求めよさらば

2011-07-27 23:00:48 | どみっさん

どみっさんは賢いネコだった。

「自主独立」をスローガンに厳しいくらいに育てたので、うっかり食事を出し忘れたとしても自主的にキャットフードの袋を開封して食事をすませてた。
牛のインプレッサwの音と、家族や来客の車の音を聞きわけた。
レバー式のドアは手を伸ばしてレバーを下げた後、ちゃんと手前に引いて開けた。
牛が飲んで遅くに帰ってきても、騒ぐ事もせずに「お早いお帰りで。」と冷めた目をして迎えてくれた。
普段は玄関まで出迎えてくれるのに、そんな時は決まってフトンの上だったけど。

愛嬌だってあった。

朝、目が覚めたら、寝ている牛の周りにねこじゃらしやらネズミのオモチャが大量に置いてあった事もあった。
部屋の中で、必要もないのにいちいち牛の膝の上を踏みつけていく。
遊んで欲しい時にはちゃんと傍らに座って、手で牛の背中や腕をトントンする。

牛の枕元でグルーミングをはじめると、たいてい牛の髪まで一緒にグルーミングしてくれる優しさもあった。

そんなどみっさんと牛の日常に、しばしば見られたのは食べ物をめぐる攻防戦だった。

焼き魚、刺身、かぼちゃの煮物。
あらゆる食べ物に対する好奇心は牛ゆずりだったかもしれない。

牛の腕の下から、テーブルの向こうから、そぉーっと手を伸ばしてお皿にちょっかいを出す。
そのたびに牛はコラッ!と手を振り上げつつ、「猫は豚しょうが焼きなんて食べません!」てな感じで阻止しなきゃいけない。

「こらーっ!サンマの塩焼き、塩分強すぎるからダメ!」
「んーなー。」
「ダメなものはダメ!」
「にゃーあー。」
「自分のゴハンあるんじゃん。これは牛のっ。」
「んー。」

どみっさんと暮らしていた間、焼き魚を落ちついて食べたことが無い。
食卓は常に食うか食われるかの(?)戦場だった。

そんな攻防戦にも、どみっさんは決して諦めなかった。

どみっさんがにゅ~っと手を伸ばす。
こらっ。
またにゅ~っと出てくる。
ダメだって言ってるでしょ!
にゅ~っ。
あまりに聞き分けが悪いので、ついつい牛も怒って、どみっさんの額をぺしっと叩くことがあった。
最初は逃げていくのだけど、必ず戻ってくる。
そしてまた手を伸ばす。にゅ~っ。
怒られる。それでも手を伸ばす。
牛も本気になって怒って手を振り上げると…

どみっさん、目をぎゅっと閉じて牛が振り上げた手から逃れようとするのだけど、その状態で手だけはお皿にむかって伸びてるのだ。にゅ~っと。

最初に見た時は、あまりの様子に牛は笑っちゃって、怒る気も失せたのだった。

仕方ないので、マグロの刺身を小指の先程度わけてやると得意げに食べた。
基本的に人間の食べ物は与えない主義だったけれど、ごくごく稀にあげるほんのちょっとのおすそ分けで即病気になるわけでもない。
味付けして無いもので、猫に害にならないものをほんの少しだけ。

どみっさんは何度だっておねだりした。
牛はほとんど与えなかった。
それでもどみっさんは、毎度毎回、果敢に繰り返した。
鼻先を叩かれるリスクを負いながらも、諦めなかった。
いいニオイがするおいしそうなもの。それを手に入れるためにどみっさんは、そうやって挑み続けた。繰り返し、繰り返し、繰り返し。
望むものに対する飽くなき挑戦だった。

今、ホネになっちゃったどみっさんは、牛の記憶の中でまだおねだりを続けている。
普段よりちょっと高い声を出しては手を伸ばすどみっさんの姿が、牛の食卓の横にはいつも見えるのだ。

だから牛は、どみっさんが幼い頃につまみ食いしてこっぴどく怒ったり禁止したもの…焼きたてアツアツ牛カルビも、あんこたっぷりのお饅頭も、くさみの無い新鮮なマグロのお刺身も、かぼちゃの煮物も納豆も全部、モウ取り上げることもせずほうっておく。
これは全部、どみっさんのもので、牛はそれを分けてもらってるだけだ。

何度でも繰り返せばいいだろうか。
叩かれても怖くても、手に入らないならまだまだ、何度でも。
辛い事ばっかりあったって、悲しいことばっかり続いたって、大切なものを失ったとしても、求め続けたら何か変わるだろうか。
牛はどみっさんみたいにできるかな。

…そうだねぇ。
どみっさんがいなくなって、牛は「猫なんてモウ二度と飼わない!」なんてこれっぽっちも思わない。
いつか気の合う猫さんと出会う事ができたら、また一緒に暮らし始めるに違いないと思ってる。
ちゃんとわかってる。
牛が大切だと、大好きだと思う何かで飾られる毎日は、かけがえのない想いと経験を与えてくれる。
それだけは、絶対に否定したくない。

Domi_oneday

どみっさん、牛が勧めても、ビールは一度も口にしなかった。
付き合いの悪い猫だったっけね(笑)