(危機に立つ世界経済 どうなる日本-03)
以下は2月18日、碧南商工会議所主催の新春経済講演会で、演題『危機に立つ世界経済 どうなる日本』を講演した、妖艶なエコノミスト・浜矩子の語録第三編である。
~・~・~ 今この状況の中でDE・カップリングを問題にするならば、アメリカと地球経済の関係というような問題ではございません。
今我々が見据えるべきDE・カップリング問題、カップル解消問題は何かといえばそれは「カネとモノ」とのカップル解消問題こそが、我々がここ(恐慌)に立ち至った最大の要因であると私は思っています。
恐慌をもってしなければいけないほどの歪みがどこから生じてきたかといえば、カネとモノとが決別状態に陥ったことが基本的な要因なのです。
どういうことかといえば、かつて、カネとモノとは非常に仲のいいカップルでした。非常に息の合ったカップルだったと言って宜しいでしょう。
モノづくりのためにカネ回しを行なうということで、モノづくりをしっかり支える金貸し業といいますか、そういう関わりがカネとモノの間にはあった、というのがかつて我々が知っていた世界でした。
その時代我々は、産業金融ですとか産業資金調達のための金融機関の役割というような言い方をしておりました。
金融は、モノづくりがスムースに回り産業が大きく発展していくための黒子役、土台を支える力強い役割を果たしてきました。その役割に支えられてモノづくりは健全に、力強く育っていく、というカネとモノの関係が成立して来ていたわけです。
しかしながら、1980年代の半ば以降、90年代に入って一段と問題の大きさが増幅されました。
金融の自由化、グローバル化、更にはIT化、そして証券化、この一連のプロセスが進めば進むほど、カネの世界はモノの世界からどんどん遠ざかる展開で今日に至ったのです。
その結果、我々が立ち至っている発端のところで、昨年の9月、リーマン・ブラザーズという大きな投資銀行が突然倒産し、AIGという世界最大の保険会社が事実上国有化されるというような展開を目の当たりにしましたが、この展開にカネとモノの関わりがあった。
リーマン・ブラザーズはモノづくりのためのカネ回しが間違っていたために倒産したわけではありません。AIGも然り。
彼らがやっていたことは、ひたすら「カネのためにカネを回す。カネづくりのためにカネをつくる」という展開で、そこには一切、カネとモノとのカップル関係は存在しない。完全にモノの世界と決別したかたちで金融が一人歩きをする。このなかで我々はここまで来てしまったと言えるのです。
モノを置き去りにして金融が一人歩きを始めたが、その一人歩きは次第に大疾走、大疾走は大暴走に立ち至り、金融は自らの暴走に足を取られて「ぶっ倒れる」、それに引きずられて我々も一蓮托生、という展開になってしまったわけです。
この間における、カネとモノの決別現象、モノを置き去りにしたカネの一人暴走というものが大きな要因となって、今我々は恐慌状態に見舞われていると思うところです。 ~・~・~ 以下、次編
浜矩子(はまのりこ)語録 目次へ
以下は2月18日、碧南商工会議所主催の新春経済講演会で、演題『危機に立つ世界経済 どうなる日本』を講演した、妖艶なエコノミスト・浜矩子の語録第三編である。
~・~・~ 今この状況の中でDE・カップリングを問題にするならば、アメリカと地球経済の関係というような問題ではございません。
今我々が見据えるべきDE・カップリング問題、カップル解消問題は何かといえばそれは「カネとモノ」とのカップル解消問題こそが、我々がここ(恐慌)に立ち至った最大の要因であると私は思っています。
恐慌をもってしなければいけないほどの歪みがどこから生じてきたかといえば、カネとモノとが決別状態に陥ったことが基本的な要因なのです。
どういうことかといえば、かつて、カネとモノとは非常に仲のいいカップルでした。非常に息の合ったカップルだったと言って宜しいでしょう。
モノづくりのためにカネ回しを行なうということで、モノづくりをしっかり支える金貸し業といいますか、そういう関わりがカネとモノの間にはあった、というのがかつて我々が知っていた世界でした。
その時代我々は、産業金融ですとか産業資金調達のための金融機関の役割というような言い方をしておりました。
金融は、モノづくりがスムースに回り産業が大きく発展していくための黒子役、土台を支える力強い役割を果たしてきました。その役割に支えられてモノづくりは健全に、力強く育っていく、というカネとモノの関係が成立して来ていたわけです。
しかしながら、1980年代の半ば以降、90年代に入って一段と問題の大きさが増幅されました。
金融の自由化、グローバル化、更にはIT化、そして証券化、この一連のプロセスが進めば進むほど、カネの世界はモノの世界からどんどん遠ざかる展開で今日に至ったのです。
その結果、我々が立ち至っている発端のところで、昨年の9月、リーマン・ブラザーズという大きな投資銀行が突然倒産し、AIGという世界最大の保険会社が事実上国有化されるというような展開を目の当たりにしましたが、この展開にカネとモノの関わりがあった。
リーマン・ブラザーズはモノづくりのためのカネ回しが間違っていたために倒産したわけではありません。AIGも然り。
彼らがやっていたことは、ひたすら「カネのためにカネを回す。カネづくりのためにカネをつくる」という展開で、そこには一切、カネとモノとのカップル関係は存在しない。完全にモノの世界と決別したかたちで金融が一人歩きをする。このなかで我々はここまで来てしまったと言えるのです。
モノを置き去りにして金融が一人歩きを始めたが、その一人歩きは次第に大疾走、大疾走は大暴走に立ち至り、金融は自らの暴走に足を取られて「ぶっ倒れる」、それに引きずられて我々も一蓮托生、という展開になってしまったわけです。
この間における、カネとモノの決別現象、モノを置き去りにしたカネの一人暴走というものが大きな要因となって、今我々は恐慌状態に見舞われていると思うところです。 ~・~・~ 以下、次編
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