風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

茶餐庁の愉しみ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第265話)

2014年12月22日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 
 広州にはあちらこちらに茶餐庁(チャーツァンティン)と呼ばれるファミレスのような店がある。「庁」と書くけど、警視庁や海上保安庁といったお役所ではないので念のため。「庁」はここでは広間やホールといった意味だ。茶餐庁はつまり、お茶や食事をする広間ということだ。
 茶餐庁はもともと香港で始まったそうで、広東料理、西洋料理、それに紅茶やコーヒーといった飲み物を出す。メニューが豊富だし、定食のセットメニューもいろいろあるのでちょいちょい利用している。
 お皿のうえに御飯を盛り、そのうえに蒸し鶏の切り身と鴨の切り身を並べた「双拼飯(シュワン・ピン・ファン)」がおいしい。鴨の肉汁がしみた御飯がいい。とはいえ、鴨だけだと脂っこいのであっさりした蒸し鶏をあわせて食べる。もっとも、これは広東の名物料理なので茶餐庁以外でも食べられるのだけど。
「福建炒飯」もときどき注文する。チャーハンのうえに具入りあんかけをのせたものだ。具の中身は店によって違うのだけど、個人的には小エビの入ったのが好きだ。
 広州の茶餐庁は香港とは違って西洋料理をしっかり作れないからどうしても西洋料理もどきになってしまうのだけど、中華に飽きたときはグラタンもどきなども頼んだりしている。ひと口にグラタンといってもチーズ系のものやほかのソースのものもある。なかにはソースの味が中華なのか西洋なのかよくわからないものもあるけど、それはそれでおいしい。無国籍料理を食べているのだと思うようにしている。
 セットメニューにはスープか飲み物がついていて、地元の人はたいてい各種漢方薬の入った中華スープを頼む。スパゲティと漢方薬入り中華スープのセットは、傍目から見ると変な取り合わせだなと思うのだけど、広東人は食事の前にまず漢方薬入りスープを飲むのが習慣だから、スパゲティでも漢方薬入り中華スープを注文するのが当たり前だと思っているようだ。取り合わせはその地方によって違うから、その人がおいしいと思う取り合わせで食べればいい。僕は、お好み焼きをおかずにして御飯を食べていて人に変だと言われたことがある。子供の頃からずっとそうしてきたから僕にとっては当たり前のことなのだけど、そんな習慣のない人たちからすれば妙に映るのだろう。ただ、茶餐庁で西洋料理系のものを注文する時は、僕は無難にレモンティーなどを頼むようにしている。スパゲティに漢方薬入りスープだといまいち気分が乗らないから。
 飲み物のメニューのなかには「鴛鴦(おしどり)」と書くものがある。コーヒーと紅茶を半分ずつ入れて混ぜ合わせたものだ。コーヒーと紅茶が仲良く同居しているから「鴛鴦(おしどり)」というネーミングになったのだろう。興味本位で一度頼んでみたのだけど、なんとも不思議な味だった。飲めないことはないのだけれど……。
 先日、行きつけの茶餐庁を出たら、目の前に西洋人のきれいなお姉さんが歩いていた。背がすらりと高くて百八十センチくらいありそうだ。モデルみたいなスタイルをしていて、亜麻色の長い髪がとてもきれいだ。
 ――かわいいやん!。
 僕の胸にはハートマークがぽこぽこ浮かんできた。
 彼女はあたりをきょろきょろと見回しながらゆっくり歩く。首を振るたびに長い髪がさらりと揺れる。その揺れ具合が僕の心をくすぐる。もうちょっとこっちを向いてくれへんかなあ、なんて思う。
 ――おっと忘れるところだった。
 僕ははっとして踵を返した。
 パン屋へ行って明日の朝食を買わなくてはいけないのだった。もうすこしでストーカーになるところだった。





(2013年10月27日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第265話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


Rolling

2014年12月15日 07時15分15秒 | 詩集

 Rolling 転がり続けていれば 心は死なないのさ
 Rolling いつもリュックを背負って 新しい旅に出た
 Rolling 追い求めるものは 心のなかにある
 Rolling 俺ひとりだけわかっていれば それでいい

  風はどこから始まって どこへ吹いてゆく

 蒼い風を胸に吸い込み新しい旅に出る 繰り返し 旅に出る
 生きるとはさすらうことだとうそぶいて 繰り返し 旅に出る


 Rolling 負けるものかと思わなきゃ 心は死んでしまうのさ
 Rolling いつも新しい風に この身をさらけだして
 Rolling 一歩踏み出せば それだけですべてが変わる
 Rolling 自分を捨てて変わり続けて ここまできた

  魂はどこからやってきて どこへ帰り着く

 空の青を胸に抱きしめ新しい旅に出る 繰り返し 旅に出る
 生きる証をこの手につかむまで 繰り返し 旅に出る

 繰り返し 繰り返し 繰り返し 旅に出る 新しい旅に出る
 生きるとは道を転がり続けること 繰り返し 繰り返し 旅に出る
 Rolling


トイレで眠りますぅ(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第261話)

2014年12月08日 07時15分15秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』
 
 元アシスタントのアニメちゃんに晩御飯をごちそうになった。
あんまり高いものを奢らせてはかわいそうなので、リーズナブルでおいしい飲茶店へ行くことにした。地元の人に人気の店で予約をしないとまず入れない。
 久しぶりに会ったアニメちゃんはすこぶる元気そうだ。飲茶をしながらしばらくおたがに近況報告を交わした後、
「今の職場はどうだ?」
 と訊いてみた。
「眠いですぅ」
 アニメちゃんはアニメ声でのたまう。
 なんでも昼の休憩時間が四十五分しかないので、昼寝する時間がないのだそうだ。ちなみに、中国人は昼寝する。僕の勤め先でも御飯を食べた後、ほとんどの中国人は机に突っ伏して眠る。僕も中国へきてから昼寝の習慣がついてしまった。
「昼寝できないから、午後はトイレの個室へ行って眠りますぅ」
「おいおい、せっかくいい会社へ入って高給取りになったんだから、がんばれよ。それにあの会社だったら厳しいだろうし、いろいろ仕事があってかなり忙しいだろ」
「わたしはまだ入って二か月だから仕事もよくわからなくて勉強中なんです。仕事しようにもわからないことだらけです。もう眠くてねむくて」
「そりゃそうかもしれないけどさ。仕事もないのにずっと席にいなかったら不審に思われるぞ」
「そうなんですぅ。日本人の部長さんがアニメちゃんは暇そうだから、手伝ってもらいたい仕事があるというんです。それで日本人の課長さんになんでもいいから自分で仕事を見つけて忙しくしていなさいと言われました」
「そうだろう。ぶらぶらしていたら、誰もやりたがらない面倒な仕事を押しつけられちゃうぞ。あとで困るのは自分だぞ」
「でもでもぉ、眠いものは眠いですぅ」
「だめだこりゃ」
 彼女のゆるさは一生変わらないんだろうな。本人がしあわせならそれでいいんだけど、広東人はのんびりしているんだよなあ。
 彼氏はまだできないらしい。
「誰か紹介しようか。どんな男がいいんだ」
 僕が訊くと、
「イケメンで、背が高くて、痩せていて、魅力にあふれていて、やさしくて包容力がある人がいいです。お金はふつうでいいから、とにかく格好よくないと絶対にだめです」
 と、アニメちゃんは夢見る少女みたいなことをいう。
「アニメの見すぎだよ。そんなやつどこにいるんだ。条件はひとつにしなさい」
「気品のある人!」
「気品ねえ」
 僕は腕を組んだ。なかなかむつかしい注文だ。
「わたしのまわりにはそんな人はいません。わたしはヨーロッパへ行って気品のある人を探しますぅ」
「なんでヨーロッパなんだ!?」
 そんなこんなで二時間ほど楽しく飲茶をしてわかれた。
 ともかく元気そうでよかったよ。







(2013年10月15日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第261話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


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