったんですよぉ」
「総務がそう言ったのか。まったく」
 もともとサインするつもりだったからかまわないのだけど、それにしても僕の意思を確認するくらいのことはしてくれていいだろう。勝手に延長するものと決めてかかってサインしてしまうなんてひどすぎる。それがおかしいことだと思わないのも中国流なのだけど。そもそも他人の名前をサインしたら、そんな書類は無効じゃないか。
 中国で働いてみて、日本では経験できないことをいろいろ味わった。中国人には逆立ちしても勝てない。勝てないというのは、アンコントローラブルという意味だ。今となってはいい思い出だけどさ。
 

(2013年12月9日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第275話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


存在論的な治癒(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第272話)

2015年01月28日 15時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 小説を読むのも、小説を書くのも、自分という存在を治癒するためにやっていることなのだろうなという気がする。
 物語を読むこと、そして、それだけでは物足りないから、自分でもつたない物語を綴り、そうしてなんとか自分の魂をなにかにフィットさせようとしているのだろう。面白い小説を読めば、自分の心が洗われたり、こんな考え方もあったのかと気づかされたり、深く考えさせられたりする。小説を書けば、どうやって文章にすればいいのだろうと考えているうちに、自分の考えがまとまってくる。自分なりにうまく書けたなと思うときは、心がすっきりする。
 日常生活のなかでは、生活の糧を得るために、あるいは己の欲望を満たすために日々躓く。自分ではごくありきたりに生きているつもりでも、自分の心に深く問いかけてみれば、ささいな悪や罪を積み重ねている。「すべては金のため」だとか「楽しければそれでいい」などと割り切れば楽なのかもしれないけど、そうもいかない。若いうちはそれでもいいのだけれど、そんなふうな考えを長年続けていると、そのうち心が狂ってしまう。そんな人を何人も見てきた。なんの考えもなしに流されてしまうと、どうしてもそうなってしまうものなのかもしれない。悲しいことだと思う。やはり、人間として生かされてあるのだから、人間性を捨てるわけにはいかない。
 小説を読んだり書いたりして、傷ついた心をなだめ、心に沁みこんだ毒を抜き、心が狂ってしまわないようにしているのだろう。読書も執筆も、存在論的な治癒行為なのだろう。



(2013年11月30日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第272話として投稿しました。
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白酒(バイジュウ)怖い(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第271話)

2015年01月27日 09時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国の白酒(バイジュウ)はアルコール度数が五十度を越える。
 蒸留酒なので作り方は日本の焼酎とだいたい同じなのだけど、白酒は独特の甘い香りがする。
 ひと口に白酒といってもピンきりなのだけど、高い白酒は口当たりがよくておいしい。もっとも僕は酒に弱いのであんまり飲めないのだけど。おちょこで何杯か飲んでいるうちに、急に眠気が襲ってきてダウンしてしまう。記憶が飛んでしまい、どうやって帰ったのかわからないことも何度かあった。タクシーに道端で何度も止まってもらい何度も吐きながらほうほうのていで帰ったこともある。
 普段、白酒ばかり飲んでいる中国人に日本酒や日本の焼酎をお土産にして渡してもあまり喜ばれない。彼らにしてみれば度数が低すぎて酒を飲んでいる気分がしないのだ。
 ところでちょっと怖い話を聞いた。
 なんでも、中国に住んでいる日本人の死因の約四〇%はこの白酒が原因なのだとか。
 中国人の宴会に参加すれば、決まって白酒の乾杯が始まる。文字通り一気に杯を干す。お猪口でやるのが基本だけど、これが延々と続くものだから、白酒を飲み慣れない日本人は急性アルコール中毒になってやられてしまうのだ。お酒の強い人は平気だろうし白酒で大いに楽しめばいいのだけど、お酒に弱い人は気をつけたほうがいいかもしれない。
 白酒(バイジュウ)怖い。


(2013年11月21日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第271話として投稿しました。
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一人っ子政策について(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第269話)

2015年01月23日 08時45分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国は子供を一人しか産んではいけないという一人っ子政策をとっている。これは一九七九年から始まった。
 ただし、中国の全夫婦が一人しか子供を持てないというわけではない。一人っ子政策は基本的に都会に限られていて、農村では二人産んでもいい。また、少数民族のなかには三人まで認められている民族や対象外の民族もある。
 都会の子はだいたい一人っ子なのだけど、とはいえ、漢族でも三人以上兄弟がいる人もけっこういたりする。たとえば、初代アシスタントのアニメちゃんは四人兄弟の二番目だし、二代目アシスタントのおっとりちゃんは三人兄弟の真ん中だ。
 規定以上の子供を戸籍に登録しようとすれば高額の罰金を取られる。おっとりちゃんの地元ではもし今三人目の子供を戸籍登録しようとすれば四万元(約六十五万円)の罰金だそうだ。それでも子供が多いほうがいいから、農村では高額な罰金を払ってでもたくさん子供を作る夫婦がわりといるのだとか。
 ただ、親が戸籍登録しない子供もたくさんいて、そんな子供はもちろん学校へ行くことができない。戸籍登録していない子供は「黒子(孩子)」と呼ばれ、社会問題にもなっている。一説によると中国では戸籍登録していない人が二億人以上いるのだとか。二億人といえば日本の総人口よりはるかに多い。さすが中国、二億人も戸籍登録していないなんてスケールが桁違いに大きいというべきか。
 黒子の問題があるとはいえ、それでも一人っ子政策を三十年以上続けたおかげで中国の人口増加はずいぶん抑制できた。一人っ子政策を実施しなければ今頃とっくに二十億人近くになっていたかもしれない。
 ただし、一人っ子政策の副作用として、人口ピラミッドの構成がとてもいびつになってしまった。高齢化が日本以上に急速に進み、老人の比率がどんどん高くなっている。また、子供の数が減ったために数年先には労働人口が減少し始めるという説もある。いずれにしても少ない人数で高齢者の生活を支えなければいけなくなるので現役世代の負担が大きくなってしまう。高齢化と労働人口の減少は中国にとっては大きな課題だ。
 そこで政府は一人っ子政策の規制を緩和し始めた。今までも段階的に緩和されてきたのだけど、今年あたりから夫婦のどちらかが一人っ子だった場合、子供が二人持てるようになるようだ。二人目を産む都会の夫婦が増えるだろう。
 もっとも、正式の統計で十三億人(二〇一〇年)、黒子を合わせれば十五億人いるだろうと言われている中国の人口そのものが膨大すぎる。たとえ中国の人口が半分に減ったとしてもまだ七億人以上いるわけだから、もうしばらく一人っ子政策を続けてもよさそうな気もするのだが。




(2013年11月16日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第269話として投稿しました。
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厄除けの赤い下着(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第267話)

2015年01月21日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 中国では自分の干支の年が厄年となる。
 どういう理屈でそうなるのかはわからないけど、十二歳、二十四歳、三十六歳、四十八歳、六十歳、七十二歳――と厄年が巡ってくることになる。
 一部の人は赤い下着をつけると厄除けになると信じていて、厄年の間はずっと赤い下着を着用している。ただし、三百六十五日毎日、赤い下着を着続けなればならない。一度でもほかの色の下着を着れば、ほかの色にしたとたんに悪霊が襲ってきて、厄除けの意味がなくなってしまうのだそうだ。恐ろしい。中国のスーパーには真っ赤な下着がわりと置いてあるから、けっこう売れているんだろうな。
 でも、よく考えてみれば、自分の干支が厄年だということは、生まれた年も厄年だ。生まれてきたことがそもそも厄なのか?




(2013年11月9日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第267話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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上海散策 ~豫園の雑貨市場

2015年01月18日 19時52分54秒 | フォト日記

 豫園のすぐそばにある雑貨市場へ行ってきた。


 

 上海名物の小籠包。下の小皿にはお酢に千切りにした生姜をのせてある。小籠包をこれにつけて食べる。


 

 これも名物のスープ籠包。なかにはアツアツのスープが入っていて、ストローで飲む。


 

 雑貨市場の表。
 春節用の飾りがたくさん売ってあった。

 

 

 


 

 雑貨市場のなか。買い物客でにぎわっていた。
 文房具、生活雑貨、置物などの店が多い。


 


 

 白い壁の向こうが観光名所の豫園。

上海散策 ~田子坊

2015年01月12日 21時48分05秒 | フォト日記

 上海の田子坊へ行ってきた。
 古い上海の横丁とのことだが、ご覧のとおり若い人が集まる観光地になっている。

 狭い路地はお祭りの時みたいに人でいっぱいだった。
 横町にはレストランや民芸品の店がならんでいた。

 

 

 

 

 すこし外れの路地だけ生活感があった。ほかのところでも探せばこんな古い路地は残っているのだけど。


 

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