風になりたい

自作の小説とエッセイをアップしています。テーマは「個人」としてどう生きるか。純文学風の作品が好みです。

ゆる~い試験(連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』第324話)

2016年05月03日 06時45分45秒 | 連載エッセイ『ゆっくりゆうやけ』

 企業安全責任者講習というものを受けることになり、広州へ出張した。町役場の会議室で一週間の講習を受けて、最後の試験にパスすれば、町役場からその証書をもらえる。会社にひとりはその証書を持った人間がいないといけないそうだ。
 広州郊外の工業団地のなかにある町役場の会議室には周辺の工場の人たちが三十人ばかり集まった。日本人は僕ひとりだけのようだ。講義はもちろん全部中国語だけど、九割くらいは聞き取れるのでほとんど問題はない。月曜日から金曜日まで毎日違う講師がきて、安全生産法という中国の法律やら事故事例やら職業病の予防やら安全に関する企業責任といったことを勉強した。
 講義を聞いただけでは盛りだくさんの内容を覚えきれないから、工業団地のなかの安いホテルへ帰ってから教科書を開いて、教科書に黄色いマーカーを引きながら勉強した。最後の試験に落ちたら大変だ。下の人たちに対して示しがつかなくなる。メンツを保たなくてはいけない。
 中国で留学はしたけど、通ったのは語学コースだけ。大学の講義で習うような内容を教科書を読みながら勉強するのは始めて。最初は教科書を読むのがしんどかったけど、教科書を読みながら口でぶつぶつ念じているうちに頭のなかに内容が入るようになってきた。
 さて、金曜日、最後の講義が終わった後、試験が始まった。試験時間は二時間。A3の試験用紙の表と裏に問題がびっしり書いてある。教科書を見てもいいというので、教科書を広げながらテストの答えを書き込んでいった。
 問題を書き終えて見直しをしていたら、試験監督のお姉さんがやってきた。町役場の職員の人だ。マーカーを引きまくった僕の教科書を見て、
「あら、まじめに勉強したのね」
 と感心する。彼女は僕の答案をじっとのぞきこんで、
「だいたいあっているわね。合格だわ。――あれ、この問題の答案はBとCとDの三つよ。Bが抜けているわ」
 と指摘してくれる。それもこっそり教えるというわけでもなく、ごく普通の口調で堂々と言う。僕はいいのかなとびっくりしてしまったのだけど、
「謝々」
 と言って答案にBを書き足した。
 試験が終わって十日ほどしてから、企業安全責任者の証書が届いた。B5サイズの折り畳み式の証書には僕の名前と顔写真が載り、町役場の判子が押してある。無事に合格してよかった。これで面目を保つことができた。実は、企業安全責任者の資格の下に、安全主任という資格がある。これも地方政府の資格だ。僕が預かっているチームのうちの四人に安全主任講習を受講して資格を取ってもらう予定でいる。僕は大威張りで、
「お前らまじめに勉強して一発で合格してこいよ。僕は合格したんだからな。しかも、僕は外国語で企業安全責任者の資格を取ったんだぞ。お前らは母国語で受けるんだから合格するなんて簡単だろう」
 とはっぱをかけることができる。
 それにしても、まさか答案を教えてもらえるとは思わなかった。亜熱帯の広東省だから、のんびりしていてゆるいのかな。


(2015年5月24日発表)
 この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第324話として投稿しました。
 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/


五月の鯨

2016年05月01日 06時45分45秒 | 詩集
 
 見渡すかぎりの
 海っていいな
 潮の香りを
 胸いっぱいにふくらませて
 遊覧船はゆったりした
 南からの海流にのる

 探しつづけていた
 しあわせは
 白い雲のようだと思ってた
 いつもそこにあるのだけど
 手が届かないような
 見つめるだけのような

  あなたと眺める
  五月の鯨
  ひとりじゃないと
  はじめて識(し)った
  そのあたたかさ

  ずっとずっと
  そばにいさせて
  いつまでもわがままに
  夢を見させて


 よりかかった
 肩のぬくもりが
 泣き虫のわたしを
 支えてくれるから
 明日からきっといいことが
 たくさん起きてくれそうな

  あなたと眺める
  五月の鯨
  ひとりじゃないと
  はじめて識った
  そのやさしさは

  もしささやかな
  祈りが届くなら
  あなたもわたしも
  かわりませんように


 鯨が潮を噴き上げる
 ウェディングマーチを
 鳴らすようだねって
 あなたが微笑むから
 わたしはこころのなかで
 ちいさく拍手する


  ずっとずっと
  そばにいさせて
  いつまでもわがままに
  夢を見させて

  あなたと眺める
  五月の鯨
  ひとりじゃないと
  はじめて識った
  そのあたたかさ


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