ロック探偵のMY GENERATION

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『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』

2019-07-15 22:03:35 | 映画
 

前回に引き続き、ゴジラシリーズの映画について書きます。

今回は、順番にしたがって『ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃』です。

1969年に公開された、記念すべきシリーズ第10作。
総勢9体の怪獣が、怪獣島で大決戦……という触れ込みなんですが、しかし、この謳い文句はいささか誇大広告気味でしょう。
というのも、この作品では映像の使いまわしが頻出するのです。
過去作の映像流用は前からあったようですが、この作品ではそれがかなり顕著。アンギラス、マンダ、カマキラス、エビラ……など怪獣が多数登場するのはたしかにその通りなんですが、その多くが過去のゴジラ映画に登場した際の映像を流用したものとなっています。はっきり確認したわけではありませんが、今作で新たに登場した怪獣であるガバラが登場するシーン以外はほぼすべて流用なのではないかと。
そしてこれは『オール怪獣大進撃』にかぎったことでなく、この作品以降のゴジラシリーズにおいては、映像の流用が頻繁に行われるようになっていくのです。

映像の流用は、バンクとかライブフィルムと呼ばれるもので、さほど珍しいものではありません。
しかし、後の平成ゴジラなどがそうであるように、過去にあった出来事を紹介するような形で使われるのが一般的でしょう。過去の映画に出てきた怪獣バトルの映像をいま現在行われている戦いとして使うのは、さすがに手抜きとのそしりはまぬがれません。
それも、「人々が逃げ回るシーン」とかならともかく、怪獣映画のメインとなるべき怪獣バトルでそれをやるのです。怪獣映画で怪獣のバトルシーンが使いまわしというのは、これはどうなんだということになりますが……

しかし私は、意外とこの作品が嫌いではありません。

どうもこのあたりから、ゴジラ映画は変質し始めているようなですが、その変質の方向が、結構私は気にっているんです。

どのあたりが変っているかというと、作品中の要素のバランスですね。
それは、制作にかけられる資源の配分の問題でもあると思われますが……

それまでのゴジラ作品では、ストーリーは怪獣バトルを成立させるための添え物でしかなかったように思えるんですが……この作品では、怪獣バトルでない部分の比重が大きくなっています。
そういったところで、それまでのゴジラ映画にはなかったような演出が見られるようになっているんです。
『オール怪獣大進撃』でいえば、主人公である少年の人間世界における戦いが、怪獣たちのバトルと並行して、ほぼ同じ比重を持って描かれています。
そして、そのラストとなる子どもたちのシーンなんかは、なかなかよくできているんじゃないかと思えました。

そこは、映像の使いまわしとコインの裏表なんじゃないかと思います。

「バンク」――すなわち、保存されている過去の映像を引っ張り出してきて使うというのは、草創期の日本アニメでもよく行われていたようです。
そのころは、毎週アニメを制作して放送するなんて不可能といわれていたんですが、その不可能を可能にした要素の一つが、バンクシステムでした。映像の使いまわしによって作業量を減らすことで、毎週アニメを放映することが可能になったのです。
ほかにも、体の一部だけを動かすなどといったやり方で省作業化がはかられたんですが、それはすなわちアニメとしては“手抜き”にほかなりません。しかしながら、週一ベースでアニメを制作していくには、そうせざるをえなかったのです。
そして――ここが重要な事なんですが――そのことが、ストーリーを重視する日本アニメの型を作ったといわれています。
絵の部分で一定の“手抜き”をせざるをなかったので、そのぶんストーリーをきっちり描くようになったのです。


ここでゴジラに話を戻すと……ゴジラ映画でもそれと同じことが起きていたのではないか。

空前の低予算のもとで、怪獣アクションのシーンにはそれほど費用をかけられなくなった。そのために、怪獣アクション以外の部分に力を入れるようになったのではないか。
結果、それまでは怪獣の添え物でしかなかった部分が比重を増している……そんな気がするのです。
そしてそこに、単に怪獣バトルを進行させるためだけではないさまざまな表現が出てくるようになったのではないか。この第10作以降のゴジラ作品を観ていると、そんなふうにも思えます。

ただ、おそらく多くのゴジラファンは、そういう部分を評価しなかったものと思われます。

怪獣映画はやっぱり怪獣の戦いを主軸にすえてなんぼ――そういわれてしまえばそれまででしょう。
ここには、以前このブログで書いたビーチボーイズと同じ問題が潜んでいるとも考えられます。
そういうわけで、この後、第一期ゴジラシリーズは――少なくとも興行成績的には――低迷の一途をたどることになるのです。