風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

空飛ぶクジラはやさしく唄う 第15話

2012年07月29日 20時13分06秒 | 恋愛小説『空飛ぶクジラはやさしく唄う』
 負けられない


「たすけて」
 携帯電話の液晶パネルに遥からの文字が浮かんでいる。
 教室を飛び出した僕は階段へ出て電話をかけた。
 ノイズが火花のように散り、コールがつながる。
「遥。なにがあったの?」
 電話の向こうでレールの軋みが響いていた。
「あの人がね――。学校へ――」
 遥は途切れとぎれに言う。
「お父さんが遥の学校へきたの?」
「むりやりわたしを――」
 遥の声をかき消すようにして、次は飯田橋と告げる車掌のアナウンスが流れた。
「もっと大きな声でしゃべって。今、一人なの?」
「そうよ。逃げてきたの」
「新宿へ出てこられる?」
「新宿? この電車はどこへ行くのかしら」
「さっき飯田橋って聞こえたんだけどさ、何線に乗っているの?」
「お堀が見えるわ。――中央線だと思う」
「JRの黄色い電車だね」
「たぶん」
「次の駅で方向を確かめてみて。反対方向だったら乗り換えてよ」
「わかったわ」
「大丈夫だから、心配しないで」
 僕は教室へ戻り、かばんを取った。ちょうど第二外国語のロシア語の語学教師が教壇へあがったところだったので、先生に家族が大変だから欠席すると断った。僕があまりにも勢いこんで話したせいか、教師は驚いた顔をしていたけど、かまわずにそのまま教室を後にした。
 新宿駅新南口の自動券売機の前に遥が立っている。蒼ざめた顔をした遥はあごを心持ちあげ、迷子になった子供が自分がどこにいるのかわからず怯えるように、焦点の合わない目でどこかを見ていた。
 僕は駆け寄り、遥を抱きすくめた。だけど、遥は呆然と突っ立ったまま、僕を抱き返そうとしない。後悔の念が胸を締めつける。昨日、きちんと話しておくべきだった。
 遥を連れて近くの喫茶店へ入った。レンガ造りのシックな内装だ。片隅にグランドピアノと小さなアンプが置いてある。レジの後ろの棚にはレコードのジャケットがずらりと並び、レコードプレーヤーのうえで黒光りするLPレコードが回っていた。スピーカーから村下孝蔵の『とまりぎ』が流れ、ゆったり店をつつんでいる。僕が生まれるずっと前に作られたせつない歌だった。
 壁際の席に坐り、レモンティーをふたつ注文した。
 遥は、息をつめてお冷のコップを見つめる。目の縁が真っ赤だ。ずいぶん泣きはらしたようだった。
「ごめんね、遥」
 僕は言った。遥はハンカチで鼻をこすった。
「どうしてゆうちゃんが謝るの?」
「実はさ――」
 僕は、昨日の朝、遥の父親が僕たちの家へきたことを話した。それから、夕べ近所の児童公園でまた彼と話をしたことも告げた。遥の瞳から涙がこぼれる。
「今晩、遥に話そうと思っていたんだけど――」
 僕はため息をつき、悔し紛れに膝を叩いた。
「ゆうちゃんは悪くないわ。わたしをかばってくれたのね。――ありがとう」
 遥は、手にしたハンカチを握りしめる。
「そんなの当たり前だよ。ほんとにごめん」
「謝らないで。ゆうちゃんは、わたしのためにがんばってくれたのよ。わたしの気持ちをわかってくれるのは、ゆうちゃんだけだもの」
 遥はしんみり言った。遥はどれだけ傷ついただろう。僕は悲しかった。ふたりとも黙りこんだところへウェイトレスがきて、白いカップをさりげなく置いていった。
「いつ遥のお父さんが学校へきたの?」
 僕はようやくのことで訊いた。
「お昼にバイトをあがって図書館を出たら、出口のところであの人が待ち伏せしていたのよ。どうしてわかったのかしら?」
「大学に伝《つて》があるそうだから、大学の関係者に聞き出したんだろうね」
「あの人は話があるっていうんだけど、帰ってくださいっていって無視して歩き出したの。昔のことなんて思い出したくもないし、かかわりあいにもなりたくもないから。だけど、あの人は追いかけてきて、どうしても聞いてほしいってひつこく食い下がるのよ。
 門を出たところで、あの人はわたしの腕をつかんだわ。怖かった。あの人はかんかんになっていて、わたしが小さかった頃、お母さんをなじっていたのとおんなじ表情なの。あれから十何年も経つのに、ぜんぜん変わっていないのね。わたしは振りほどこうとしたんだけど、手首をがっちり握られて逃げられなかった」
 遥はレモンティーを飲もうとしてカップを手にしたのだけど、手が震えてうまく持てなかった。紅茶が波立ち、こぼれそうになる。
「むりやりタクシーへ押しこめられたわ。どこへ連れて行かれるんだろうって気が動転しちゃった。運転手さんにとめてくださいってなんどもお願いしたんだけど、あの人は娘と話をするだけだからっていって誤魔化してしまうのよ。運転手さんはあの人の話を信じちゃったみたい。わたしも年頃の娘がいるからお父さんの気持ちはよくわかりますよなんていって、お嬢さんもお父さんの話くらい聞いてあげたらどうですかってわたしを諭すの。お父さんてものは娘がかわいくてしかたないんだからって。たぶん、ごくふつうの家の、ごくふつうの愛情をもったお父さんなのね。壊れた家庭のことなんて、わからないのよ。
 あの人は自分のところへおいでってひつこく誘ってきたわ。お母さんのところから籍を抜いて、自分のほうへ籍を移しなさいってね。就職するにしても、結婚するにしても、鬱病の母親といっしょにいるより、自分といたほうがずっと有利だからって。どうしてあんなことを平気でいえるのか、わからないわ。あの人がお母さんを大切にしてくれたら、こんなことにはならなかったのに。わたしだって、あたりまえにしあわせに過ごしたかった。お母さんだってそうよ。わたしは、昔のことは忘れたいからもう目の前に現れないでってなんどもいったの。
 あの人と口論しているうちに、運転手さんはちょっとへんだなって気づいてくれたみたい。運転手さんは、娘さんの話も聞いてあげなくっちゃ、娘さんももう大人なんだし、いろいろ自分で考えていることもあるんだからって、わたしに助け舟を出してくれたのよ。でも、あの人は逆ギレして運転手さんを叱りつけちゃった。タクシー代は払うから、君は黙って客のいうことを聞いていればいいんだっていってね。運転手さんはむっとして黙りこんじゃった。
 小学生の頃、施設にいたときにあの人が迎えにきたことを思い出したわ。
 あのときは、ちょっぴりうれしかった。施設でお友達もできて、それなりになじんで暮していたんだけど、やっぱりさみしかったもの。
 わたしね、施設へ入ってから万引きの癖がついちゃったの。そんなことはそれまで一度もしたことがなかったし、万引きしようなんて考えたこともなかったんだけど、どういうわけかお店にならんでいる物を取りたくなっちゃうのよ。それでお店の人に見つかって、施設へ連絡が入って、いつも神父さんに怒られていたの。でもね、わたしは神父さんに怒られるのがうれしくてしょうがなかった。神父さんはわたしのためを思って、親身になって真剣にお説教してくれたわ。わたしのことをほんとうに考えてくれる人がいるんだって思ったら、泣けてきちゃうもの。神父さんは忙しい人だから、施設でもめったに見かけないし、話をする機会もあんまりないんだけど、子供が問題を起こしたらいつも自分の仕事は後回しにして、子供とまっすぐ向かい合ってくれたわ。やさしい人だった。ひょっとしたら、わたしは神父さんとお話をして、いっしょに神様に懺悔したかったから、万引きをしていたのかもしれない。
 あの人の家ではお姉ちゃんがやさしくしてくれたし、それはよかったんだけど、お母さんに会わせてもらえなかった。毎日、あの人がお母さんの悪口ばかりいうものだから、つらかったわ。なんだか胸がずきずき痛んで、心が引き千切られそうだった。わたしはお母さんを裏切ってしまったって思って、自分を責めていたの。
 あの人は、タクシーのなかでお母さんの悪口を言い始めたわ。お母さんだって悪いところがあったのかもしれないけど、あんまりよ。一方的過ぎるもの。わたしは息苦しくなっちゃった。
 それでね、運転手さんはバックミラー越しにわたしのことを心配そうにちらちら見ていたんだけど、機転を利かして交番の前でとまってくれたの。クラクションを鳴らしてお巡りさんを呼んでくれて、ややこしい事情のようだから自分には手におえないし、もしかしたら誘拐かもしれないからお客さんの話を聞いてみてくださいよって駐在さんにいってくれたのよ。
 あの人は怒って、あたりかまわず怒鳴り散らしたわ。いつもそうなのよ。ちょっとでも思い通りにならないことがあったら、ぜんぶまわりのせい。自分の言い分をとおすことしか考えていないのよ。お巡りさんも怒ってしまって押し問答になったわ。わたしは、その隙にドアを開けて逃げ出してきたの。あんまり走りすぎたから、胸が破れるかと思った」
 話し終えた遥は今走ってきたかのように胸を大きく上下させ、手で押さえた。店に流れていたレコードはいつのまにかとまっていた。長い髪をした中年の女性がピアノの前に坐り、ショパンの夜想曲を弾き始める。
「とにかく、遥が無事でよかったよ」
 僕はほっと息をついた。
「あの運転手さんのおかげだわ」
「男気のある人でよかったよね」
「もし会えたら、お礼を言いたいわ。――あの人はまたくるかしら」
「たぶん」
「どうしよう」
 遥は消え入りそうな声で言い、心底困ったふうに眉根を寄せた。
「今日のことを警察へ訴えれば、なんとかなるのかな?」
「わからない」
「家へ帰ったらネットで調べてみようか。アメリカだと、ストーカーに被害者の半径何十メートル以内に近づいてはいけないとかっていう判決を出しているらしいけど」
「もしそんな判決が出ても、あの人のことだから無視するにきまっているわ」
「そうかもしれないね。いつでも自分が絶対に正しいって勘違いしているタイプの人間だから。――警察沙汰にしたとしても、遥のお父さんが遥の気持ちを理解しようとしなかったら、ほんとうの解決にはならないよね」
「わたしの話にきちんと耳を傾けてくれるんだったら、話し合うことだってできるかもしれないのに」
「遥のお父さんはごり押しばっかりなんだよな。そうでなかったら、餌で人を釣ろうとするし」
 僕は首を振った。あの男とのやりとりを思い出すと虫唾が走る。
「ごめんね。ゆうちゃんに迷惑をかけてしまって」
「なにを言っているんだよ。そんなことないよ。遥を守るのが僕の仕事なんだから」
「こんなごたごたに巻きこんで、もうしわけないわ」
「だから、そんなことを言わないでよ。ふたりで解決しよう。いいね」
「うん」
 遥は心細そうにうなずく。もしかしたら、遥の父親は一生つきまとい、懸命に生きようとする遥の足を引っ張り続けるのかもしれない。なにか名案があればいいのだけれど。
「でもさ、よくわからないんだけど、自分の娘が嫌がっているのに、どうしてここまで追いかけるんだろう。むりやり誘拐したりしてさ。ひどいよね」
「失ったものはいつまでも心に残るのよ。あの人にとっては、失ったものがいちばん大切なものなのよ。ほんとうに大切なものは、ほかにあるはずなのに」
 うつむいた遥は頬をひっそりさせた。
 父親と一緒に暮していた時、遥は大切にしてもらえなかった。その悲しみは僕にもよくわかる。僕は冷えた紅茶を飲み干した。
 とりあえず、ふたりの部屋へ帰ることにして喫茶店を出た。僕たちにはほかに行くところなど、どこにもなかった。
 電車から眺める東京の風景は、冬枯れた肌寒い色に染まっている。遥が時折、怯えた木の葉のように体を震わせるから、僕は遥の肩を抱き続けた。遥の心の重荷をせめてはんぶんでも背負ってあげられたらと願うけど、これくらいのことしか僕にはしてあげられない。遥はまた、この間のようにどうにもならないくらいに落ちこんでしまうのだろうか? そう考えると気が気ではなかった。
 部屋へ帰ってからも、遥はしょんぼりしたままだ。ベッドに腰かけてずっと考えこんでいる。
「遥、引越ししようか」
 僕もベッドに腰かけた。
「ここは遥が学校へ通うのもちょっと不便だし、台所も狭いしね。それに、遥のお父さんはここを知っているから、またやってくるかもしれない。ちょうどいい機会だから、遥の学校と僕の学校との中間くらいのところで部屋を探そうよ」
「そうね」
 遥は気のない返事をする。今日の出来事ばかりを考え、心ここにあらずといった様子だった。一度落ちこむとそのことばかり考え続ける遥の悪い癖が出ていた。
「考えておいてよ。僕は、遥と一緒ならどこに住んでもかまわないから。それから、今日のことはあんまり考えないことにしようよ。考えるなって言ってもむりかもしれないけど、思いつめるはよくないよ」
 遥はなにも答えず、ぽろぽろ涙を流す。僕はやりきれなかった。あの男は、こんなふうに遥を苦しめて、いったいなにを考えているのだろう。
 昨夜のカレーの残りを温め、ふたりで食べた。今日は全部やるからといって夕飯の支度も後片付けも僕がすませた。
 食事が終わった後も、遥はやはりベッドに腰かけて考えこんでいる。そっとしておいてほしいようなので、僕は机に向かってロシア語の勉強をした。
 夜の十一時をまわった。
 しんと冷えた夜だった。
 こんなに遅くなら、遥の父親もさすがにやってこないだろうと思い、小腹の空いた僕は近所の弁当屋へ焼き鳥を買いに行くことにした。いっしょに出かけようかと誘ってみたけど、遥は黙って首を振るだけだ。明日か明後日あたりにでも、遥の気持ちがすこし落ち着いたところで引越しの話をしよう。いつ父親が現れるのかとびくびくしながら暮らすのは、遥にとっても僕にとっても決していいことではない。新しい場所で新しい気分になれば、元気になってくれるかもしれない。できるだけ早いほうがいいだろう。
 スニーカーを履いてドアを引いた瞬間、黒い影がなだれこんできた。僕は突き飛ばされ、壁で頭をしたたか打った。
 遥が悲鳴をあげる。
 はっとして振り向くと、遥の父親が、
「お父さんといっしょに行こう」
 とわめきながら、遥の腕を引っ張っていた。男の目は吊りあがり、凄まじい形相をしている。人攫いの鬼だった。
「なにをするんだ」
 僕は土足のまま部屋へ駆けこみ、彼へ飛びかかった。
「遥、早くきなさい。お前の将来のことを考えたら、お父さんといるのがいちばんなんだ」
 遥の父親は遥を放そうとしない。僕は力任せに彼の腕を殴った。遥の腕が離れ、遥は床へ倒れこむ。遥に襲いかかろうとした男のアキレス腱をスニーカーで思いきり踏みつけ、うずくまった彼を廊下へひきずりだした。
「遥、一一〇番して」
 僕は叫んだ。
「娘を返せ」
 怒り狂った遥の父親は僕の首を絞める。
 悔しくてしょうがない。せっかく幸せになろうとしているのに、これではなにもかもぶち壊しだ。このまま負けたのでは、今までなんのためにがんばってきたのかわからない。
「ふざけんな」
 僕は男の腕を振りほどいた。頭突きを喰らわせ、廊下の端まで押し出す。僕は、がむしゃらに男を押しまくることしか考えていなかった。遥には近づけさせない。
 突然、相手が軽くなる。
 そのまま階段を転げ落ちた。
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親知らず、痛む(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第118話)

2012年07月27日 07時35分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 親知らずが痛んで眠れない。
 考えてみれば、最近、無意識のうちに頰を手で押さえていることがよくあった。無意識のうちにかばおうとしていたのだろうか。痛いと感じたことはなかったのだけど。
 以前、昆明で大学病院の歯科へ行ったことがあった。日本のように番号順に呼ばれるわけではないから、みんなデンタルベッドの脇に行列を作る。もちろん、歯科医は治療しているので、行列しながら他人の治療を見ている。デンタルベッドのうえで治療を受ける時は、たえず順番待ちの人の視線を感じることになる。早く終わって自分の順番がきてくれないかなあという気配を感じる。僕もそう思いながら人様の治療を見ていたからおたがいさまなのだけど。
 町の歯科診療所は美容院みたいなガラス張りで、外から丸見えの場合が多い。入るのはちょっと勇気がいる。偏見なのは自分でもわかっているのだけど、こんなのでほんとに大丈夫かなあとどうしても思ってしまう。
 広州の場合、外国人向けの高級歯科診療所もある。技術はたしかなのだろうけど、べらぼうな治療費を請求されそうだ。保険が利かないから治療費はそっくりそのまま支払わなければならない。どうしたものかと悩んでしまう。親知らずを抜くだけだから、町の診療所で十分だとは思うのだけど。
 ところで、親知らずのことを英語では“wisdom tooth”と呼ぶそうだ。智慧のある歯なら、斜めになんかならずにもう少し考えて生えてくれよな。頼むよ。




(2011年8月1日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第118話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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広州散策 ~沙面から4

2012年07月22日 13時01分44秒 | フォト日記

 広州の異人館・沙面の写真の続き。
 沙面はもともとは珠江の砂洲だったところ。宋代から外国人が集まり中国と外国との通商の場となっていたが、第二次アヘン戦争の後1861年英仏租界となった。今でも数カ国の領事館がある。







 沙面のなかには榕樹がたくさん植わっている。亜熱帯らしい風景。




 洗濯物が干してあったりして、案外生活感がある。








 沙面をとりまく堀。




 沙面から珠江を望む。


 『広州散策 ~沙面から』シリーズは以上で終了です。





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ロシア人が抱いた永谷園のお茶漬けのりとの松茸の吸い物の感想について(『ゆっくりゆうやけ』第117話)

2012年07月19日 23時34分39秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 ロシアへ行って、ロシア人の知人を訪ねたことがあった。お土産は永谷園のお茶漬けのりと松茸の吸い物。
 ごはんがあるわけでもないのに、彼はさっそくお茶漬けのりの封を切り、
「海の香りがする」
 と言って喜んだ。大陸の人なので、却って海の匂いに敏感なのかもしれない。僕自身は幼い頃からお茶漬けのりが大好きだけど、海の匂いがするとは一度も思ったことはなかった。
「日本人は魚の香りがする」
 とも、彼は言った。
 ロシア人から見れば、そんな匂いがするらしい。日本人は、自分たちがそんな匂いがするとは思いもよらないけど、いろんな感じ方があるものだ。
 彼は永谷園の松茸の吸い物の大ファンでもあった。
 八袋くらい持っていったら、
「おお、こんなにいっぱい」
 と、彼は無邪気に感激していた。さっそくカップを二つ取り出し、
「野鶴さんも一緒に飲もうよ」
 と僕に勧める。
「僕はいつでも飲めるからいいよ。お土産に持ってきたんだから君が飲んでくれよ」
 と言っても彼は聞かない。彼はさっさと二人分の松茸の吸い物を作ってしまった。断るのもなんなので、いっしょに松茸の吸い物をすすった。
「おいしいねえ。なんともいえない香りだよ。わくわくする」
 彼は大満足の様子で、もう一杯飲みたいと言う。もう一杯飲んだら、
「もっと飲みたいねえ」
 と言う。とめられない感じだったので、僕も付き合い、結局、二人で八袋分を全部飲んでしまった。
 どうやら、彼は永谷園の松茸の吸い物に日本のエキゾチックさを感じたらしい。
 僕としては、インスタントの松茸の吸い物で大感激してくれて嬉しかったのだけど。




(2011年7月27日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第117話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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広州のメイドカフェへ行ってきた

2012年07月16日 07時14分25秒 | フォト日記






 広東省広州にもメイドカフェがあるというので行ってきた。
 たどりついたのは、中心地の幹線道路沿いにあるホテルの六階。もちろん、一人では行けないから日本人の知人に連れて行ってもらった。ちなみに、二人とも日本のメイドカフェへは行ったことがない。
「なんだか怪しいよなあ。変なサービスをするところじゃないよね」
 なんでメイドカフェがホテルのなかにあるのかと僕は訝ってしまった。
「ほんもののメイドカフェという噂だったよ」
 知人はすましている。
 エレベーターをおりてすぐメイドカフェを見つけた。薄暗いバーみたいな作りだ。いるいる。メイドがいる。
「いらっしゃいませ」
 かわいいメイドが日本語で挨拶する。
「ん?」
 メイド喫茶では、メイドが「お帰りなさいませ」と言って「ご主人様」を出迎えるのではなかったっけ? まあいいや。ここは中国だからしかたない。細かいことは言わずに大目に見よう。
 小さな店だけど、なかのテーブルはほとんど埋まっている。中国人ばかりだ。とくにアニメファンが集まっているというわけではなく、大半はごく普通の人のようだった。店の壁には、欧米の超B級特撮映画をプロジェクターで放映していた。
 メニューを開けると、『天使のココア』『悪魔のココア』『気まぐれメイドの特製ジュース』といったメニューが並んでいる。『メイドがお絵かきしたオムライス』というものもある。たぶん、「おいしくなあれ」とか言いながら、ケチャップで絵を描いてくれるんだろうな。
「『天使のココア』と『悪魔のココア』はどう違うの?」
 さっそく、僕はメイドさんをつかまえて質問した。なかなかきれいな顔立ちのメイドさんだった。
「『天使のココア』は白くて、『悪魔のココア』は黒い」
 アニメ声の日本語で返事が返ってくる。
「ふーん。それじゃ、『気まぐれメイドの特製ジュース』は?」
「飲める」
 あまりにも彼女が真剣に答えるので、僕は思わず笑ってしまった。
「だから、どんなジュースなの?」
「ふつうのジュースだよ。フルーツとか、ココアとか、ジュースとか入っているんだ。おいしいよ」
「なるほど」
 僕はそう言うしかない。メイドさんもどんなジュースなのかあまりわかっていないようだ。僕は思わずフルーツとココアをスプライトで割ったジュースを想像してしまった。
「それじゃ、『気まぐれメイドの特製ジュース』を頼むよ」
「はい、ご主人様」
 メイドはかわいらしくスカートの両端を持ってお辞儀する。メイド特製ジュースの説明は支離滅裂だったけど、それ以外はけっこう流暢なアニメ言葉で話すのでどこで日本語を勉強したのかと聞いてみたら、学校には通わずに自分で勉強したという答えが返ってきた。独学でこれだけ話せるのならたいしたものだ。
「何歳なの?」
 僕が訊くと、メイドは途惑う。日本だと年齢なんて訊けないけど、中国ではわりと気軽に尋ねることができる。
「二十歳……」
 彼女は手で口許を押さえてうふふと笑う。
 そういうことにしておきますか。
 小柄で可愛らしいメイドがジュースを持ってきてくれた。『気まぐれメイドの特製ジュース』はごくふつうのライチジュースだった。まあまあおいしい。
「写真を撮るのはお金が要るの?」
 せっかくだからメイドさんの写真を撮りたいと思って、ジュースを持ってきてくれたメイドさんに日本語で質問してみると、彼女は愛らしい目をくりくりさせる。どうも日本語が聞き取れなかったようなので、中国語に切り換えてもう一度質問した。
 メイドさんといっしょに撮影すると五元だけど、メイドさんだけを写真に撮るのは無料なのだとか。さっそく写真を撮らせてもらおうとすると、どんなポーズがいいのかと訊いてくる。僕はどんなポーズがあるのかよくわからないので、あなたのいちばん好きなポーズにしてよと言うと、手でハートマークを作ってくれた。かわいいっ。
 なんでも彼女は昨日からこの店で働き始めたばかりなのだとか。一生懸命あちらこちらのテーブルへ行き、接客に励んでいる。メイドらしく振る舞おうとしている姿が初々しくてよかった。
 さっきも書いたように客のほとんどはふつうの人なのだけど、一人だけ制服のコスプレをした女の子がいたので、
「それはなんのキャラクターのコスプレなの?」
 と話しかけてみた。
「キャラクターはないの。ただの制服よ」
「自分で作ったの?」
「服なんて作れないわ。ネットで買ったの」
 制服の彼女はけらけら笑う。
 その格好でずっと街を歩いてきたのかと尋ねると、今日、広州でアニメ祭りがあったから、それでコスプレをしてその会場へ行ってきたのだと言う。そんなものが広州にあったとは知らなかった。なんでも会場は人で埋まっていて、牛みたいにゆっくりとしか歩けないのだとか。盛況だったようだ。
「行くのなら明日が最後よ。明日で終わってしまうの」
 せきこむようにして制服の彼女はしゃべり、チケットを見せてくれた。明日もアニメ祭りへ行くつもりなんだろう。
 勘定を払って外へ出ると日本語の上手なメイドさんと新人のメイドさんが店の外へ出て見送ってくれた。
「いってらっしゃいませ。ご主人様っ」
 帰りはちゃんと「いってらっしゃいませ」と言っている。
「またくるよ」
 僕と知人は手を振ってエレベーターに乗った。
 日本のメイドカフェを知らないから本物と比べてどれくらいのできばえなのかはわからないけど、ともあれメイドさんの写真も撮れたし、いろいろおしゃべりできて楽しかった。
 次に行く時は、『メイドがお絵かきしたオムライス』を頼んでみようかな。




 この稿は「小説家になろう」サイトにて、連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第188話として発表しました。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/188/
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広州散策 ~沙面から3

2012年07月14日 13時03分26秒 | フォト日記

 広東省広州の沙面にある異人館の写真のつづき。

 



 右下の客車はレストランになっている。







 カフェテラス。


 






 風に吹かれながらぼんやり外を眺めていると心地良かった。



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空飛ぶクジラはやさしく唄う 第14話

2012年07月12日 08時15分15秒 | 恋愛小説『空飛ぶクジラはやさしく唄う』

 あなたが変わらなければ、なにも変わらない


 僕は公園へ足を踏み入れた。
 遠くで犬が吠えている。
 ベンチへ近づいて人影を確かめると、やはり遥の父親だった。彼はかがみこむようにして足元の砂を見つめ、いらだたしげに貧乏ゆすりをしている。
「まだいたんですか」
 僕は声をかけた。
「また会ったね。瀬戸君――だったかな」
 男は顔を上げ、作り笑いを浮かべた。まったくなじめない下卑た笑顔だった。相手の大切なものを掠め取って自分の欲求を満足させたいと顔に書いてある。ほかの人間にはそんな愛想笑いが通じるのかもしれないけど、僕には通じない。通じさせない。
「遥のことはあきらめてください」僕は言った。
「さっき君たちのマンションまで行ったら、ちょうど宅配便がいてね、ドアの陰に君の姿が見えたから引き返してきたんだ。君を説得しないことには、遥と話もできないからね」
 顔は尻尾を振る犬のように笑っているけど、目は底冷えのする擦り切れたまなざしだった。
「僕たちの家へきてもらっては困ります。それに、説得なんてむだですよ」
「私を切り捨てないでほしいな」
 彼は、憐れみを誘うように首をすくめる。どこまでも計算高い男だ。人をなめてかかるにもほどがある。
「あなたが遥のお母さんを切り捨てたことがすべての原因ですよ」
「あの子が母親といっしょに暮したがって、家庭裁判所もそれを認めてしまったんだよ。遥の母親に子供の養育能力がないことをいくら言っても理解してもらえかった。遥を取られてしまった」
 男は都合の悪いところには触れず、自分の言い分だけを言った。
「遥は自分のお母さんを支えてあげたかったんだと思いますよ。遥の話を聞いているとそんな気がします。子供心にかわいそうだと思っていたんですよ」
「なにがかわいそうだ」
 男は顔をゆがめて吐き捨た。僕はなにも答えず、冷ややかに彼を見下ろした。思わず本性を表に出した男はしくじったという表情を浮かべ、また見え透いた愛想笑いを作った。それが大人の流儀だとでも言いたげに。愛想さえ振りまけば、自分の本心を包み隠せると勘違いして。
「君、坐ったらどうだ。立っていられると、どうも話しにくくてね」
「このままでいいです」
 僕は男の誘いを断った。相手のペースに乗せられるのはごめんだ。僕は僕のペースで話したかった。
「頼む」
 突然、男はベンチを降り、
「この通りだ。遥に会わせてくれ」
 と、地面に額をこすりつける。
「やめてください」
 これも計算のうちだとわかっているから、土下座をされてもなんとも思わなかった。僕は動揺しない。僕がぐらついたら、遥を守れない。
「私と二人っきりで会うのが嫌だと遥が言うのなら、君が立ち会ってくれてもいい」
「立ってください」
「私は遥を取り戻したい。どうか、力になってくれ」
「そんなことはできません。今朝、お話したとおりです」
「君が遥に引き会わせてくれるというのなら、君たちの同棲は認めよう」
「なにを言っているのですか。あなたに認めてもらう必要なんてどこにもありませんよ。あなたは他人です」
「他人なら他人でかまわない。君が遥と私の間を取り持ってくれたら、君たちのことは全面的にバックアップさせてもらう」
「なんですか、それ」
「遥に仕送りもする。君たちだって助かるだろう。君たちの面倒は見させてもらう」
「いりません。僕たちはふたりできちんと暮しています。いちばん困るのは、あなたに出てこられることです。遥が傷つきます」
「私も遥のことはずっと心配している。一日だって忘れたことはない。だから、こうして君にお願いしているんだ」
「心配するというのなら、遥をそっとしておいてあげてください」
「私はもう一度お父さんと呼んで欲しい。父親として認めて欲しいんだ。遥に拒絶されたのでは、人間として失格したと言われているようでつらい」
「失格したんですよ」
 僕ははっきり言った。遥の父親はきっとまなじりをつりあげて僕を睨み、
「これだけ頼んでもわかってくれないのか。人としてどうかと思うがね」
 と言いながら立ち上がった。スラックスについた砂を払ってベンチに坐り直す。彼は、憤りをこらえきれないように鼻を鳴らした。
「人としてどうかと思うのは、あなたのほうだと思いますよ。取引をして僕を抱きこもうとしたでしょう」
 僕は呆れてしまった。彼の理屈では、自分の言うことを聞いてくれない人間はみんな人でなしということになってしまう。
「それのどこが悪いんだ」
「問題は、あなたが遥のことをこれっぽちも考えていないことです。だから、遥を理解しようとせずに、目先の取引に走るんですよ。遥は変わろうとしています。つらいことを乗り越えて強く生きようとしています。自分と戦っているんですよ。昔の話を蒸し返されて足を引っ張られたら、どうにもならないじゃないですか」
「足を引っ張っているのは君のほうだろう」
 男は嫌そうに顔を背ける。
「どうしてですか」
「嫁入り前の娘をたぶらしかして、いっしょに暮しているじゃないか」
「たぶらかしてなんかいません」
「しかし、君の歳で同棲するだなんて、どうかしていると思うがね」
「どうかしているのはあなたのほうですよ」
「私はモラルの問題を言っているんだ。規則を守れない人間が社会へ出て通用すると思っているのかね」
「同棲してはいけないなんてルールはどこにもありません」
「世間の目というものがあるだろう。今は学生だから暢気に構えていられるかもしれないが、君も世間へ出れば厳しい目にさらされるんだ」
 遥の父親は作戦を変えて、僕たちの仲を引き裂こうとするつもりのようだ。僕たちの日々の営みを否定させはしない。
「そうして、あなたみたいに世ずれしてしまうんですね。取引さえすれば、なんでも手に入ると思って」
「大人をからかうのもいい加減にしろっ」
「僕は大真面目に言ったつもりです。あなたは大人ではなくて、小人《しょうじん》です。ほんとうの大人なら遥のことをきちんと考えてあげられるはずですよ」
「だから同棲なんてやめろと言っているんだ。もし妊娠でもしたら、君はいったいどういう責任を取るつもりなんだね」
「その時は働きます。遥と僕たちの子供をきちんと育てます」
「そんなこと、信用できるか。格好いいことだけを言っておいて、逃げる男なんていくらでもいるからな」
「信用できるかどうかは、遥がいちばんよく知っています。僕たちは遊び半分でいっしょに暮しているのではありません。僕の育った家も冷え切った家庭でした。僕たちは、家庭的なぬくもりに飢えているんです。でも、それを親に言ってもはじまりません。だから、ふたりでやさしさを持ち寄って暮しているんですよ。それが僕たちにとって大切なことだからです。人は独りでは生きていかれないから、支えあって生きているんです」
「なにが支えあってだ。乳繰り合っているだけだろ」
「遥も僕も親に家族のぬくもりを与えてもらえませんでしたから、ふたりでそれを作っているんですよ。僕たちはふたりで愛情を育てているんです。あなたには理解できないかもしれませんけど」
「わからないね。破廉恥《はれんち》だ」
「破廉恥なのはあなたのほうでしょう。自分の妻をいじめ抜いて、その挙句の果てに離婚してしまうだなんて。会社で白い目で見られたのも当然です」
「私のことには口を挟まないでほしいな」
「だったら、僕たちのことにも口を挟まないでください。赤の他人ですから」
「君は理屈ばかり言って話にならん」
「いい加減にしてください」
 僕は声を張り上げた。
「わかりました。一つだけ条件を出しましょう」
「なに、条件?」
 遥の父親はずるそうに目を動かし、
「なんだ。はじめからそう言ってくれればいいのに」
 と、にやっと笑った。心根のいやらしさがにじみ出ている。
「今すぐ、遥のお母さんのところへ行って、さっき僕にしたように土下座をして謝ってください。それから、遥のお母さんの愛情と信頼を取り戻して、一緒に仲良く暮してみてください。そうすれば、僕はあなたに会ったほうがいいと遥に勧めますよ。もしかしたら、僕がなにも言わなくても、遥のわだかまりが自然ととけるかもしれません。どうですか?」
「そんなことをできるわけがないだろ。あいつとはもう終わったんだ。君は、人のことも考えずにむちゃばかり言う」
 男は顔を真っ赤にして怒った。
「遥は、あなたとお母さんに仲良くしてほしかったのですよ。それが遥のいちばんの望みだったんです。あなたとお母さんが仲良くすれば、遥も幸せな気持ちになれるんです。むちゃかもしれませんが、間違ったことは言っていないつもりです。あなた自身が変わろうとしなければ、遥に会わせることなんてできません」
「わたしのどこがいけないんだ」
「そこですよ。問題なのはあなたが自分でしたことを反省していないことです。だから、変わることができないんですよ。あなたの傲慢な態度がいちばんの問題なんです。遥に会えるかどうかは、あなた自身が変われるかどうかにかかっているんですよ」
「君みたいな青二才には言われたくないな。君になにがわかるんだ」
「僕はよくわかっています。あなたは自分の都合で遥を振り回そうとしているだけなんですよ」
「振り回してなどいない。あの子のことを思ってのことだ」
「このままのあなたが遥に会えば、遥はまたあなたに傷つけられてしまいます。遥には近づかないでください。僕はこれで失礼します」
 僕は踵を返した。
「君、待ちなさい」
 遥の父は慌てて叫び、
「あの子は私の娘だ」
 と、僕の背中へ言葉を投げつける。
 うんざりだった。
 僕は、振り返りもせずに公園を出た。
 子供は成長するにつれて変わるけど、親は変わらない。子供が変わっても、親が変わらなければ、壊れた親子関係はそのままだ。月日が過ぎて嫌な記憶が薄れ、関係を修復できるような気がすることもあるけど、それは幻想にすぎない。親が変わらなければ、なにも変わらない。また同じことの繰り返しになってしまう。僕は、自分自身の体験で嫌というほど識《し》っていた。
 僕も自分の家でさんざんつらい思いをしたからいろいろ考えたのだけど、結局、僕と遥の両親は、自分の家族を運営するための知識もノウハウも、家族をうまくやっていこうという意識さえもないのだと思う。彼らなりに一生懸命やっているつもりなのだろうけど、なにかが決定的に間違っている。それがすべての問題の根っこにある。その間違いとはたぶん、自分が満足感を得たり、自分の体面を保つために、子供をその道具として扱うことなのだろう。そして、それに気づかない限り、問題はなにも解決しない。親が変わろうとしない限り、親とはできるだけ距離を置いたほうがいい。そんな親なんて、いないことにしておくに越したことはない。同じ問題ばかり際限なく蒸し返されるのは、たまらないから。僕の弟が不登校になった時そうだったように、親は自分の子供がとことん追いつめられて身動きがとれなくなるまで過ちを繰り返す。そこで自分の振る舞いに気づけばまだいいほうだけど、なかなかそうはならない。自分が欲しい解答を出せといって、子供を押しつぶしてしまう。
 遥の父親はなにもわかっていない。わかろうともしない。遥にしてみれば、祟り神みたいなものだろう。
 ワンルームのドアを開けると豆電球だけがついていた。遥はもう眠っていた。明日の朝、遥は大学の図書館でアルバイトがあった。僕は遥を起こさないよう、そっとパジャマに着替えた。
 遥は、安心しきった寝顔で眠っている。明日の晩、きちんと話すことにしよう。
 遥の白い額に口づけ、僕はベッドへもぐりこんだ。




(つづく)
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広州散策 ~沙面から2

2012年07月09日 03時32分33秒 | フォト日記



 沙面のなかには教会がふたつある。結婚式をあげていることもある。














 左のウェディングドレスを着た女性は新郎といっしょに結婚写真を撮っていた。
 沙面で結婚写真を撮影するカップルは多い。あちらこちらで撮影風景にでくわす。




 


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広州散策 ~沙面から1

2012年07月08日 03時06分26秒 | フォト日記


 沙面は第二次アヘン戦争の後に租界となったところ。
 全部で150あまりの洋館があり、広州市内の数少ない観光名所のひとつとなっている。
 休日は多くの人で賑わう。






 この碑文はうえの建物のもの。清朝末期・民国初期建築と書いてある。銀行の建物だったようだ。








 ダンサーなのかモデルなのかわからないけど、撮影していた。
 一つポーズを作って写真を撮るたびに、「ああー」と歓声をあげていた。
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夏バテ払拭のために栄養価の高い食べ物を食べなくてはと思うのだが(『ゆっくりゆうやけ』第115話)

2012年07月07日 08時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 広東の地では夏が始まってから二か月経った。
 亜熱帯の暑さと容赦ない湿気にやられ、夏バテになってしまった。気分はグロッキー。体がだるくてしかたない。この地では、夏はあと三か月も続く。早く「秋」にならないかなあと思う今日この頃。
 とはいえ、だるいとばかり言ってもいられない。やらなければならないことは山ほどある。小説も書かないといけないし、働いて生活の糧も得なくてはならない。女の子と遊びにだって行きたい。栄養のつくようなものを食べてばてた体を元気にしようと思ったのだけど、はたと迷った。
 もうすでに体に栄養はついている。お腹にたっぷり養分がたまっているのだ。これ以上栄養をつけたら、ズボンが入らなくなってしまう。顔にだって養分が十分ついている。これ以上太ったら、崩れかけの顔の線が本格的に崩れてしまう。
 困った。



(2011年7月12日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第115話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/
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