RallyJapan2007:セレモニアルスタート

2007-11-22 23:15:00 | RallyJapan

タウシュベツ橋梁を、穴があくほど眺め続けた牛。
もういいんじゃね?と思いつつも、立ち去るとき、何度も何度も振り返り、またここに来る事はあるだろうかと立ち止まり…白樺の流木を、ほんの数本拾ってきました。水溜りに写った梢と空さえ、記憶に焼き付けつつ。
気を取り直してインプレッサwは出発。
もと来た道を引き返し、273号線、241号線を南下します。

このへん(士幌)の道ってまっすぐなんですよ。たいてい北海道の道って、街に入ると碁盤の目に整備されてて、どこ行ってもまっすぐなんですけどね。
これはモウってくらいまっすぐ。延々とまっすぐ。
運転してて、信号さえなければクラッチペダルなんて無くていいんじゃないかと思うくらい(笑)
途中、道の駅で食事とったりしつつ、目指すは帯広。その日、10月25日はラリージャパンのセレモニアルスタートが帯広駅前で行なわれる日。本来の目的に戻らないと。

で。セレモニアルスタート。
セレモニアルって言うくらいなので、ラリーの一部とはいえ要はお祭り騒ぎです。

経験上、ポディウム前には行きません。
ポディウム近辺は15時頃から場所取りしないとまともなトコなんて立てないし、設置される観覧席だのメディアの方々向けの場所しかないし、写真なんてたいしてキレイに撮れないし。
加えて、哀川翔や長野博が来るっていうけど彼らを見たいわけでもなく。
…やはりスタート前のラリーショウですわよ奥様w
WRカーが手の届く距離で見られるうえに、ドライバーやコドライバーですら手の届く距離で接する事ができるんですものw(いや、たいして接したいわけでもありませんが。)

Start03
アトキンソンのインプレッサの向こうにヒルボネンのフォーカス。

Start04_2
これ確かソルベルグのインプレッサ。
(この雄々しくも凛々しいインプレッサが、次の日さっそくあんな姿になるなんて思いませんでしたよ牛は。ラリーってホント何が起きるかわかんない。。。)

スタート前、ポディウムのずっと手前で、始まるちょっと前から待ってると、たいていスタッフがカードを配ってくれるんです。ドライバーや車のカード。で、そらへんにWRカーを止めて、ドライバーがサインに応じてくれるんです。英語が堪能なかたは、直接話しかけたりもしてます。

ただし。

ハンパじゃなくもみくちゃになるんですわ。
ものすごい人数が結構な勢いでサインをおねだりするんですよね。いい大人が。(←牛?)
最前列でサインもらい終わった人が、場所を譲ろうとしても振り返れない位。
「場所空けるから通してください!お願い!」と叫んでる人もいたりしてw

ただ持ってただけのカメラがいつの間にか撮影してた修羅場↓
Start05

その中で牛は、ソルベルグとアトキンソン2人からしっかりとサインをもらいましたが。
…だって、立ってるだけで後ろから押されるんだもん(笑)

で、セレモニーが始まると、エントリーしてる車が1台ずつポディウムに上がって、紹介されてスタートを切るんです。
その後、帯広駅前のメインストリートを駆け抜けていくわけですが、どの車両もゆっくりと走りつつ、手を振ったり、窓から手をだしてハイタッチしてったりするわけです。
これはずーっと下流にいても楽しめるので、牛は長ーい距離を移動。程よい位置でフラッグ振りつつ、蛇行したりハコ乗りしてたりするドライバーとコドライバーに声援を送ります。
そして今年も、大井さんというステキな女性ドライバーに「がんぱってねぇぇ~♪」と声をかけて、「はぁい!」というお返事を頂きました。うひひ。このかたおいくつなのかしら。尊敬しちゃうなぁ。。。

Start01
そしてペター・ソルベルグ先生ですが…あのぅ、すみません、ソレどうやって運転して…;
でもかっき~♪

そして、長崎屋の駐車場にインプレッサwを留めていた牛は、戻るついでにマーカス・グロンホルム御大の後姿を帯広駅前の交差点まで追っかけて、左折するのを見送ったんですが。

Start02

…これが、グロンホルムのフォーカスの、「最後のまっとうな姿」だったなんて、このときは思いませんでしたよ牛は。 ラリーってホント何が起きるかわかんない…(苦笑)


上士幌:タウシュベツ橋梁

2007-11-17 01:26:16 | アート・文化

去年目指したのはサロベツ原野だった。
行って見ないことにはどうにもならない。
なぜ惹かれるのかわからない。それでも。
ただそこへ、行かねばどうにも気持ちの収めようが無い。

そんな場所が、牛の胸の内には今年もあった。

きっかけは、去年、北愛国サービスパークの芝生の上で読んでいた、ラリーのための特集紙の、観光情報の一部だった。
上士幌。タウシュベツ橋梁。
ダム湖に残る、美しい鉄道橋の遺跡。
コンクリートの白い肌が崩れはじめているものの、その写真の中で、抜けるような青空を背景にしたその姿。

今から行こうか。明日行けるか。
その時、芝生の上、暑いくらいの日差しを浴びて牛は思案した。
無理。どうしてもスケジュール的に無理。
今すぐ台風が来てフェリー欠航が決まればいいのに、とさえ思った。

タウシュベツ橋梁。
1939年、国鉄士幌線の一部として建設。
1955年に、士幌線は糠平湖のダム建設のためルートを変更することになり、タウシュベツ橋梁はダム完成とともに水没することに。
その後1987年に士幌線は廃線となってしまう。 

北海道の、モウ一息で大雪山という場所である。
不勉強のためよくわからないが、おそらくこのあたり一帯は林業が中心の地域ではなかったろうか。
道路が整備されて自動車による交通が発達すると、船や鉄道は姿を消さざるをえないだろう。
それ以前のダム建設。治水や電力確保。
時代の流れというものは、必然的に不要なものを葬っていく。

加えてタウシュベツ橋梁は、ダムの水位の変化によって、1年の間に水没を繰り返すのだそうだ。北海道の厳しい冬と水没。こんな悪条件があるだろうか。自然の織り成す大いなる力の前に、人間が作るコンクリート製の橋なんて、ひとたまりもないはずだ。
いろいろと調べていて、あと何年タウシュベツ橋梁がもつのか不安になってきた。
早く。早く行かないと。

今年、そんな想いをかかえて牛は、足寄から上士幌への道を走った。
241号線は、カラマツや白樺、その他の木々の紅葉が美しい道。
歌を歌いながら、時折窓をあけて、インプレッサwは快走。とても気持ちのいい日だった。
途中、ショートカットのために道道88号線から道道486号線にそれてみた。
白樺の林が両側に広がる細い道。じき国道273号線に出ると、北海道らしい広くてまっすぐな道。
いくつかのトンネルを抜けて、上士幌町、糠平に到着。ひなびた温泉街。ここに1泊するのも悪くはないな、と思いつつ、本来はラリー観に来たんだよね、と一人苦笑。

鉄道資料館はとても小さなところで、年配の女性が受付をしていた。
たった100円の入場料。静まり返った建物の中に、士幌線で実際につかわれていたさまざまな道具や設備を見学。
ふとみると、このあたりに点在する橋梁群の写真が展示してあった。
タウシュベツ橋梁も。そして、現在のタウシュベツ橋梁の画像。
…水没してない!

ダム湖の水位の変化からして、牛が訪れた10月末は、もう水没していてもおかしくない時期だった。
だから、橋梁そのものを見る事ができなくてもしかたない、もし湖の水の透明度が少し高くて、面影だけでも見る事ができたらいいなと思っていたのに。
受付の女性が話しかけてくれたので、ちょっと聞いてみよう。

「今行ったら、この写真くらいは見られますかね?」
「ええ、これはほんの数日前の写真ですからね。もうだいぶ水没してますけど、このくらいなら観られるはずですよ。行く途中にも他のアーチ橋があって、そっちは上を通る事もできますから。タウシュベツは通れませんけど…」

やった!ほんの端っこだけでもいいんだ。

相変わらずあっちこっちに掲げられている「鹿飛び出し注意!」の看板とブレーキ痕に怯えながら(注意喚起のビラがどこに行っても置いてあるのだ。鹿と接触事故を起こしてボンネットを破損した生々しい写真と一緒に、接触事故を起こしたら緊急電話で通報するように、という注意書き付きで、実際道路わきに、緊急通報用のりっぱな電話が備え付けられてるのだ!)糠平湖の西側を北上する。
途中、小さな看板を頼りにグラベルに入ると、そこから穴だらけのグラベルラリーのスタート(笑)
ぎりぎりですれ違いができなさそうな道。「警笛鳴らせ」の標識がたくさん。実際。2台ほどすれちがったが、本当に死角になってるところは、速度を落とさないと怖い。ま、そういう意味ではここよりも、久慈の三陸海岸沿いのほうが怖かったけど。。。

しばらく走って、そろそろ神経を使うブラインドに嫌気がさしてきた頃に、すこし広いスペースに車のタイヤ痕が連なる。ここだ。
鉄道資料館の女性に教えてもらったとおり、ここに車を置いて、正面に続く小道を歩いて進む。

Gatewaytotaushubetu
この道が既に、線路が敷設してあった道なのだ。
まっすぐ切り開かれた小道の向こうに、橋梁が、在る。

あった。これだ。
白樺の流木がたくさんあったけど、かまわず牛はまっすぐ進む。
だって、ここは線路の上だから。
Tausyubetu_01

絶句した。
これはなんという…!

Tausyubetu_05_2

こんなにも趣深くせつないものを、牛はいつ見ただろうか。
Tausyubetu_07

鉄筋がひしゃげて、コンクリートの表面はすでにボロボロ。
Tausyubetu_03

数年前の十勝沖地震の時には、水没していたが一部が大きく崩壊したのだそうだ。
その箇所はみえなかったが、この日は風があって水面は結構波がたっており、橋梁のアーチ部分に波が砕けて、ぼこんぼこんという音をたてていた。
これだけでも、少しずつダメージは深くなっていくのだろう。
Tausyubetu_04

この橋梁は、コンクリートの中に石がつめこまれただけの構造になっているそうだ。
その上、特に保存のための措置や修繕が行われるわけではなく、自然と朽ちていくにまかせてあるらしい。

湖の水が波をよせる。ぎりぎりまで近づいてみたり、白樺の流木を拾ったり。
石に腰掛けて、しばらくぼんやりしていた。

生前、牛父が言っていた言葉を思い出した。
「文化財だの遺跡だの発掘するのに何千万も金つかって。意味が無い。くだらない。」
なんて乱暴な物言いをする人なのだろうと、わが親ながら呆れた覚えがある。
だが、本当に金のムダ、という意味だったろうか?
人が造ったもののみならず、全ては変化してゆくものだ。
それを留めようとするのも、人間のささやかな願いと努力かもしれない。
失われるのは悲しくせつない。だけど、いずれ全ては。
…だからこそ。

このままだと、タウシュベツ橋梁はあと数年で崩壊してしまうのでは、という話もあるらしい。
牛は今回、水面に出たこれだけの部分しか見ることができなかった。
全体を見るには、ダムの水位が下がる5月から8月ごろに訪れなければいけない。

はたして牛に、その機会は与えられるだろうか。

※ふと思い立ってGoogleMapで探してみた…らあった!
これっていつまで残るだろうか。こんな残りかたもあるのだな。


国道241号線:阿寒から足寄へ

2007-11-15 22:20:36 | 旅行記

阿寒から足寄へ向かう途中、雌阿寒岳を目指すように左折してずっと行くとオンネトーがある。

小さな湖だ。

以前、阿寒ネイチャーセンターのナイトトレッキングに参加したとき、夜のオンネトーを案内してもらったことがあるけど、昼間は初めて。
日本ザリガニがうじゃうじゃ生息しているところ。
天気も上々で、少し風があったけど、水面が陽の光に揺れてとてもキレイ。

Onnetoh

この写真を撮り終えて、インプレッサwに戻り、汚れたフロントウィンドウを掃除していたら、年配の観光客に声をかけられた。

「おねーさん、宮城からきたの?」
「はい、そうです。」
妙に聞き慣れた言葉だったのでピンときた。
「宮城のどこ?」
「仙台市内ですよ。」
「あらそう!北海道で宮城ナンバーの車だからねぇ、めずらしいと思って。私達古川からなのよ。」
やっぱりね(笑)
宮城県北部の、だけどそれほどきつくないイントネーション。
少しばかり言葉を交わして、この先にオンネトーのキャンプ場があるはずですよ、湖を眺めるとこもあるかも、と伝えて別れた。

さらに241号線を足寄方面へ。
林が続く道をのんびり流して、前を行く車の積荷を眺めるのはまた格別。
丸太を死ぬほど積載したトレーラーが3台ほど行ったと思ったら、こんどはこんなのが。
Silage

これっていわゆる「サイレージ」でしょう。
もしこの巨大な草のかたまりが転がり落ちてきたら、スラロームでよけなきゃいけないなぁ、とかなんとか考えてひとりでくすくす笑ってみる。

足寄に近づくにつれて、視界が開けてくる。
道路の両脇には牧草地が広がって、柵の中には牛馬の姿が。

途中、あまりにもおだやかに草をはむ牛の姿をみつけて、おもわず車をとめてみた。

Cowinsunshine_2

しらかばの木立ちとホルスタインフリーシアン。

Cowinsunshine

もうだいぶ寒くなってきたけど、それでも太陽の恵みをたくさん受けて、彼らは草をはむ。

よう、兄弟!調子はどうだい?
ボナジョルナータ!


アイヌコタンのこの店が。

2007-11-14 21:43:36 | Shop

阿寒に来るとなんだかとても落ち着くのは、毎回北海道に上陸後、一日中走りまくってたどり着き、ほっと一息つくことによる学習効果だろうか。

いや、それだけじゃないんだな。
なんかこう、空気が肌に馴染むんだ。
昔、たった一晩だけ夢に見たあの町並みとその空気に限りなく近い何かが。

そして牛が決まって足を運ぶのがこの3件の店。
沢山の店が並んでそれぞれに美しいものが売られているけど、そんな中で牛が出会った大切なお店。
心から敬意を表して掲載させていただく。

画像左。アイヌ料理をだしてくれる「ポロンノ」。
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メフン(鮭の背わたの塩辛)がおいしくて、到着した日の夕食は必ずここでとることにしてる。
地元のかたも普通に来てるみたいです。
店内では木彫りやシルバーアクセサリーなども販売。食べながら眺めてるとついつ買っちゃうんだぁ。。。
そして今回牛は、ここで実物の「トンコリ」と出会いました。
トンコリというのはアイヌに伝わる弦楽器で、5弦…なのだが開放弦で5音のみで演奏するもの。
アイヌの楽器っていうと、口琴「ムックリ」が有名だけど、トンコリもとにかく素朴で不思議な雰囲気をかもし出す楽器。去年、OKIというミュージシャンのCDを買って聞いてたんだけど、実物見るのは初めて。しかも触らせてもらっちゃった。
言われるがままにそっと弦をはじいてみて、ちょっと感動。
演奏する曲によってチューニングを変えたりするんだそう。へぇぇ。
(そういえば、毎年1枚CD買って帰ろうと思ってたのに、今年は買わなかったなぁ。よぅし、アマゾンで買っちゃえ。)

そして画像右、ポロンノのお隣にある「マツネシリ民芸店」。
ここの木彫りに惚れ込んで、牛は去年一昨年も、ここで木彫りを購入したんですが…今年ももちろん買いましたよ。
今年のアイテムはまた別の機会に。
何よりも、お店のおじさんが牛のことを覚えててくれた事にびっくり。

そして、去年マツネシリ民芸店のかたに教えてもらったお店がここ。
「ユックレップ」。すばらしい刺繍がたくさん。
Img312
ここでも今年、刺繍モノが欲しくて購入してきました。
とにかくその美しさは圧巻で、大型のタペストリーなんかはため息がでます。二桁万円なので買えないけど…orz 着物も欲しかったんだけど、これもさすがに諭吉単位なので手が出せず…orz いやいや、それでもアイヌコタンでの買い物総額を考えれば、それでもだいぶやりすぎてるんですけどねぇ、不思議なくらい後悔しないんですわ(笑)

ここでも、実際に作製されているかたとお話させてもらうんですが、作った人の顔をみつつ購入するのってやっぱいいですね。末永く大切にできます。

もしも阿寒を訪れる事があったら、ぜひぜひこれらのお店に行ってみてください。
すばらしく美しいものたちに出会えるはずだから。


どみっさん回収。

2007-11-13 20:43:30 | 日記・エッセイ・コラム

月曜日夜。
ようやく、どみっさんを実家から回収。

「牛兄が帰省するのでそれまで置いとけ」と言われたため、旅行から帰ってさらに1週間、どみっさんはずっと実家でぬくぬくと暮らしていたのだった。
マグロの刺身とか食って体重増やしてんじゃねーよ、心臓疾患持ちのくせに。

遠足はてっきり「帰ってきておふとんに入るまでが遠足」だと思っていたのだが、実は「猫を回収するまでが遠足」なのかもしれないと思った次第。

やぁやぁどみっさん。留守番任務ご苦労。
え?なんですと?「旅行のレポートが少ない」?
ああ、今年の北海道ツアーはこれまた多忙を極めてたし、電波届かないとこばっかだったからねぇ。
わかりましたよ。今から書きますって。
その前に腹ごしらえさせていただけませんかねぇ。クール便で送っといた鵡川のししゃもが牛に食われるのを待ってるもんで。

Sisyamo_domi

あのぅ、すごく食べづらいんですが。