八月(はちぐわつ)
向日葵(ひまはり)、向日葵(ひまはり)、百日紅(ひやくじつこう)の昨日(きのふ)も今日(けふ)も、暑(あつ)さは蟻(あり)の數(かず)を算(かぞ)へて、麻野(あさの)、萱原(かやはら)、青薄(あをすゝき)、刈萱(かるかや)の芽(め)に秋(あき)の近(ちか)きにも、草(くさ)いきれ尚(な)ほ曇(くも)るまで、立(たち)蔽(おほ)ふ旱雲(ひでりぐも)恐(おそろ)しく、一里塚(いちりづか)に鬼(おに)はあらずや、並木(なみき)の小笠(をがさ)如何(いか)ならむ。否(いな)、炎天(えんてん)、情(なさけ)あり。常夏(とこなつ)、花(はな)咲(さ)けり。優(やさ)しさよ、松蔭(まつかげ)の清水(しみづ)、柳(やなぎ)の井(ゐ)、音(おと)に雫(しづく)に聲(こゑ)ありて、旅人(たびびと)に露(つゆ)を分(わか)てば、細瀧(ほそだき)の心太(ところてん)、忽(たちま)ち酢(す)に浮(う)かれて、饂飩(うどん)、蒟蒻(こんにやく)を嘲(あざ)ける時(とき)、冷奴豆腐(ひややつこ)の蓼(たで)はじめて涼(すゞ)しく、爪紅(つまくれなゐ)なる蟹(かに)の群(むれ)、納涼(すゞみ)の水(みづ)を打(う)つて出(い)づ。やがてさらさらと渡(わた)る山風(やまかぜ)や、月(つき)の影(かげ)に瓜(うり)が踊(をど)る。踊子(をどりこ)は何々(なになに)ぞ。南瓜(たうなす)、冬瓜(とうがん)、青瓢(あをふくべ)、白瓜(しろうり)、淺瓜(あさうり)、眞桑瓜(まくはうり)。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)