風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

闇夜

2016年11月22日 20時15分15秒 | 詩集

 肌を刺す闇
 なにもかもが凍てつく
 果てしない闇
 伸ばした腕の
 先さえも見えない

 憎しみを
 煽り立てているのは誰?
 強欲のギターをかき鳴らし
 街も
 空も
 海さえも
 毒のメロディーで
 埋めつくそうとするのは

 愛を
 凍えさせているのは誰?
 怨みのマリンバを打ち鳴らし
 夢も
 望みも
 祈りさえも
 黙りこませようと
 腕づくでおさえこむのは

 奪いつくそうとする悪意は
 人々を焼き払う
 働き盛りの男たちは
 戦場に斃れ
 年寄と女は逃げ惑い
 子供たちの骸が
 星のない道に重なり転がる

 傷つけられた者は
 復讐を胸に刻む
 流された温かい血を
 家族の血を
 子供たちの血を
 胸に刻みこむ
 呪詛の刃(やいば)を研ぎ
 それが宿命(さだめ)と思いこむ

  街路樹のさざめき
  カフェテラスの語らい
  小鳥のさえずり
  市場の賑わい
  家族の食卓
  すべては追憶の幻
  愛おしむべき平凡は
  鼻の曲がった醜い堕天使

 肌を刺す闇
 なにもかもが凍てつく
 底なしの無明
 差し出した掌の
 先さえも見えない

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日暮れて道遠し(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第340話)

2016年11月19日 06時30分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 雲南省昆明で語学留学していた時、七十代後半の日本人のおじいさんに出会った。人間のできたあたたかみのある老人だった。
 彼は外国人向けの漢語学習班の初級クラスにいた。僕は彼と同じ教室で発音の基礎から漢語の勉強を始めた。
 実は、おじいさんは僕が入学した半年前から留学を始めていて、初級クラスを受講するのは二回目だという。彼の教科書には書き込みがびっしりとしてあった。受験生でもここまではなかなかしないだろうというくらいの熱心さだった。
 だが、悲しいかなもう記憶力が衰え過ぎていた。暗記ができない歳になったおじいさんは書き込みをしたそばから書いたことを忘れてしまう。簡単な単語も覚えられない。普通ならめげてしまうところだが、それでも彼はよほど体調の悪い時は別として、ほとんど毎日欠かさず真面目に授業に出席した。
「僕が学生だった頃、日本は戦争をしていたから、授業どころじゃなくて毎日芋掘りばかりやらされていたんだよ。いつも腹ペコでつらかった。旧制中学だって、ちゃんと勉強すれば、昔はたいしたものだったんだけどね」
 グランドで立ち話をしていた時、おじいさんはそう言った。
 戦争中は芋掘りに動員され、戦後は生活の糧を得て家族を養うのに精一杯で勉強などろくにできなかった。だから、若い頃にできなかったことを今やり遂げたい。そんな想いが強いのだなと僕は思った。
 冬になり、春節が迫った。半年間の初級コースももうすぐ終わる。先生は総仕上げにと作文の宿題を出した。宿題を提出すると、先生は生徒に一人ずつ発表させた。
「日暮れて道遠し」
 おじいさんの作文のタイトルだ。中国語を習得したいと思ったけれど、思うようには進まない。ゴールに達する前にお迎えがきてしまいそうだ。それでも勉強できてよかったと思う。そんなことが書いてある。聞いていて切なくなったけど、それでも前へ進もうとするところに彼の気骨を感じた。
 おじいさんはそれから一年間、つまり初級コースをもう二回繰り返し日本へ帰った。帰国してからもあちらこちらへ旅行へ出かけ元気に暮らしていたそうだが、数年してお亡くなりになったと風の便りに聞いた。
 彼は今頃あの世で漢語の勉強に励んでいるのだろうか、とふと思い出したりすることがある。



(2015年11月19日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第340話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/

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硬貨ですみません(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第338話)

2016年11月15日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 今はもう少なくなったけど、広東省広州では店員が「硬貨ですみません」と謝りながらコインを渡すことがしばしばあった。
 一角(一元の十分の一の単位)、五角、一元は硬貨と紙幣の両方が流通している。上海では当たり前にコインを使うから紙幣の一元札は少ないけど、今でも広州では一元札のほうが主流だ。広東人の感覚では、コインはおもちゃのようでしっくりこないようだ。
 そういえば、二〇〇一年に初めて中国へ来た時、辺境の町で一元硬貨を渡そうとしたら、店のおばあちゃんがコインをしげしげと見て、
「なんだねこれは?」
 と言った。
「一元だよ」
 僕が言うと、
「おもちゃは受け取れないよ」
 と受け取りを拒む。
「中国のお金だよ。ほら、ここに中華人民共和国って書いてあるじゃない」
 そう言っても納得せずに、子供のおもちゃはだめだと頑として受け取らなかった。そのおばあちゃんは生まれて初めて一元硬貨を見たようだった。
 お札じゃなければお金じゃない、そよの国にはそんなふうに考える人がいるんだなとその時初めて知った。



(2015年11月7日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第338話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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上海蟹の季節(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第337話)

2016年11月12日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 秋は上海蟹の季節。上海蟹は蒸して食べる。
 九月頃から雌は卵を持ち始め、十月くらいになると腹のなかは卵でいっぱいになる。蒸して柿色になった卵はおいしい。雄は十一月がいちばんいい。精巣のねっとりとした食感がたまらない。
 日本人は「上海蟹」と呼ぶけど、中国人は「大閘蟹(ダージャーシエ)」と呼ぶ。もちろん、大閘蟹にもいくつか品種があり、蘇州の陽澄湖で養殖したものがいちばんいいとされるそうだ。この蟹は足の毛が金色をしている。スーパーでは上等の蟹が一匹四〇元から五〇元くらい、普通のものだと一匹二〇元足らずで売っている。
 奥さんは上海の下町っ子なので、やはり蟹が好きだ。この季節になると週に二三回は夕食に蟹が出てくる。そのまま食べてもいいけど、肉を生姜酢につけて食べてもいい。生姜酢は、酢に砂糖を少々入れてかき混ぜ、千切りにした生姜を浸してつくる。
 大閘蟹をたくさん食べるとお腹が冷えて下痢をするので、紹興酒(黄酒)を飲んで体を温める。以前、地元で有名な上海蟹のレストランへ行った時、年代別の紹興酒がおちょこに五杯出てきた。二十年もの、十五年もの、十年もの、五年もの、三年ものと並んでいる。三年や五年はまだ味が若い。十年ものくらいのがちょうどいいまろやかさでおいしかった。二十年ものになるとなんだか枯れた味わいだった。
 秋は蟹三昧。お酒の好きな人は紹興酒三昧となる。 


(2015年11月2日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第337話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
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銀杏並木

2016年11月06日 08時15分15秒 | 詩集

 銀杏並木
 あんたを抱きしめた
 アメリカへ行くなら
 行っといで
 夢があるなら
 もぎとったらええやん
 恋散る 夜風 御堂筋

 銀杏並木
 うちはもう泣かへん
 会うは別れの始め
 そう言うし
 独り暮らしも
 そのうち慣れることやし
 夢散る 慕情 御堂筋

 銀杏並木
 なんでこんなに好きなんやろ
 毎日そう思ってたんや
 寝ても覚めても
 あなた三昧
 ええ夢を見させてもろたわ
 恋散る 夜風 御堂筋

 銀杏並木
 あんたを抱きしめた
 男くさいぬくもりが
 ぬくもりだけが
 うちのすべてやった
 いつかちょっぴり思い出してや
 夢散る 慕情 御堂筋

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我が友 吟遊詩人よ!

2016年11月04日 06時45分45秒 | 詩集

 過去を謡(うた)うのは
 勇気がいることなんだぜ
 男の未練や後悔
 躓いた夜を
 思い出したくもない恥を
 さらけ出して

 くだらない男の見栄を
 脱いで
 剥ぎ取って
 裸の心になって

 確かめて
 確かめて
 今の自分を
 確かめて

 あんたが教えてくれたのは
 男は
 己のみじめさに
 打ちのめされても
 それでも
 生きていくってことさ

 捨て去って
 捨て去って
 今の自分さえも
 捨て去って

 あんたがいつも謡うのは
 男は
 暗闇で這いつくばってても
 希望の明日に
 恋するってことさ

 乗り越えて
 乗り越えて
 越えられない壁を
 乗り越えて

 我が友 吟遊詩人よ
 謡ってくれ
 高らかに謡ってくれ
 いつまでも謡ってくれ
 あんたの言葉に
 俺はいつも励まされるんだ
 我が友 吟遊詩人よ!

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夢の残り火

2016年11月02日 09時15分15秒 | 詩集

 あした この街 離れるよ
 想い出巡りの旅は終わった
 懐かしくて 逢いたくて
 霧煙る街まで戻ってきたけど
 何もかもが変わったんだね

 自転車の波に追い越されながら
 君を送った並木道は
 プラタナスがすっかり消えて
 まっさらの広い道路になった
 想い出の店も何処かへ消えた

 君が突然泣き出した
 竹の香りが漂う公園
 お父さんが反対してる
 別れたくないと泣きじゃくってた
 あの日のベンチに見知らぬふたり

  あったはずの未来は
  時の流れに消えたけど
  ふたり過ごした日々だけが
  僕を支えてくれる
  夢の残り火があたたかいのは
  想い出がやさしいから


 待ち合わせのデパートの前
 白い石畳 綺麗になった
 地下へ降りてはアンパン買って
 いつもはんぶんこしていたけど
 今日は表を素通りするだけ

 昔の友だちに偶然会ったよ
 君の噂をその子から聞いた
 僕がふるさとへ帰ってしまった後
 毎日ずっと泣いていたって
 それから いつのまに引越ししたって

  悲しませてしまった
  それがすごくつらい
  あったはずの未来を
  君に渡せなかった
  夢の残り火があたたかいのは
  想い出がやさしいから


 君の声が聞こえた気がして
 振り返っても人の海
 恋しくて 淋しくて
 よく似た女の子 捜してしまう
 それも今日で終わりにしよう

  街の灯りが揺れてる
  日々は去るほど美しい
  夢の時間がこれからも
  僕を支えてくれる
  夢の残り火があたたかいのは
  想い出がやさしいから


 あした この街 離れるよ
 あした この街 離れるよ
 君よ どこかで元気でいてね
 君よ どこかで逢えたらいいね

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