モモちゃんへ
日々の出来事を亡きモモに教えます。
 



             とにかく7月は暑かった・・・  

東京にいる友人に電話をするけど話中 女性は長話だけど彼女に限っては、あり得ない。 夜になってしまった。 電話の故障係で調べて貰ったら受話器が上がっているとのこと。信号してもらい、夜もずっとかけるけど話中 気になって寝られなかった。

翌朝 また故障係に連絡 休日…夜や早朝は録音されて向こうからかかってきます。 いずれも、すぐかかってきました。

 

 

私はもう震えながら ネットで捜した近くのセンターに電話して訪問して頂きました。 その返事 オートロックで入れないから、ベランダ側からみたら窓は開いてるけど中は見えなかった とのこと。

だから熱中症で倒れているかもしれないと 言ってるでしょう?

玄関まで行けないのか 懇願するけど・・・ 大家さんの電話を聞くけど・・・・ 身内じゃないからダメだそうです。 個人情報ですものね。

その後 今回お会いした東京の従弟さんに連絡したら・・・ 警察をまじえて訪問されました。・・・ 彼からの電話  「アウトでした」 という言葉

   

友人は憔悴しきっていたんです。 北九州にいる母親(90歳)の 引っ越しでマンションの片づけ 関連先の挨拶 住所変更 銀行 

どれも代理人だと簡単にはできず 10日間 私も連続でこんな労働したのは初めてでした。 東京の従弟さんが しっかりした方で八面六臂の働きでした。

そして11日目 私は仕事の都合で手伝えず 彼女は不自由な体を・・・頑張って 独りできちんと片付け 東京に帰っていきました。

 

気になって その後2回電話し2回目は16日 元気だったから安心してました。 そして話中で繋がらなくなりました。

 


26日 無言で白木の箱に入って帰ってきて 母親に会わせ 27日 お寺さんでお葬式 

  

どこが ずれていたら助かったということはないかもしれません。

 でも 銀行でも 区役所(母親の住所変更)でも 大変なこと  彼女は眼鏡を二つ重ねてかけ さらに不自由な左手でルーペを持って書いているけれど サポートする私が 詐欺師に見えたんだろう 私に視線がビンビン来ていました。

そのため滞在が1日伸びた しかも私は行けなかった きっとそれが命取りになった  それが悔やまれてならない・・

 

 

 私は大企業や役所に勤めたことがなく 専ら中小企業です。 【臨機応変】の処置ができないと仕事になりません。

銀行や役所はそんなことできないと分かっています。 

 生きていたなら 昨日68歳の誕生日でした。 彼女の 姉ちゃん 私、楽しいことなんか 何一つないんよ という声が耳から離れません。

 

過激な表現や 固有名詞を削り・・・・ 書いても消しても、胸が張り裂けそうな【理不尽】な日々の 7月が終わります。

 

 

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