先月の連休に訪れた98歳のIさんは9階建てのおしゃれなケアハウスで暮らしている。実をいうと私も9年前、61歳から丸3年間、そこで暮らしたことがある。私が最年少で、70代が2、3人、あとは80から90代で、それも全体の9割近くが女性であった。
このケアハウスの建設が始まったばかりのころ、ちょっと訊ねたいことがあって電話したら、ぜひモデルルームを見てくれと迎えの車を寄越してくれた。部屋は1ルーム20平米くらいで広くはないが、ベランダが広いことと、部屋の床も廊下もオーク材を使った木造りという内装が気に入った。ここは、JRの駅やバス停が近いので通勤には便利だし、第一、上げ膳据え膳の三度の食事と、風呂の掃除をしなくていいのが気に入った。集団生活だから時間的な制約があり窮屈だとは思ったが、そのうち慣れるだろうと即入居契約をした。基本利用料は年収150万円以下で約8万円、それから10万円きざみに利用料が増額される。その他、使用量別に電話・電気・水道料金が徴収されるが、日用品や被服費、お小遣いなどの雑費は人それぞれである。
完成は平成14年9月1日、私はその1ヶ月後に入居した。部屋は7階、何もさえぎるものがない景観のよさが気に入った。キッチンも広いし、洗濯機も各部屋に設置できる。8階が食堂、9階屋上には大浴場とジャグジー風呂があり、夜景を見ながら入浴できた。が、年寄りにジャグジーは「猫に小判」だった。その後、併設の幼稚園にプールが作られ、我々年寄りも使用していいという。
開設当時には、1階エントランスの一角に本格的な美術品の展示室があり、オーナー所蔵の美術品が展示され、専任の学芸員もいた。が、これも「猫に小判」で興味を示す人もなく、いつの間にか学芸員もいなくなり、展示室の扉も閉じられたままとなった。
たしかに建物の外観はおしゃれだし、内装も設備も斬新で、とても老人福祉施設とは思えない雰囲気だったが、中の住人は年寄りばかり。この奇妙なアンバランスにどういうコンセプトで建てられたのかと首をかしげたこともある。夫婦部屋が2室あり定員50名。ケアハウスは自分のことは自分でできるというのが条件なので、わりと元気で身ぎれいな人たちばかりであった。仕事は10時出勤で5時退社、週4日勤務という公務員以上の気楽な身分にしてもらった。出勤が遅いので朝食はキャンセル、昼食は休みの日だけ、夕食のみ毎日という気ままな暮らしが始まったのである。
入居第1日目、夕食時の顔合わせは少し緊張した。その頃は空いているテーブルに自由に座っていいという。4人掛けのテーブルに人のよさそうなおばあちゃんが2人、そこに決めた。もう1つの席の住人はまだ勤めから帰っていないそうで、ここで仕事についているのは私とその人の2人だけらしい。
第2日目の夕食時、前日いなかった住人との初顔合わせである。食堂に行ってみると、目の覚めるような黄色のニットのスーツ姿のKさんがいた。息子が弁護士で、その事務所で手伝いをしているとかで、年齢は私より10歳上の71歳。服装も派手なら化粧も派手で、真っ赤な口紅、イヤリングやネックレスで満艦飾に着飾った姿は、「掃き溜めに鶴」というより、何だか場違いなところに迷い込んだ老いた孔雀? この老孔雀がなかなかの曲者だと知ったのはひと月後くらいであった。
どこのセレブの奥様かと思うようなこの人が、なぜこんな福祉施設に…。田舎だから有料の豪華な施設などあろうはずはないが、都市部に出ればいくらでも立派な有料の施設があるのに…と不思議だった。旦那は大学の助教授だったとか、彼女も東京では市民運動に力を入れていたというから只者ではないと思ったが、いつも乙に澄まして、1人浮き上がっていた。東京に長く居たとかで言葉は標準語、それがちょっと高慢ちきに思えたが、話をしてみると話題が豊富で、意外と話が合う。それからは毎夕食後に残って長話をするようになり、お互いにいい友だちができたと喜んでいたのである。が、やがてそのKさんが私の天敵となろうとは…。少しでも彼女の“人となり”に予備知識があったら、絶対に一緒のテーブルには着かなかったのに…。私とKさんのバトルは次回のお楽しみということで…。(つづく)
いわゆる、女子寮のような感じですね。
楽しいのか、ただ楽なのか
入れるうちに入っておいたほうがいいのでしょうか。中々空きがないことで、みんな困ってますよね。ケアハウスもいろんなところにできて競争のように入居者募集を呼びかけているんでしょうね。
バトルのつづきが気になります。早めに教えてください。
60歳以上、健康で自分のことができる人であればだれでも入れます。仕事ももてます。
女子寮? 面白い表現ですね。私の名前のオールドレディー(レディーといえるほど上等ではありませんが)ばかりで、男性は少ないですね。
ケアハウスは特別養護老人と違って自分のことができなくなると退去しなくてはなりません。だからわりと簡単に入居できます。
介護が必要になったらその先が問題で、規模が大きい施設ではそういった受け入れ先がちゃんとあれば安心ですが…。
単に楽か、楽しいのかは本人の気持ち次第です。私はおもしろかったし、いい経験をしたと思っています。いろいろありますよ。
続きをお楽しみに。