勤め先には毎月一回、各部署の経理(日本でいえば課長)以上が集まる全体会議がある。こういう会議は退屈なのだけど、仕事だから出なくてはいけない。課長クラスはだいたい中国人だから、会議は中国語で行なわれる。
ある時、未回収金を巡ってある営業部署の主計経理の女の子と財務部の経理の女の子が口論を始めた。その営業部署は長期間回収できない売掛金が多くて前から問題になっていた。そこで、その営業部署の会計を司る主計経理はその未回収金を財務部に回収させようとしたのだ。
「長期間回収できないでいる未回収金は手間がかかるし、わたしたちの部署では手に負えません。だから、ぜひ財務部で回収してください」
主計経理はあっけらかんと言う。
――財務部は入金と出金を確認する部署であって、売掛金を回収する部署ではないんだけどなあ。
僕は困った議論が始まったなと心のなかで思った。こんな発言を聞いて泡を食ったのが財務部の経理だ。
「売掛金は営業部署が回収するものです。財務部はアドバイスと協力はもちろんしますが、回収は営業部署で行なってください」
財務の経理の主張は筋が通っている。その通りだ。売掛金を回収するまでが営業の仕事なのだから。
「だって、できなものはできないんです。なんど催促しても払ってくれないんですから。財務で回収したほうが手っ取り早いし確実だと思います。そのほうが会社のためにもなるのではないでしょうか」
営業部署の主計経理は朗らかに言う。
――おいおい、これじゃ責任放棄じゃないか。
主計経理の発言は、自分たちには自分たちの任務を遂行する能力がありません、わたしたちは無能です、と認めているようなものだ。でも、主計経理の彼女はそんなことには気づいていないようだ。
日本でもそうかもしれないけど、中国では自分たちの部署で工夫してなんとか仕事を片付けないといけないのに、すぐにバンザイをしてしまって、自分たちの仕事をよそへ押し付けようとする傾向が強い。そこらじゅうに落とし穴と地雷がある。気をつけなくてはいけない。財務部の経理は自分たちの仕事でないものを押し付けられてはたまったものではないとヒートアップする。
「だから、未回収金の回収はあなたたちの仕事でしょ」
「だって、そんなんできないんだもーん」
二人はおたがいに早口でまくし立てて口論を始めた。僕は早口の中国語を聞き取っているうちに疲れて頭がぼんやりしてきた。十分経っても口論は終わらない。二人とも同じことを延々と言い合っている。おたがいに言いたいことを言いっ放すだけで、長期間の未回収金がたくさんあるという比較的重大な問題はいっこうに解決する方向へ向かわない。
――これで会社の経営が成り立つんだもんな。のどかだよなあ。
僕は腕を組んでぐっすり眠った。
(2013年9月20日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第256話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/