鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

いやはや、この落差には、

2018-05-18 14:50:28 | 思いつくまま

 

            

 (雨の堤防をゆっくりと歩いていました。もうこの時期です。)

 

               (午前9時過ぎ)

 きのうの午後は時間の経過とともに気温が上昇していったのですが、今日は逆のようです。昨夜から雨降りなっています。止んだかなと思っても細かい霧雨だったりして、すっきりしません。

 

 (ようやく広瀬川も増水しました。)

 きのうときょうの気温の比較です。午前7時:(きのう)17.2度ー(きょう)13.6度、お昼20.2度ー12.7度、(15:00)26.9度ー(14:00)12.9度という具合です。午後2時と3時の違いはありますが、14度も低くなっています。14度ですよ!!

 

 まあ暑くなければ過ごしやすとは言えますが、やはりこの時期はそれなりにあったかくなってくれないと困りますね。

 

 

 困るというか、呆れたというか、と言ってもシンゾウことデンデン宰相のことではございません。日本大学のアメフト部の監督のことです。 名前は内田正人というのですか。実績はすごいらしいですが、何が正人でしょうか。真逆ではないですか。悪人といってもいいですね。

 あれだけの問題を起しておきながら、すぐに関西に飛んで学生とともに関学に、被害者に謝るのかと思いきや、ようやく文書で謝ったのですか。悪いことをしたら、本当にそう思うのなら、少しでも早くなにはともあれ謝りに行くというのがまっとうな人のやり方ではないですか。

 試合に出たがっている選手を嗾(けしか)けて、思いっきり反則行為を指示するのですから何をかいわんやです。 こんなひどいことをいくら監督の指示だからと言って、する方もする方ですが、それだけ監督の権限は絶対的なものだったのでしょうね。

 こうなれば日大以外の全大学は日大との試合を断固拒否するべきです。日大の態勢が一新されるまでは、意識が根本から改められない間は、日大のアメフト部を干すべきです。そういう動きが広まらないのが不思議な感じです、私には。

 何でも日大の方でも問題を真面目に取り上げようという姿勢が感じられず、内田監督を解任するどころか、かばい続けようというような姿勢が感じられ、まるで今の国会の現状”森加計”問題と全く同じ感じじゃないですか。 やはりなあ、国のトップの無責任体制はすぐに蔓延するのでしょうか。

 

 西城秀樹、63歳で亡くなってしまいました。家の奥さんは昔から秀樹ファンでしたので、あさからモーニングショーを見ては涙ぐんでいましたし、午後もバラエティ番組を見て泣いていました。

 

 そうそう、お昼の徹子の部屋でも予定を変更して、西城秀樹特集となっていました。26歳の頃から徹子の部屋に出ていました。 まあ確かに、過去に2回も脳梗塞で倒れて、辛いリハビリを克服しての芸能界への復帰という日本人の琴線に触れるようなことがありましたから、余計にファンが熱狂するのでしょうね。

   (カモが1羽いました。)

 西城秀樹・郷ひろみ・野口五郎の三人組よりは、橋幸夫・西郷輝彦・舟木一夫のほうが私の年代にとっては親しみがありますし、何と言ってもその後のGSブームですね、ザタイガースを筆頭にブルーコメッツ、スパイダーズ、・・・・三田明を加えてもいいか。

 

 でも確かに63歳ではまだはやいですよね、結婚が遅かったから子どもも小さいし。じつはきょう午後告別式に出てきました。男で84歳ですので年齢的には仕方がないかとも言えるのですが、でも先週見舞いに行ったときは、三分がゆを食べられるようになったと喜んでいたので、ちょっと驚きです。

 

 私もあとどれくらい生きられるものか、病死か事故死か(お前なんか死ね!消えろ!とこのブログで言われていますが)、いつ死んでも残された人が少しでも困らないように身辺整理はきちんとしておこうと思うことは思ってはいるのですが、なかなか現実はそうもいかなくて困っています。

 ニンゲンなんて勝手なもので、”あした死ぬことはないだろう”と勝手に思ってるのですから、しょうがないものです。それに「絶対に」をつけてもいいかもしれません。死ぬことはないだろうと思って、4日前かなシマノの鮎釣り大会へ申し込みました。

 7月8日(日)の小国川での南東北大会です。なぜかしら勝手に4月25日から申し込み受付で、申込期間はたっぷりあると思い込んでいました。実際は4月23日から5月16日までの申し込みでした。ぎりぎりセーフでした。 これでダイワとシマノと二つの大会へ申し込みました。古希の遺児ならぬ意地を見せられればいいのですが・・・・。

 

  

     (以下の写真はきのうの夕方目のものです。)

 もう大きくは取り上げられませんが、ハワイ島の噴火だってどうなるのでしょうね。他人事ながら心配です。ハワイ諸島は初めての外国だったですし、新婚旅行で行ったところですので大いに気になります。

 

 オアフ島から飛行機でハワイ島へ行ったのですが、その時も少し前に噴火して火口付近まではいけませんでした。行けるところまでは行ったのですが、島全体が砂浜も黒かったなあという記憶があります。

 

 何と言ってももう40余年前、1975年の12月のことですから43年前か、記憶もおろそかになっているはずですが、鮮明に記憶しているのがオアフ島でみた本場のハワイアンダンスですね。

  (これを拡大すると、)

            

 かなり前の方で見ることができたので、踊る娘たちは(火踊りは男でしたが)みな可愛くてそれだけでも得をした感じだったのですが、踊り子のうちのひとりの、何というのでしょうか昔風に言えば腰蓑?その左か右側の結び目が切れたようで、踊りを止めるわけにもいかず、手で押さえながら困った表情で踊っていた様子が目に浮かびます。

 

 (この棘のすごいこと!!!でも花は可憐!)

 去年行った常磐ハワイアンセンター(今はもっとハイカラな名前になっているはずですが)ではそういうことはありませんでした。 映画”フラガール”はよかったですね。静ちゃんの演技もよかった、素人ぽっくて。

 (カラスの巣です。)

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