今は昔、上野発金沢行き夜行急行『能登』が元気よく走っていた頃の話。
酒豪のHさんは酒が好きで、飲むたびにぐでんぐでんになった。よく通っていたのは飯田橋のとある焼き鳥屋。
ある日のこと、最終電車に乗り損ねたHさんは上野から急行『能登』に乗った。昔は、高崎線沿線に住んでいる人が終電に乗り遅れた場合、『能登』に乗ることが多かった。急行料金を払っても、タクシーで帰るよりははるかに安くあがる。
ところが泥酔状態だったHさんはぐっすり眠りこんでしまい、降りるはずの駅を通過してしまった。
ふと目が覚めると急行『能登』は海沿いを走っている。
あろうことか、というべきか当然というか、その海は日本海だった。しまったと思ったがもう遅い。Hさんはしかたなく、
「すみません。今、日本海が見えています。これから東京へ戻ります」
と会社へ電話をかけた。日本海に吹く朝のさわやかな風を吸いこんだHさんは大急ぎで逆方向の電車に乗って東京へ帰った。会社では大笑いされてそれですんだので助かったのだとか。
別の酒豪Kさんは、東京駅から大垣行き普通夜行電車に乗ったものの、こちらも同じく熟睡してしまい、小田原で降りるはずが名古屋まで行ってしまった。もっとも、Kさんは早朝の新幹線で東京へ舞い戻り、遅刻もせずに何食わぬ顔で仕事場へ出たそうだ。
今では夜行列車はほとんど廃止になってしまったから、もうこんな話は聞けないのだろうけど。
(2012年10月27日発表)
この原稿は「小説家なろう」サイトで連載中のエッセイ『ゆっくりゆうやけ』において第209話として投稿しました。 『ゆっくりゆうやけ』のアドレスは以下の通りです。もしよければ、ほかの話もご覧ください。
http://ncode.syosetu.com/n8686m/