風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

そんなんできないもーん(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第256話)

2014年10月26日 06時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 勤め先には毎月一回、各部署の経理(日本でいえば課長)以上が集まる全体会議がある。こういう会議は退屈なのだけど、仕事だから出なくてはいけない。課長クラスはだいたい中国人だから、会議は中国語で行なわれる。
 ある時、未回収金を巡ってある営業部署の主計経理の女の子と財務部の経理の女の子が口論を始めた。その営業部署は長期間回収できない売掛金が多くて前から問題になっていた。そこで、その営業部署の会計を司る主計経理はその未回収金を財務部に回収させようとしたのだ。
「長期間回収できないでいる未回収金は手間がかかるし、わたしたちの部署では手に負えません。だから、ぜひ財務部で回収してください」
 主計経理はあっけらかんと言う。
 ――財務部は入金と出金を確認する部署であって、売掛金を回収する部署ではないんだけどなあ。
 僕は困った議論が始まったなと心のなかで思った。こんな発言を聞いて泡を食ったのが財務部の経理だ。
「売掛金は営業部署が回収するものです。財務部はアドバイスと協力はもちろんしますが、回収は営業部署で行なってください」
 財務の経理の主張は筋が通っている。その通りだ。売掛金を回収するまでが営業の仕事なのだから。
「だって、できなものはできないんです。なんど催促しても払ってくれないんですから。財務で回収したほうが手っ取り早いし確実だと思います。そのほうが会社のためにもなるのではないでしょうか」
 営業部署の主計経理は朗らかに言う。
 ――おいおい、これじゃ責任放棄じゃないか。
 主計経理の発言は、自分たちには自分たちの任務を遂行する能力がありません、わたしたちは無能です、と認めているようなものだ。でも、主計経理の彼女はそんなことには気づいていないようだ。
 日本でもそうかもしれないけど、中国では自分たちの部署で工夫してなんとか仕事を片付けないといけないのに、すぐにバンザイをしてしまって、自分たちの仕事をよそへ押し付けようとする傾向が強い。そこらじゅうに落とし穴と地雷がある。気をつけなくてはいけない。財務部の経理は自分たちの仕事でないものを押し付けられてはたまったものではないとヒートアップする。
「だから、未回収金の回収はあなたたちの仕事でしょ」
「だって、そんなんできないんだもーん」
 二人はおたがいに早口でまくし立てて口論を始めた。僕は早口の中国語を聞き取っているうちに疲れて頭がぼんやりしてきた。十分経っても口論は終わらない。二人とも同じことを延々と言い合っている。おたがいに言いたいことを言いっ放すだけで、長期間の未回収金がたくさんあるという比較的重大な問題はいっこうに解決する方向へ向かわない。
 ――これで会社の経営が成り立つんだもんな。のどかだよなあ。
 僕は腕を組んでぐっすり眠った。
 




(2013年9月20日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第256話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


わかれ唄

2014年10月11日 16時30分45秒 | 詩集

 情けないね
 やるせないね
 憎しみあうために
 ふたり出会った
 はずじゃなかったのに

 愉しい時間を
 喰い散らかして
 まるでおもちゃのように
 恋を放り投げちまうなんて
 愛を吐き捨てちまうなんて

 わかれ唄を
 君に贈るよ
 たった一度の
 サヨナラのかわりに
 もう二度と会えない
 永遠のサヨナラのかわりに



 せつないね
 つまらないね
 お前も俺も
 おたがいのことなんて
 なんにもわかっちゃいなかった

 風はきまぐれ
 そいつに身を任せただけ
 そう思ったほうが
 気が楽なのなら
 そういうことにしておこうぜ

 わかれ唄を
 君に贈るよ
 たった一度の
 サヨナラのかわりに
 もう二度と会わない
 永遠のサヨナラのかわりに


 お前は俺の夢に
 住んでいない
 俺はお前の夢に
 暮らせない

 もう二度と会わない
 永遠のサヨナラのかわりに
 わかれ唄



しあわせ供養

2014年10月03日 08時30分44秒 | 詩集

 ひび割れた空
 ひび割れた時
 しあわせにするはずだった
 君は遠い空の向こう

 しあわせが死ぬこともあると
 思い知らされた夜
 君は冷たく背を向けた
 僕は白けて黙りこんだ

 嫌いになったわけじゃなくて
 こんがらかった気持ちを
 持てあましただけだったのだけど
 今にして思えば

 ひび割れた空から
 ひび割れた時から
 生きるはずのしあわせが
 今でも呼びかけてくる

 ふと見上げてしまう空
 忘れてくれるなと
 たまには思い出してくれと
 死んだしあわせが

 痩せ細ったもどかしさが
 はかなく僕を締めつける
 取り戻すことはかなわない
 手を伸ばしてももう届かない

 ひび割れた空
 ひび割れた時
 しあわせになるはずだった
 僕たちは遥か夜の向こう



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